So-net無料ブログ作成
検索選択

満員電車ポスターで<味わう文字>

電車内に貼られているポスターには、「鰧・おこぜ」など難解な魚の名や「興梠・こおろぎ」などの読み方の難しい苗字、「論より証拠」などのことわざがそれぞれ10種類ずつ載せられている。
何カ月かごとに問題は変えられ、正解が小文字で載っている時と載っていない時がある。
「ウナギなのにどうしてカバ焼きなの」とか「おいしいラーメン屋さんは教えたいけど教えたくない」などのポスターにはなるほどとにっこりしてしまう。




私が一番気に入ったのは、ファンタジーの乏しい生活の中で出会ったこのポスター。
<国宝 天神さま 菅原道真11歳 詩人デビュー> 太宰府市九州国立博物館
 この秋 波乱の生涯大公開 国宝天神さま 特別展






「官公(菅原道真)が11歳の時に詠んだ漢詩の意訳」

月夜に梅の花を見る                         月 夜 見 梅 花
お月さまは ぴかぴかの雪みたい                 月 耀 如 晴 雪
梅の花たちは きらきら星のよう                  梅 花 似 照 星
いいなあ 金のかがみがくるりと                  可 憐 金 鏡 転
(星笛館主記・金色の月が中空を移動するさまだろう)      庭 上 玉 房 聲
庭のうえ 梅の香りにさそわれて               




左遷された官公の遺骨が埋められた上に太宰府天満宮の本殿が建てられて封印されているが、その怨霊が落雷や豪雨、川の氾濫などの禍を起こしていると言われている。
私の住んでいるところから歩いて3分で太宰府市に入る。
山も近くにあり雷も雨も雪も特別多いのでそれを何かと官公のせいにされてしまうのもよく分かる。
本殿横の催し殿で1度、官公を意識して弥生土笛・石笛とオカリナ、弥生琴の共演のコンサートをしたが、遊園地がすぐそばにあり、マイクの声が騒々しかったので、それっきりになってしまい忘れていた。
音が生きて内側から流れ出すための窓がなかなか開かず苦労したコンサートだった。
気位の高い官公の悲しみや怨念はものすごく重たく、まだ誰も慰めきってはいない。

たてつづけに日本映画「同窓会」「パーク・アンド・ラブホテル」

「同窓会」は、映画プロデューサーであり、子供のいない家庭の夫でもある克之の2つの勘違いで悲喜劇が進行してゆく映画だ。
勘違いの1つ目は同じ高校出身の妻の雪(ゆき・永作博美)の心の中に、今もなお高校時代から仲の良かった同級生の男性が忘れられない人として存在しているのではないかと言う疑い。
しかしその高校時代の同級生は男性しか愛せない男性だった。
彼と雪とは女性どうしとして、なれなれしく手を握り合ったりしていたのだ。
同窓会に晴れて女性になった男性が濃い化粧と派手な衣装で現れそのことが皆に判明する。
勘違いの2つ目は、妻の雪が不治の病であと3か月しか生きられないと言う聞き間違いだ。
本当は、妊娠3か月だった。
どちらにも受け取れる言葉が会話され、悲劇と喜劇がくるくる回転してなかなか面白い。
なおかつ永作博美のまたとない笑顔を何度も見ることのできる映画だった。
中国の少数民族の少女のような、淋しさを含んだ可憐なりんどうの花ような永作博美の笑み。

映画を見ていない人にとっては、内容を説明されても、なかなかピーンと来ず、興味が持てないと思う。私も目覚めののちの歯磨きから洗顔トイレへの行為の冗長な説明をされるとイライラしてしまう。
手紙によくあるような、これでもかこれでもかと季語を意識したような便箋1枚をほとんど覆い尽くさんばかりの、季節のご挨拶はやめることにし、骨組だけにすることにしたい。
結局、映画プロデユーサーになった克之が妻を疑い、その空虚感から女優と浮気をし、2人は離婚する。
映画プロデユーサーは離婚後、同窓会ですべてがわかり、体調を崩して入院している雪の所に駆けつける。
病名は最後まで明かされないので、克之は雪が不治の病にかかったと勝手に思い込むが、妊娠だとわかりハッピーエンドとなる。
永作博美の妊娠した姿もとっても良かったし、映画プロデューサー克之の両親になったうつみ宮土理と笑福亭鶴瓶の愉快な会話も味わい深かった。




