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(1)魔物の悲哀  映画「藪の中の黒猫」1968年 監督 新藤兼人 [映画]

< 1人の中に棲みついた母と怪猫 > ただあさましと言いつのり、石を投げうつことなかれ


映画「藪の中の黒猫」を取り上げるのは3回~4回目である。
藪の銀時(やぶのぎんとき・百姓から手柄を立てて侍になった男)とその母の関係を取り上げて見た。
平安中期の乱世の頃、源頼光から、怪猫を討つよう命令された藪の銀時は、水溜りに映った母の姿が怪猫であることを見てとり、斬りつけざまに、片方の脚を切り落とす。
怪猫であったとしても、目の前にある姿は母であるからして、心の奥には苦悩と葛藤が生じる。

藪の銀時は、源頼光から、7日間の蟄居(ちっきょ)を命じられ、、黒い毛の生えた怪猫の足を三方(さんぽう・3方に穴のあいた台)に供え、物忌み(ものいみ ・家にこもって謹慎する)をする。
夜な夜な闇の中から聞こえてくる 「腕を返しておくれ~」と言う母の声に、押しつ押されつの心情的な対決を余儀なくされている。
怪猫になった母から、「妄執の消えない母のためにお経を唱えておくれ~」、「もう一度あなたにあいたい」などと6日間ひっきりなしに懇願される。
母の妄執が消えないのは、もう一度息子に会いたいと言う切なる思いを抱いて死んだからである。
母が侍たちの生き血をすするのは、侍たちに暴行を受けて殺されたからである。

母が、魔物になったり、いっしょに暮らしていたころの母に戻ったりするので、藪の銀時は今話しているのが真の母なのか怪猫なのかを聞き分けなければならなかった。
母でもあり怪猫でもある人に、藪の銀時は困惑し、「あなたを討つか、私が源頼光に斬られるか」と追いつめられる。
西洋のゾンビ映画でも、家族がゾンビになってしまった時には、すぐに始末することが出来ず、躊躇して殺すことが出来ないのがふつうである。
理屈ではわかっていても、納得がいかずに苦悩し、襲いかかられようとした時、初めて反射的に殺してしまう場合が多い。

7日目に帝(みかど)の使いだと言って巫女(みこ)の姿をした女性(母・怪猫)が現れ、藪の銀時は仕方なく部屋へ招き入れるが、「手に取って見てもかまいませぬか」と言う巫女のことばに「どうぞ」と言ってしまう。

「とりもどしたぞよ」と言う怪猫の声が確固として闇の中に妖しく響く。
顔におぞましい黒い斑点がひろがっている、永遠に妄執の世界をさまよわねばならない人が母である。
切羽詰まった哀しい藪の銀時の声は、「おかーさーん おかーさーん」と張り裂けんばかりに木霊する。
母のあさましい姿を憎みきれず、どうにかして救いたいともがく藪の銀時である。
倒れた藪の銀時の上に雪が舞い落ちてゆく。
映画ではいつも業を抱えた人間を遠景描写で写し、遠のきつつ終了してしまう。
人は、自然に抱かれて浄化され、埋没して行くよりほかはないのだろうか。
ただちに今ここで救われている人間とはいったいどこにいるのだろうか。

新藤兼人監督は、溝口健二監督に師事し、「雨月物語」に影響を受けていた。
死んでも死にきれない弱い立場の人間の業の深さを描き続けている。



  
「とりもどしたぞよ」   心の中で薄墨色にこだまする 
               


藪の中の黒猫 音羽信子.jpg
音羽信子





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印象深かった登場人物  映画 1)「ジョン・カーター」  2)「アーティスト」  3)「ベイビーズ」 [映画]

★飽くまでも、個人的に心に残ったものだけをとりあげ、部分的に言及している。


1)映画「ジョン・カーター」  スペクタクル・アドベンチャー(壮大な冒険)
向かって右下 ジョン・カーター(テイラー・キッチュ)
左の二人は緑色の巨大な異星人
ジョンカーター 大勢の火星人たち.jpg
2012年4月 日本公開  監督アンドリュー・スタントン


<ショートストーリー>
100年前に書かれたSF小説を元にした3D映画。ジョン・カーターは娘と妻を殺され、あるきっかけで未知の惑星(小説では火星)にたどり着く。途方もない大小の異星人たちに出会い逃亡や戦いの日々を過ごすうちに、勝気な美しい姫に出会い愛し合うようになるが、アクシデントがあって一人だけ地球に戻って来る。
当然ジョン・カーターは、姫に会いたくてたまらず10年間地球をさまよい、ふたたび謎の惑星に行くことが出来るチャンスを手に入れようと、その手立てを捜しまわる。
永遠の別れではなく、最期に姫に会いにふたたび未知の惑星に行くことが出来ることになり胸を熱くした。
未知の惑星での出来事は日記に記され甥に託される。
何処までも味方である甥に理解してもらえるジョン・カーターは幸せかもしれない。

