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「R荘まで」水野るり子  詩誌「二兎」より [詩]

.クレー R荘.jpg
パウル・クレー 「R荘」(1919年)バーゼル美術館



「R荘まで」   水野るり子

黒い着衣と黒頭巾の一行が 夕焼けの坂道を降りてくる カラ
スたちの医師団だ 旅人たちをあの世へ見送ってきたところだ
ろうか 私の父も春の来る前にトンビをまとって風の中を通り
過ぎて行った


西空の紅色が濃い わたしはここでひとり R荘のあった方角
を見つめている 西空から響く木霊の音がきこえると そこに
過ごしたもう一つの日々がしきりにわたしを呼ぶのだ


曇りガラスに映る木漏れ日のようなR荘での日々・・・鳥たちに囲
まれたあの館こそ 私の生きたもう一つの時間であったと思う


屋根裏に置き忘れたスモモジャムの壺「魔女の十二か月の暮ら
し方辞典」や「レオ・フェレ詩集」の黄ばんだ背表紙 幻のう
たごえがきこえる(・・・愛し合おう 愛し合おう・・・カラスどもが
ねむっている・・・その間に・・・)生きる日はみじかい あまりにも
みじかすぎる・・・



黒衣の医師団がバサバサと羽音を立てて過ぎると 遅れて自転
車が一台やってくる ハンドルに小魚たちのぎっしり詰まった
ビンが揺れている 小魚たちの黒い目がいっせいに私を見てい
る 無数の目のつぶやきが 波のように私を追いかける


森が暗くなる 空を舞うトンビのくちばしから 枯れ枝が落ち
てくる 折れ曲がったいくつかの音符のように・・・ やがて満月
が丘の麓にのぼり 森かげに「R荘」の窓が見え隠れする


月の光がR荘の押し入れに寝ている子どもをひっそり照らす
かたわらに茶色い犬が寄り添っている 子どもの夢の底に一羽
の鳥が巣ごもりしている 夢の中がだんだん明るくなる

※(パウル・クレー 「R荘」より)

2017年10月25日発行

この世とつながっている前世を覗き見しているような心地がします。
使われている私やわたしが、渡し、私死と木霊する。
淡い境界線に溶けているものたちが、立ち上がって来ては満月の彼方に消えてゆくのを追いかける。
そこはもうひっそりした夢の世界だ。
夢がこちらにも移ってくる。

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