「パーク・アンド・ラブホテル」はシンガーソングライターの草分けのりりィの毅然とした表情と、年齢を重ねてゆくにつれて程よくゆるめられたゆったりした肉体を見たくて出かけた映画。
浮気な夫が出奔した後、艶子(りりィ)は、夫の残して行ったラブホテルを16年間やっていて、具体的に寝乱れたシーツや散らかったティシュを拾い、浴槽の掃除もする。
窓口では「休憩3時間で2500円です。延長は1時間900円です」と言い、読書をしないときは、手を遊ばせず、いつも避妊具の袋詰めをしている。
ラブホテルの屋上は、結局子供を持てなかった夫が、自分の子供のためにと言って備えた遊具やベンチがあり、小屋まで建てられ、今は地域のいたずらっ子や老人や子持ちの主婦などに、艶子によって解放されにぎわっている。
艶子は59歳であるが、彼女をおばあちゃんと呼ぶ人もいる。
59歳でおばあちゃんでもあるまいが、この呼び名が初老の女性を軽んじて侮蔑的に使われるのならば、断じておばあちゃんと呼ばせてはいけない。
<おばあちゃんが沢山いる地域は、知恵も豊富で手もゆきとどき子供がたくさん生まれて栄える>などと言われる時にはよい。
そのラブホテルへ、父親が別家庭を作ってそちらに行ってしまい、家庭崩壊になり、髪を銀髪に染めた自殺願望のある13歳の少女、夫の帰りが遅いのでほとんど会話がなく、夫の一言で自分が太っていると思い込み、毎朝競歩をして歩数をノートにつけ、月の裏側にまで行く距離に達するまでを目指すストレスを抱えた主婦、名前は月(つき)、常に違った男をラブホテルに連れ込む研究員風の若い女(売春?)が迷い込んでくる。
彼女らを艶子のやり方でもてなす。つまり知らん顔を決め込んだり、無視したりしないのだ。
艶子が朝、ほうきと塵とりを持って表を掃除し、紙くずを手で拾って回るシーン、ラブホテルの屋上に集まって夕方になってもなかなか帰ろうとしない人たちを「人間なら帰る時間だ 帰れ帰れ」とぶっきらぼうに怒鳴るシーン、外からドアを開けて1階の物置のような部屋に入り、内側から鍵をかけた後、中から郵便受けを確かめるシーンが何度も繰り返し出てきたが、毎回何が起こるのかわくわくして魅力的で、あくことなく見ていられた。
銀髪に染めた自殺願望のある少女から、宝物のようなお礼の手紙が来ていたことがある。
長年の苦渋の体験と毎日続けていた習慣が、いつしか人を傷つける言葉や態度を空洞化し、無欲に見えたり聞こえたりする。
心の内側に黒光りした変化自在の錘が下がっているから、じっと見ていられるのだ。
りりィの一見ふてぶてしい、確固とした言葉少なな態度が好きで、りりィが出る映画は必ず見にゆく。
前回の「蟲師」の老女役もハスキーボイスのしみじみとした語り口に威厳と悲しさがあった。

法事の料理と祖母がお嫁にきた道

父の初盆の法事の後、親戚10人でうちそろって、中津市近海で捕れる鱧(はも)ずくしの料理を食べに行った。
精進料理として鱧は食べてもよいそうだ。
鱧の肝のあえもの、刺身、土瓶蒸し、チーズとの抱き合わせの焼き物、しゃぶしゃぶ、鱧寿司などあって、もう鱧の顔さえ見たくないほど充分に楽しめた。 
中津では、蝦蛄(しゃこ)のゆでたのも、きぬ貝のぬたもおいしい。
葬式はしないようにと遺言をしていた父の意向を守るのは難しく、斎場に泊まり込んで皆でお通夜も葬式もやってしまったが、父が自分が死んだら、集まっておいしいものを食べてくれと言った遺言は皆が大賛成で行事があるたびに忠実に実行されている。