管理人のお気に入りの異星人。
武力に優れ知的水準も高い巨大な異星人。手が4本で体は緑色。出会って見たい。
ジョンカーター 巨大な異星人.jpg

管理人のお気に入り
男勝りで高貴なデジャ姫 (リン・コリンズ)
武力にも優れていて身のこなしが鋭く、意志堅固。
ジョンカーター 最新姫.jpg




2)映画「アーティスト
監督 ミッシェル・アザナヴィシウス フランス 日本公開2012年4月
<ショートストーリー>
1927年ハリウッドのサイレント映画(無音映画)の時代の大スタージョージ(ジャン・デュジャルダン)は、新人女優ぺピーに化粧の仕方などを教え親切にする。時代がすすんで映画界はトーキー(映像と音声のある映画)になってしまい、ジョージは、仕事を失い、とうとう倒れてしまう。
ジョージは、今では有名な女優になったぺピーに陰ながら助けられ、やがては、2人でダンスを披露し世に認められトーキー映画に出演できることになる。

管理人のお気に入り
ジョージの飼っている犬のアギー 倒れたり、頭を押さえたり様々な演技をする。
今は引退している。
アーテイスト 犬.jpg
映画「アーテイスト」

2人の愛情のこもったダンスは、豊かな雰囲気を醸し出していて楽しめる。
下の真ん中にいるのは犬のアギ―。
アーテイスト ピンク当.jpg

宝田明のミュージカルを思い出してしまった。
宝田明 ムユージカル大勢.jpg




3)映画「ベイビーズ」  ドキュメンタリー
映画ベイビーズ.jpg
監督 トマ・パルメ フランス 日本公開2012 5月5日
モンゴルとナンビアとアメリカと日本の4月生まれの赤ちゃんを1年間追っている。
劇場には高齢の男女が多く、歓声を上げていた。


日本の女の赤ちゃん。 おもちゃの穴に棒を入れることに挑戦して成功しているようには見えるが
気に入らないのか、部屋を転げ回り、何度も両足を高く上げては泣き続ける。負けん気が強くてかわいい。
ベイビーズ 日本の赤ちゃん 足あげ.jpg

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名前、顔、内容がなかなか憶えられなかった映画 2回は見たい! 1)「裏切りのサーカス」  2)「紙兎ロぺ」   3)「ピアノマニア」 [映画]

1)映画「裏切りのサーカス」 2012年 5月日本公開 
裏切りのサーカス.jpg
ほとんど何の説明もないまま、地道にじわじわと話が進められるので1回見ても理解できない。
2回見ても個人的に細部まで理解できるかどうか危なっかしい。
端的に言えば、英国とソ連のスパイどうしによる情報戦で、民間人を巻き込んだ殺し合いもやる。
サーカスと言う名前の英国の諜報部があるが、そこに長年にわたって2重スパイ(モグラ・ソ連に味方するスパイ)をやっている裏切り者がいるので、それを見つけ出すように命令が下される。
スパイ疑惑はサーカス組織幹部の4人にかかっている。
スパイと言うものは仲間同士の連携プレイが大事であるが、一人で追いつめられても、しっかり自己を安定させて秘密を守れるようでなくてはならないようだ。
忘れられない女性のために情緒不安定になるスパイや、別れなければならないが妻を愛し続ける人間味のあるスパイもいる。このことは、仲間内にだけに打ち明けられる。
スパイとは常にポーカーフェイスを保っているのだろうと思っていたが、恋人や妻や殺された仲間を思う情愛は押さえられないようだ。
他の映画で見た俳優たちがたくさん現れたが、名前と役が一致せずまだ憶えられない。


