映画「
ハンター」(世界でたった1頭だけになったタスマニア
タイガーをハンターが追跡する・余談ではあるが、ハンターが登場する場面にしょっちゅう流れていた、オペラのアリア?の曲名と歌手の名を知りたい)の時は、絶滅した動物
絵本「ドード―を知っていますか」、宮沢賢治「なめとこ山の熊」の個人的な映像や物語を下地にして照らし合わせて観ていた。
映画「サラの鍵」の時は映画「アンネの日記」、アウシュビッツの記録映画他多数。
映画「麒麟の翼」の時も映画「キツツキと雨」の時も、今までに見た映画の端々にも似たものがあって、予想が可能で、何だかほっとする部分もあった。
しかし映画「メランコリア」流された曲は、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」の内的なものを喚起する映像美には、深く魅了されたが、そのことには驚かなかった。
「メランコリア」は、希望がないことにおいては、他に例を見ない映画だった。
惑星メランコリアが地球に接近し、接近しただけでいずれは遠のくと思っていたのだが、みんなの期待をよそにぐんぐん近づいてきて、地球に衝突し地球は大爆発し消滅した。
惑星接近中には、しばらくは地球や惑星の回る音のみが聞こえて来ていた。
驚きあわてる大衆は画面に出てこず、姉妹とその家族の夫と、
子供の孤独を追っていた。
何よりも新鮮だったのは、映画の初めに出てくる姉妹の父親や母親は、徹底した個人主義者であり、母親は感情の入る余地のない氷のような、崩れることのない冷徹さの持ち主であったことだ。