お盆の15日、父の精霊様(しょうろうさま)送りにお寺の納骨堂に行った。
受付や案内に男のご老人が5人ばかりおられ、生き抜いてきた静かな雰囲気を漂わせておられた。
お寺の階段に座ってずっと眺めていたい風格のある素朴なお顔だった。
その後、人通りの少ない、ほとんど誰も来ない食事処でヤマメ御膳を食べ、有名ではないけれど湯質のよい温泉が点在する中の一つの湯に浸かって手足を伸ばした。
叔父(父の弟が実家を継いでいる)が山里に暮していて、鹿やイノシシの被害から田んぼや畑を守るために里全体をフエンス(1・3メートルの柵)を張って囲っていると言うので、ついでに山の冷気や霧と雲も一緒に楽しむために見に行った。
子供のころ椎茸菌を元木に打ち込む作業をした山や、遠足で行った一尺八寸山(みおやま・みおうやま・読み方が日本で一番難解・標高707メートル)の登山口にも行って見た。
なぜ「一尺八寸山」と書いて「みお山」と言うのかと言うと、尾の先が3つ(3尾・みお)に別れた大蛇の尾の長さを足すと一尺八寸(約68センチ)になるからだそうだ。
大蛇の頭や胴体になる山々も他にあって大昔から大蛇に抱かれて人々は暮らしてきたのだ。
実家の横の観音様は、山にある大石が落ちてきて、里がつぶされないように両手で石を支えているそうだ。
山道を登ると大石峠と言う名前の峠がある。
昔の人は、見たこともない大蛇や大石を生活に直結させて敬っている。

85年ほど前に、祖母が日田から山里にお嫁に来る時に、眼前にある木々や草に染まった、この美しい山道の大石峠を実際に歩いたと聞くと、時を越えて胸に強く迫るものがあった。
写真を見ただけで会ったこともない祖母が、目の前を歩いていく姿が脳裏に浮かぶので、その若い女人への恋しさでいっぱいになった。
私が泉鏡花の小説「高野聖」の中の女人が忘れられず恋しいのは、また草履や下駄が好きで夏だけはどこに出かける時にも満員電車でも下駄を履いてしまうのは、慕わしい祖母の姿をせめて自分に重ねたいと思っているからなのだろうか。
下駄の音で、一緒に臼で大豆を黄な粉にしたり、団子やおもち、おはぎを作っていた女人たちが甦る。
また、童謡の「雨降りお月さん」の歌詞♪雨降りお月さん雲の蔭 お嫁に行くときゃたれと行く 一人で唐傘さしてゆく〜お馬に揺られて濡れてゆく♪を思い出した。
日田に近い山里では、花嫁は黒牛に乗って揺れながらやって来た。
私も何度かそんなお嫁さんを見たことがある。
すっかり抒情派になって、後ろ髪を引かれながら街の雑踏に戻って来た。

盆料理(鱈の胃)

父の初盆なので、鱈(たら)の胃(おさ)の料理を作ることにした。
材料は乾燥させた鱈のはらわた(胃)とえら。
(つながっていて歯ブラシ状でエイリアンにそっくり・長さは30センチ〜40センチ)
勿論このまま食べるのではなく、小さく切って料理する。
鱈の胃を2日〜3日かけて水にもどしごぼうや椎茸、こんにゃく、干しタケノコと一緒に煮る。
結構砂糖をたくさん入れて甘いが、私は砂糖を少なめにする。
高価な棒鱈を作った後、残ったはらわたとえらを捨てず、すべて食べ尽くそうとした先人の知恵だ。
お化けのようなはらわたとえらを食べてみると意外においしかったので、動物性蛋白質を海から遠い山村で食べるようになったらしい。
漁師さんが鱈の胃を食べて、いける味だったので、干して山村に運んだのか、たまたま里の者が海の親戚で食べる機会があったので干して持ち帰ったのか、よく分からない。
山奥で獲れた猪や鹿の肉も時々料理されたが、鶏や兎が身近なものだった。
私は食べたくない兎の耳を、騙されて食べた後しばらく鶏も食べられなかった。
川で獲れるウナギや魚は小型で味も引き締まっている。