2)コメディアニメ「紙兎ロぺ つか、夏休みラスイチって マジっすか!?」2012年 5月公開
紙兎ロぺ.jpg
夏休み最終日の一日、高校2年の紙兎ロぺと、先輩の高校3年生の紙リスのアキラが、地域の人々や美術館の宝石(クレオパトラの涙)を盗んだ泥棒たちと巻き起こす珍騒動。
夏休みの最終日だと言うのに、紙リスのアキラは、夏休みの宿題の研究をやっておらず、今日1日でその課題を見つけようとしていた。
登場する人々は、暴走族の姉や紙ロぺの父親(八百屋)など、間が抜けていてけなげで憎めない連中ばかり、下町の人情味たっぷりの人々である。
紙兎ロぺは、先輩の紙リスアキラが何かしゃべると、「えっ、マジッすか」と必ずあいずちを打ち、脱力系の今風の会話が延々と進んで、これまたなかなか面白い、2人の心根は繊細かつ愛情こまやかである。
シュールなユーホーや身長30メートルもあるかと思われるバカでかいカバの友人もあらわれ、駄菓子屋のおじさんとは口げんかばかり。
紙リスアキラが、南米の音楽集団の団長に、カメラのフイルムを巻くギギギギと言う音を褒められ団員になる、のんきな一幕もある。
高校生の2人は、赤ちゃんのお守りもするし、バスに乗って昔の遊園地(今は閉鎖されている)に、夏休みの研究課題に無理やり決めた、つちのこ(ぼってりした蛇)を探しに行く。
監督も脚本も声優もやっているのがウチヤマユウジ。話のタネは尽きず、どんどん溢れて来ているようだ。
東宝シネマズで映画の始まる前に予告編などと一緒に2分半のアニメで登場していたものが、今回は新しいコメディアニメとして放映されている。下町人情コメディ。


3)映画「ピアノマニア」 ドキュメンタリー 2012年1月日本公開
埃を払うシュテファン
ピアノマニア この誇りのせいだ.jpg
天才調律師シュテファン。ドイツ人。既婚。奥さんがパンケーキを職場に持たせてくれる。
職場はコンサートホールである。
ピアニストの要求を聞いてコンサートや録音の1年前くらいから、ピアノの調達から調整までやらなければならない。
ピアニストにとってはなくてはならない人だ。
ピアノの音をピアニストの望むとうりに仕上げなければならない。
ピアノの中までよーく見ることが出来た。
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不思議体験 本「もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら」 著者工藤美代子 本「私の遺言」著者佐藤愛子 [本]

1)「もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら」 著者 工藤美代子
初版2011年5月20日
工藤美代子 もしも.jpg

工藤美代子(1950~ ) ノンフィクション作家
著作 「工藤写真館の昭和」「ラフカディオ・ハーンの生涯」「夢の途上」
「われ巣鴨に出頭せず」「赫奕(かくやく・神々しく光り輝く)たる反骨 吉田茂」「悪名の棺 笹川良一伝」など多数

「嘘を書かないこと」、「盗作をしないこと」を基本にして、ノンフィクションを三十年以上も書き続けてきた作者は、幼いころから不思議な体験をすることが多かった。

<まえがきから抜粋>
何か特別なことだとは考えていなかった。
誰にでも起きる現象であり、あの世の人たちはこの世でも生きているのだと言うふうに、解釈していた。
お化けの出没の頻度は子供の時も、還暦を過ぎた今もあまり変わらない。時々彼らは遊びに来る。そして普通の人間と同じように意地悪なのもいれば優しいのもいる。

「もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら」 15編のお話の中から一部だけ紹介
ノンフィクション作家の工藤美代子さんの体験談

「病院にて」
夜十一時をまわった頃、隣室から「ウーン、ウーン」と人の唸る声が聞こえる。それは真夜中まで続いた。
「キャッキャッ」と笑う子供の声も、夜の9時ごろから午前2時ごろまで同じ部屋から聞こえて来た。
看護婦さんは、「工藤さんが入院してからは、隣に入院している患者さんはいらっしゃいませんよ」とはっきり答えた。
待合室を通りかかると、着物を着たおばあさんや、大工さんみたいな恰好をしたおじさん、ランドセルを背負った子供がいる。30人くらいの人々がつめかけて来て、じっと静かに立っている。口をきかない。
医者や看護婦たちは、「誰もいなかった」「待合室は混んでいなかった」と答える。



1)「私の遺言」佐藤愛子(1923~ ) 2002年 新潮社(現在は文庫になっている)
私の遺言 新潮文庫.jpg

「佐藤愛子さんがそう言われるのだから信じます」と佐藤愛子氏のファンは答える。
昭和50年、北海道の浦賀になぜか唐突に人里離れた山荘を建てて移り住んだ佐藤愛子氏は、そこで起こる超常現象によって、バケモノ屋敷と化した山荘の体験を踏まえて、今までの人生観を変えざるを得くなくなった。
屋鳴りはもちろんのこと、大人は、赤ちゃんを産んだ娘さんと佐藤愛子氏の2人しかいない家で、頭を西に足を東にして寝かせていた一か月の赤ん坊が、180度回転して寝かせられていたり、納戸にあった10本のペットボトルが、冷蔵庫の上にずらーっと並べられていたり、スリッパが塔のように5足積み重ねられたりしたこともあった。

2)「冥土のお客」2004 光文社
冥土のお客 光文社.jpg


3)「愛子とピーコのあの世とこの世」かたりおろし 2008年(文芸春秋)
第1章 愛子の心霊体験
第2章 ピーコの霊能力
第3章 死後の世界
第4章 前世と守護霊
5第章 江原啓之への疑問
6第章 波動を上げよ

4)「あの世の話」2001年(文春文庫)  


★読者がどのように受け取るかは本人の自由であるが、幻覚や幻聴ではかたずけられないことが、日常の事細かな生活の中に出現し、起こったと言うことは間違いないことであろう。
★物理的に物に力が加わらなければ、物は動かない。物が移動すると言うことは、何らかの力が加わったと言うことである。
その場所の残留思念や、想像できて何となく承知していたことが、ある人物に心の内外から働きかけ(その人物にのり移ったとも言える)その人物を動かし、その人物が物を移動させたとも考えられる。
透視能力、予知能力についてはその仕組みは全く分からない。
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おばあさんたちは生きていた 映画「デンデラ」 姥捨山のその後 [映画]

姥捨山には続きがあった。
デンデラ ポスター大決定.jpg

映画「デンデラ」
監督・脚本 天願大輔  原作・佐藤友哉「デンデラ」(新潮社)
2011年6月公開 1時間58分


貧しい村人たちは70歳になれば男女とも、口減らしのために極寒の雪山に捨てられる運命にあった。
ここまでは今村昌平監督の映画「楢山節考」と同じであるが、死に装束をつけ、お山で死ねば極楽に行けると信じた70歳の斉藤カユ(浅丘ルリ子)が目を覚ますと、49人のおばあさんたちのいるデンデラ(共同体・竪穴式住居)の部屋の中に寝かされていた。
デンデラは、カユが捨てられた山の反対側にあり、30年間生き延びている100歳の三ツ屋メイ(草笛光子)が中心になり、誰の賞賛も受けない代わりに、誰の咎め立ても受けない、自分のやりたいことを選択できる、共同体だった。

100歳の三ツ屋メイ(草笛光子) 村に対する復讐心を30年間持ち続けている。
デンデラ 100歳のメイ草笛光子.jpg

100歳の三ツ屋メイは、自分を捨てた村に対する復讐のために、村を襲う計画を立て、日々戦闘訓練の指揮をとっていた。
椎名マサリ89歳(賠償美津子)は、村の掟を破ったので、村人たちに家族を殺され、暴行され、目をつぶされたと言う過去があったが、彼女を含めた5人は、復讐はしないで共同体の豊かさを求めて生たいと願っていた。
いずれ村人たちに自分たちのデンデラを認めさせ、食糧難の時は助け合えるような共存の生活を望んでいたのである。

椎名マサリ(賠償美津子) 他の共同体との共存を望んでいる。
皆殺しを望まず、子孫繁栄を望んでいる。
デンデラ 椎名マサリ 賠償.jpg

椎名マサリに賛同する4人や体の不自由なものたちをのけた39人のおばあさんたちが、村に奇襲をかけようとしていた時、熊(子熊)がデンデラを襲い、何人かが犠牲になってしまった。
30年間そのようなことはなかったのに食料を求めてデンデラを襲った熊(子熊)を殺したので、母熊が何度も襲ってくるようになった。
生活が貧しい故の復讐は、人と人、人と熊の間で延々と続けられる。
デンデラのおばあさんたちの態勢がやっと整って、村にうち入ろうとした時に、雪崩に襲われ100歳の三ツ屋メイが亡くなってしまう。
その後も雌熊に次々に襲われる。


死に切れない70歳のおばあさんが村に引き返してきた時、幼女がおばあさんに向けて繰り返し「恥知らず」と叫ぶ場面は惨(むご)かった。
村人は、昨日までいっしょに暮らしていたおばあさんを惨殺する。
デンデラのおばあさんたちは、お山に捨てられたおじいさんは助けない。
倒れているおじいさんの衣服を剥ぐか、おしっこをかけたりして放置する。


左・斉藤カユ(浅丘ルリ子)  右・浅見ヒカリ(山本陽子)
デンデラ 浅丘・山本.jpg
生き残った斉藤カユと弓矢の捌(さば)きがうまく狩猟の名人である浅見ヒカリ(山本陽子)が、雌熊と対決するために雪山に出てゆく。
現在にも通ずる、「こんな恐い思いをするのなら長生きするのではなかった」と話すカユとメイの2人の台詞をはねのける豊かな魂の再生力と知恵のある技術力が欲しい。