大分の日田に近い山里の料理の材料は、干し椎茸、干したけのこ、干しぜんまい、干し大根と言うように干したものが多く、沖縄出身の母の昆布料理もおいしかった。
また干した川魚も香ばしく焼いて食べていた。
ふんだんにある山椒の実や生姜が生臭みをとっていた。
とげに刺されながら山椒の木に登って実をちぎったり、里芋や生姜やにんにくを土の中から掘り出す喜びがあった。

初盆前後

ご存知のように、63年前の8月6日午前8時15分に、広島市に原子爆弾のリトルボーイが落とされ、8月9日午前11時2分に長崎市に原子爆弾のファットマンが落とされ、8月15日には、敗戦を迎えた。
アメリカの科学者たちは勿論のこと、技術者、軍人12万人によるマンハッタン計画(原爆開発プロジェクト)はトルーマン大統領の命令で、原子爆弾と言う新兵器を作った。
集まった科学者たちは原子爆弾を作れば、必ず使われると言うことに想像が及んだはずである。
ソ連への威嚇のためにも原子爆弾は日本で使われた。
原子爆弾の威力実験をやりたいので、原爆投下以前に日本に降伏させないようにしたともいわれてる。
連合国によるポツダム宣言をはじめ日本は無視した。
ポツダム宣言の内容に「日本に原子爆弾を落とすからポツダム宣言を受諾しろ」と書かれていたら、恐らく日本は受諾し、原子爆弾は落とされずに済んだかもしれない。
戦争に負けた日本は昭和20年8月15日ポツダム宣言の条件を受諾したので、言われているように無条件降伏ではなく、有条件降伏だろう。
ポツダム宣言に書かれていた戦争犯罪人(捕虜)についての項目を逸脱して、アメリカは東京裁判で、いわゆるA級戦犯を処罰した。
そのころ私はまだ生まれていなかったが、このまま得体のしれない不安を抱いて、銃口をむけられたまま、事なかれの平和ボケ人間でアメリカナイズされていてもいいのだろうか。


世界の現実とは、現在の日本に限って言うと北朝鮮からは、20基のノドンミサイルを向けられ、中国からは、核ミサイル(東風21・巨浪1など)50基を向けられ威嚇されている。
はたして日本が直接戦争をしないで済んでいるのは、アメリカを勘定に入れずにおいて、純粋に平和憲法のおかげだと思えますか。




敵同士の古代の戦士のミイラが何万人も墓から蘇って戦う娯楽映画も観たが、水島総監督の「南京の真実」や中国人のリ・イン監督の「靖国」も観た。
「南京の真実」には戦勝国アメリカが敗戦国日本を国際法に照らし合わさず、事後法の東京裁判で裁いたことが描かれていた。
松井石根や東條英機をはじめ7人の方々が昭和23年12月23日未明処刑された。
ぎしぎしと音のする絞首刑にされるまでの7人の1日をリアルに見せてくれた。
ひもからつりさげられる人々をかなり長くとらえていて苦しかった。
彼らは、「処刑されることで平和のための捨石になれば幸せだ」と述べた。
ヒットラーはこんなことは言わない(彼は画家志望でモーツアルト好きだった)

日本の戦犯と言われる人たち1068人を「平和に対する罪」「人道上の罪」と称して処刑したのに、思い返すだけでも戦争を始めた蒋介石、ルーズベルト、チャーチルたちが裁かれていないと言うのはどういうことなのか。
映画「靖国」の刀鍛冶の刈谷直治氏(88歳)のこと、国は独立できてあたりまえと言う信念に基づいて、チベットの民族浄化については後述します。