今度は、雄熊が村人を襲い、その雄熊が斉藤カユの方に向かってくる。
デンデラをつぶし、再建の前に立ちふさがるのは、極寒の中での雪崩や熊などの自然の猛威だった。
70歳から100歳までの女性たちが生き延びたデンデラと言う共同体はどうなってしまうのだろうか。

★熊が着ぐるみのようで変な迫力があり可笑しかった。着ぐるみの熊を打ち消して本物の熊を思い描き、その他の想像力でカバーする以外になかった。
★岩手の遠野にはデンデラ野と言う場所があって、60歳以上になると家を離れそこで暮らしていた。茅葺の小屋に住み雑役労働が与えられていた。
★監督の天願大輔 氏は、今村昌平監督の御子息である。
★核家族化が進み、仕事に就くために都市に集まらざるを得なくなった人々は、マンション暮らしでさらに分散し、人間も使い捨てになる時代、私たちは何に本気で必死になればよいのだろうか。
★女優陣は草笛光子、浅丘ルリ子、倍賞美津子、山本陽子、赤座美代子、白川和子、山口果林。
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二人の母と大家族  映画「わが母の記」  詩が解きあかした母の愛 [映画]

家を一人で抜け出した認知症の母を、神社で見つける。
わが母の記 .jpg
映画「わが母の記」
監督・脚本 原田眞人  2012年4月公開  118分
原作 井上靖(1907~1991) 「わが母の記」 
花の下(80歳の母のこと) 月の光(85歳の母のこと) 雪の面(母の死の前後のこと) 講談社



伊上洪作(役所広司)は、小説で身を立てており、妻や子供たち(三人姉妹)や書生やお手伝いさんと暮らし、姉や妹と行き来し、時折、母(樹木希林)を預かって面倒をみることができるくらい幸せに暮らしている。

一つだけ洪作の胸を苦しくさせ、母八重を前にしてたびたび思い悩み葛藤することがあった。
それは5歳から13歳までの8年間、母の八重が自分を捨てた(置き去りにした)のではないかと言う思いを捨てきれないことであった。
誰からそう思わせられたのか、どのようにして母と別れたのかは語られていない。
またそのことについて、どうして父親が出てこないのか不思議である。
父の仕事で、2人の姉妹と母親の4人家族は台湾に移り住むことになり、洪作だけ日本(湯ヶ島)の曾祖父のお妾さん(ぬい)宅にあずけられていたのである。


母と息子の距離を感じさせるような雨の幻想的なシーン。
道を隔てて母八重(若いころの母役 内田ややこ)と姉妹が向こうにいる
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認知症の母八重がある時ふいに、洪作が子供の時に作った詩を読み始める。
母八重が、ほとんど暗記していた詩には、少年の母を恋う気持があふれていた。
洪作の詩が書かれた紙きれは、母の胸に下げた小さなお守り袋の中に何十年も、大切にしまわれていたのだ。
「地図には載っていない(どこにもない)海峡を母さんと渡りたい」と言う意味の詩を読む母の声に、洪作は目頭が熱くなり、こみ上げてくるもののために嗚咽しながらその場を立ち去る。
両親と姉妹が洪作を置いて台湾に行ったのは、家族に何かあった時に、血を絶やさないための苦肉の策だったのである。
洪作の妻はそのことに早くから気付いており、「捨てられたと思っていた方が、小説が書けるでしょう」などと言う。
心に突き刺さるような体験があった方が小説に深みが増すと言うことだろうか。
創作には、喜びに満ちた極楽のような体験と、奈落の底の地獄のような体験が必要であり、それを吟味できるほどの聡明な観察力も必要なのであろう。

沼津の海岸に行けば、息子に会えると思った母の思いと行動を知り
洪作は先に行って待っていた。
わが母の記 脊負う.jpg

日本の親戚一同「わが母の記」より
わが母の記 家族写真.jpg


お棺の中に入れられている母八重の傍に立つ洪作。
背後の壁にかざられている、もうすでになくなっている2番目の母(ぬい)の写真が、しばらく映し出される。
何歳で亡くなっても、人の存在そのものが完結した悲しみと喜びは深くいとしい。
2人のお母さんたち(八重とぬい)への感謝といたわりの心が伝わってきた。

★樹木希林のおばあさん役はテレビ番組「寺内貫太郎一家」から見て来ている。絶妙で可愛くて、情が深くて泣かされる。
★5歳~13歳まで洪作を育ててくれたぬい(曾祖父のお妾さん)については小説「しろばんば」に書かれている。
2人で土蔵で暮らしていた。


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コミック「HOTEL」ホテル 時代は移っても情はすたれない  ホテルは生きものだ 石ノ森章太郎・25巻(小学館文庫) [漫画(コミック)]

<ホテルプラトン東京の信条>人の生き方にも通ずる
ホテルは機械や通信システムが動かしているのではありません。人間が動かしているのです。
★ホテルは生きものだ。愛や喜び、そして悲しみや憎しみ、裏切りまでも内蔵する巨大な生きものだ。
★ホテル・・・そこは一つの都市、そこに生きる人間模様を受けとめ、世界屈指のこころあたたまるホテルを作りたいそれだけです。


コミック「ホテル」 小学館文庫 全25巻・331話
1巻 著者石ノ森章太郎
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コミック「ホテル」(ムック) マネージャー東堂克生
※ムックとは、マガジン(雑誌)+ブック(書籍)の造語
ホテル ムック2.jpg

登場人物の一部(ムック)  佐伯真理(社長秘書) 赤川一平(フロント)
コミック ホテル 登場人物.jpg


東京の高級ホテルプラトン」の従業員と様々な難題を持ちこむ客との人情味あふれる物語。
琴線に触れる心温まる物語である。
プラトンホテル東京が、いつも活気に満ちていて、笑顔が満ち溢れるためには、それなりの深い信条と努力がいるのだが、無駄を一切省いて他を切り捨ててゆくと言う合理的なやり方はとっていない。
プラトンホテル東京では、インターナショナル担当の東堂マネージャーを中心に素晴らしいプラトン・マインドが展開されている。

22巻(288話)の紹介
人気の高い東京のプラトンホテルに、世界の政治・経済・文化をリードしていると言われるニューヨークにあるプラトンホテルから、プライドの高いマネージャーのライアンが調査にやって来る。
なぜ東京のプラトンホテルに人気があり、同僚やお客にこれほどまでに信頼されているのかが、分からないのだ。
まず、日本はチップを取らないことに驚く。
彼は、プラトンホテルの従業員が、給料も高くない、チップももらえないところで、何のために働いているのか理解できない。
沢山の修羅場体験に裏打ちされた日本の東堂マネージャーのプラトン・マインドは「お客様の喜ぶ顔を見たいから一生懸命にやる」と言う簡潔なものだった。
ホテルプラトン東京の東堂マネージャーはニューヨークのプラトンホテルの建て直しを、ライアンに見込まれて頼まれてしまう。
東堂は、見かけは頼りないが、誠実さにかけては愚直なほどの赤川一平にニューヨークに行ってもらうことにする。
赤川一平は、とことん無私の仕事を心がけることによって、人々を癒していく。
難題苦難の中、お客や同僚の中に飛び込んで溶け込み、心をつかんでしまう話である。
コミック「HOTEL]全25巻 331話。
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題名ほど怖くない怪奇ファンタジー  映画「呪われたジェシカ」  伝染病や風土病の恐怖が具現化? 得体の知れない不信感   [映画]

最新 呪われたジェシカポスター.jpg
映画「呪われたジェシカ」 国内ではDVDは発売されていない テレビでは何度か放映されている


★接触や空気によって人から人へ感染する伝染病や風土病の恐怖が視覚化(具現化)して吸血鬼になった?
★村や町の閉鎖的な人々に異端の放浪者が接触する。
 放浪者は、魅力的な男女なので、人々に活気(病気?)が蔓延してゆく。
★恐怖とは、過去の無意識的な記憶が呼び起こすものである。
★人間の本質的な恐怖は、死の恐怖である。



「呪いのジェシカ」
監督 ジョン・ハンコック 1972年公開 アメリカ 1時間29分
ジェシカ(ゾーラ・ランパート)
吸血鬼エミリー(マリクレア・コステロ)

日が沈むと、尖った歯、目のつり上がった形相で、寝室に忍び寄るおどろおどろしい吸血鬼は出てこないが、あきらかに吸血鬼にやられたと思しき首や腕の傷は田舎町の人々(世捨て人のような老齢の男性ばかり)全員に残っている。
吸血鬼が日光に当たっても何事もなく過ごしていられるのは、土地の祖先の霊と吸血鬼伝説がごっちゃになっているからだろうか。よそ者に対する不信感は根強い。

幻覚や幻聴に悩まされる神経障害を患っているジェシカは、ニューヨークの病院を退院したばかりだが、コネチカット州のブルックフイールド島にある古い農場を買い、夫と友人の男性と共に、転地療養も兼ね、安く買った霊柩車に乗って移り住む。
農場について見ると、若く美しい女性エミリーが勝手に住みついていたが、ジェシカたちは彼女を気に入り、いっしょに暮らすことにした。

向かって右がジェシカ  左がエミリー(吸血鬼)
ジェシカとエミリー.jpg
生活費が底をついたので、元の住人であったアビゲイル家が残した家具を町の骨董屋まで売りにいくことになった。
ジェシカは、古い銀製の額に入った両親と娘の写真の娘は、エミリーであることを発見した。

右の女性がエミリー
呪われたジェシカ 昔の写真3人.jpg
写真の中の、娘は結婚の前夜、湖で溺れたらしいが死体が上がっていないので吸血鬼になってさまよっていると噂されていた。
アビゲイル家の娘が元々町にいた吸血鬼に襲われて吸血鬼になり今も生きているのか、家自体の霊が出て来ているのかよくわからない。
時折、首に白い包帯を巻いた白い服の少女が、ジェシカたちに何かを告げようとして現れるが、正体がつかめない。

エミリーのすすめで交霊術や湖での遊泳をした時に、ジェシカの回復に向かっている精神を逆撫でするような声が聞こえて来る。
エミリーは水の中へジェシカを突き落とし、引っ張り込んで殺そうとする。
ジェシカを病院に戻そうとする夫と友人の男性はエミリーに魅入られてしまい、骨董屋ともどもエミリーに殺されてしまう。
ジェシカだけが助かってボートで逃げる途中、エミリーの息のかかった渡し場の老船員が、湖の中からボートの縁を掴み、あがってこようとするが、ジェシカはオールに力を込めて叩きつけ、転覆を防ぐことが出来た。


追いかけて来てボートの上のジェシカを見つめる吸血鬼たち。やがて立ち去ってゆく。一番怖かった。
呪われた 最期.jpg


ボートの上のジェシカ 帰りつけるのだろうか
呪われたジェシカ 船の上祭が.jpg
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化け猫は弱者たちの怨念の視覚化されたもの  映画「亡霊怪猫屋敷」 題名やポ スターほど怖くない バック転も抑さえ気味  原作 少女の友連載(昭和26年) 藤崎彰子 [映画]

  ★上司の癇癪(かんしゃく)で命を奪われた者たちの恨みは昔も深かった。
  ★飼い猫に、化け猫になってもらうしか仇を討つ手段がなかった。
  ★自分の誇りを守るために、自害をも辞さない覚悟があった時代だった。
  ★化け猫とは、さみしい怨念の視覚化されたものである。
 


「亡霊怪猫屋敷」 現代編白黒  時代編 カラー
亡霊怪猫屋敷.jpg

「亡霊怪猫屋敷」 
監督 中川信夫  公開1958
現代編白黒  夫(医者)・細川俊夫  妻・江島由里子 怨霊の老婆・五月藤江  和尚・杉寛
時代編カラー 竜胆寺小金吾・中村龍三郎  母宮路・宮田文子  老母と化け猫・五月藤江 

現代と昔の2話が1つにつながった物語になっている。
医者久住哲一郎は、妻頼子の転地療養のために、東京から北九州に移り住み開業する。
うっそうとした草木の中にたたずむ古い屋敷は薄暗く、何処からともなく霧のように現れた白髪の老婆が、嘘の往診を頼んだり、番犬を殺したりして妻頼子を一人にしたあげく、頼子の首を絞める。

村の和尚が語るところによると、その昔古い屋敷は、こでまり屋敷と呼ばれており、短気な大村藩の家老の住まいであった。(テレビの同じストーリーの怪奇番組では、椿屋敷と言っていた。)
家老は、元々短気な性格で、囲碁指南役の竜胆寺小金吾を、囲碁の勝敗がもとで斬り殺し、小金吾の死体を壁に塗り込めてしまう。
それを知った 小金吾の母の宮路は、家老宅を訪れたが、家老に辱めを受けたために自害し、飼い猫に自分の血をすすらせ、家老の血筋を、家来も入れて末代まで呪い、絶やしてしまうように言い残す。
怪猫は、家老の母(五月藤江)にとりつき、行燈の油をなめているところを見てしまった女中をつかまえてバック転をさせたりして猫がじゃれつくように踊らせる。

化け猫が女中にバック転をさせている。
亡霊怪猫屋敷 バック転.jpg


化け猫や亡霊の出没で、家老は気が変になり、家来や息子にも刀を振り上げ、お互いに殺し合いをし、家老の血筋はこの世から絶えてしまう。

家老といっしょに竜胆寺小金吾を壁に塗り込んだのは、家来の佐平治と言う者だった。
そして佐平治の末裔が医師の妻の頼子だったのだ。

医師と頼子の目の前で、こでまり屋敷の壁が崩壊し、塗りこめられていた竜胆寺小金吾の白骨死体が崩れおちてくるあり様は哀れでならない。
菩提を厚く弔らったので怪奇現象は起こらなくなった。

竜胆寺小金吾は、家老の短気を承知のうえで、囲碁の相手をしているのだから、気持をうまく修められなかったのだろうか。
しかし至難の業かもしれない。いつかは殺されることが分かっていたのだろう。
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秘めた記憶が男たちを動かす 映画「捜査官X」 思いっきりカンフーアクション [映画]

映画「捜査官X」
捜査官X(2).jpg
監督 ピーター・チエン 2011年中国 115分 原題「武侠」
捜査官シュウ(金城武) 頭脳明晰 漢方やハリの知識がある。丸メガネに麦わら帽がとぼけた味を出している。
紙漉き職人又は七十二地刹のナンバー2のジンシー(ドニー・イエン)
山村風景は影が濃く美しく、滝の水量はとどろくほど。自然も人間も原初の力を宿している。
人体のツボを突くとどうなるかを、テレビの「必殺仕置人」のようなスローモーションの映像で追求するところが、迫力満点だった。


10年前に、中国雲南省の村にやって来て住みついた男ジンシーは、子持ちの女性と結婚し、今では紙漉き職人として、妻と子供二人と共に平凡で幸せな暮らしをしている。

1917年のある日、村の両替商に2人の強盗が入り、その中の1人の凶悪犯を、紙漉き職人のジンシーは武術のプロでしか殺せないやり方で倒し、人々から喝采を浴びる。

死体を検死した捜査官シュウは、紙漉き職人のジンシーが使ったのは、暗殺拳ではないかと判断する。
捜査官シュウは、蝿も寄りつかない程の気を発しているジンシーの隠された余罪を追求しょうとし、武術の達人であるのかを調べるために、わざと橋の上で襲ったり、鎌で斬りつけたりするが、ジンシーはされるがままに傷を負い、なかなか尻尾を掴ませない。

村人たちは、紙漉き職人のジンシーに付きまとう捜査官シュウを疎ましく思い始める。
女性や老人子供たちまでもが、ジンシーをかばう歌「ジンジーをいじめないでくれ」と言う意味の素朴で率直な歌を捜査官シュウの傍に来て歌い始める。
これは村民全ての思いがこもった歌で、何事につけてもこのような歌で物事を深め共感を強めていたのではないだろうか。
共通の思いがこもった歌と言うものは、力を与えてくれ生命力を高めるものだ。


紙漉き職人ジンシーの家族 妻役(タン・ウエィ) 
妻の名ぜりふ 「私でなくてもよかったの」 
夫にむかって、いっしょに住んでくれさえすれば他の女性でもよかったのかと聞いているのだ。
捜査官X 家族4人.jpg


捜査官シュウには、更生する見込みがあると察した容疑者の少年を釈放した後、その少年に毒を盛られて、両親を殺され、自分だけが助かったと言う体験があった。
それからというもの捜査官シュウは、情に左右されず、物事をちゃんと判断できる観察眼を養い、捜査官として鼻がきくようになるための努力を重ねる。

手柄を立てた紙漉き職人ジンシーは世間に知られるところとなり、彼の父が率いる暗殺団七十二地刹が彼を連れ戻しに来る。
七十二地刹は、元々は漢民族に殺戮された西夏の末裔で、漢民族に復讐を繰り返している暗殺団である。
紙漉き職人ジンシーは、暗殺団にいる時に事件を起こし、凶悪犯としてお尋ね者になり、暗殺団からも世間からも逃げ出して身を隠し、平凡に生きることを選択していたのだ。

捜査官シュウは、鍼(ハリ)で愛情を制御するツボや仮死のつぼを心得ている人物でもあった。
紙漉き職人ジンシーを仮死状態にし、死んだと見せかけて暗殺団を立ち去らせるよう計画を練った。
それは失敗に終わり、仮死状態から蘇ったジンシーは片腕を切り取って暗殺団に渡し、縁を切ってくれと懇願する。

紙漉き職人ジンシーの父親は暗殺団の頭(かしら)であるがめっぽう強すぎる。
片腕をなくした息子のジンシーに襲いかかり、愛憎相(あい)まって孫まで巻き込んで対決する。
登場人物たちの嘆く時や、喜ぶ時の声に込められた情はすさまじく、遠くにまで響き渡る。
最期は、雨降って、雷が落ち、地が固まる。のどかな流れがやって来る。
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