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コミック ジョージ秋山

1970年代に読んで衝撃を受けた漫画「銭ゲバ」が1月17日からテレビで松山ケンイチ主演で、少々物語の細部を変えてスタートした。
父から捨てられ、極貧の少年時代を過ごし、母を亡くした。
お金(ゼニ)がないことで、医者に門前払いを食わせられ母を失った少年の心は陰鬱で、たった一つの美しい真実を求め続けながら、ゼニにまつわる非道な殺人を犯してゆく。
世の偽善に同化しない見かけは悪の男、蒲郡風太郎(がまごおりふうたろう)は「銭ズラ」「復讐ズラ」とすべてに失望して叫ぶ。
時折「あしき人々から私を助け出し、私を守って乱暴な人々から逃れさせてください」と言う祈りの言葉がつぶやかれる。
やわな慰めでは歯が立たず、答えもなく打ちのめされて何も書けない日が続いた。
主人公と共に泣き、胸の内を察し、重なる部分を理解しょうと努めたい。




もう一つジョージ秋山には、「アシュラ」と言う漫画もあって主人公の少年アシュラが飢饉で誰もが人肉を食べなければ生きていけない状態の中で、「生まれてこないほうがよかったのに」と場面場面で繰り返し断言する。

≪続く≫

映画「禅 」 監督・高橋伴明

道元(1200〜1253 曹洞宗)の母が炎に囲まれて荼毘に付されるところから始まる。
8歳の道元がそばでそれを見ている。時は鎌倉時代。
疑問を持とうと持つまいと、怖がろうとばた狂おうと、納得しなくても死はやってくる。
「母と息子のどちらかが死んで、この世での別れがくることはとても辛いことだ。死んで浄土に行くよりも、生きている今、浄土を見つけたい。人はなぜ苦しんだり悲しんだり争ったりするのか。」
幼いころ道元はすべての人に共通の苦しみである生老病死のことについて、すでに病床についていた母と話しあっていた。
母にその悩みの解決を見つけて欲しいとたのまれる。



母の死で世の無常を感じていた道元は14歳の時に出家するが、世の権力と結びついた比叡山に見切りをつけ下山。
24歳の時に宋(中国)に渡り、あるがままと言う悟りを得、「只管打座・しかんたざ」と言うただただ、ひたすら座ると言う教えを持って日本に帰国、曹洞宗を開く。
比叡山の僧は道元のいる寺を焼き討ちにする。
道元は最終的には今の永平寺に移り、宋や日本各地から訪れた少人数の僧たちと集まる。


春は花
夏ほととぎす
秋は月
冬雪さえて すずしかりけり

と言う詩が道元の声と共に、何度も流れ、風光明媚な日本の原風景の中に漂う。
観客から涙があふれる。
桜も田ごとの月も竹林も草原も美しいの一言に尽きる。


映画には、架空の人物の遊女、体の悪い亭主と子持ちのおりんが出て来る。
おりんは子供の時に盗みを働き、道元に助けられていた。
「体を売って得た汚いお金を受け取らないだろうね」と道元はおりんに言われるが、貧乏寺のお布施としてありがたく受け取る。
おりんの赤ん坊が死んだ時は共に涙を流す。
高橋伴明監督の道元は、みんなの悲しみがわかり、苦を分かち合い涙を流す。


飢餓を避けるために僧になったと漏らした仲間の若い僧は、おりんを好きになってしまい、耐えられなくなって山を降り、病気の人を看護する。

毎晩殺した敵の怨霊に苦しめられる若い北条時頼の所に、死ぬ覚悟で赴いた道元は、ありのままを受け入れ、苦悩に徹して坐禅をすることを、体当たりで教える。
若い北条時頼から、剣を突き付けられた道元の、びんびん響く人間らしい説得の声は、北条時頼の苦海を突き抜け、静かにこちら側の世界に連れ戻し、坐禅を組ませる。


おりんも出家して、道元の死後子供たちに坐禅をさせる。
雨の日、小さなお堂の中で、女の子の座禅を組んだ右手が、従来の教えのやり方ではなく、上から傘をさしたようになっていた。
手の中にいる仏が雨にぬれないようにしているのだった。
臨機応変の女の子の真心を決して、けなしたリはしないのだ。


最後1000人〜2000人ほどの僧が山門から降りてくる延々と続く行進が感動的だった。
私は黒沢の映画「夢」の時のような行進にも、学徒出陣の時の行進にもアウシュビッツの行進にも心が動かされえぐられる。
まるごとの情況を抱えた人間が沢山並んで歩いているのを見ると「ああ人間だ、どこに向かっているのだろう」と思う。
また部類の僧好き(僧癖・フエチ)である。

宇崎竜道の音楽がとってもよかった。
最近、映画が終了しても席が立てなくなるほど魅了される、現代の作曲家の音楽に出会えることがよくある。
17世紀スペインの剣士の映画「アラトリステ」の情熱の中に哀愁が含まれているギター入りの現代に作曲された音楽(ロケ・バニョス作曲)もよかった。
朝起きてFMで聞く、中世の音楽やバロックで、形式的に音階が繰り返されている時には、健気でダサくて、吹き出しそうになる時がある。


道元役 歌舞伎の中村勘太郎
母役 高橋恵子
おりん 内田有紀
北条時頼 藤原竜也
中国の僧 笹野高史

A新聞契約破棄(2)

母の所でA新聞とのトラブルが発生し、2年前に亡くなった父が5年7か月前に結んだと言う平成21年から3年間の購読契約が解約にならず、新聞販売店との10日間の悶着が続いていた。
勝手に入れられた新聞はこちらが山積みにし、購読しないと言う態度を販売店に示すことで、81歳の母の拒否の意志を続行して見せていた。
私が母の住む地域の隣保班長さん(初老の男性)に電話で新年のご挨拶の折に、A新聞のことを偶然話したことで、A新聞解約の力になっていただき、普通は泣き寝入りをするしかないと言われている問題が、めでたく解決した。

母は、A新聞と購読の契約をしていないので今回はクーリングオフとは関係ないが、時間との勝負であるクーリングオフは、8日以内に新聞店に手紙か葉書を出して断らなくてはならなかったことを最近知った。
それでもそんなものはもらっていないと、新聞屋に言われればおしまいなので、内容証明(手紙)を出すのがよいだろう。

A新聞は、現在、家主である母と購読の契約を結んでいないのに、1月3日から11日間新聞を新聞受けに入れていた。
私は1月3日に、A新聞の男(名前を名乗らなかった)に来てもらい、5年7か月前に父(一昨年他界)と契約したと言う契約書のコピーを渡された。
6年前〜23年前の間に、何年かおきに朝日新聞と父は契約を結んでいたはずで、父の署名さえ残っていれば、三文判(¥100)を買ってきていくらでも契約書は偽造できる(コピーだと見破りにくい)


私は神経質で短気でケチな父とは気が合わなかったので、小学生の時からひどい目にあうことが続いてから、できる限り父を避けてきたが、父はハンコを押さない用心深いタイプだし、廃油でせっけんを作っていて、市販されている洗剤は使用しないので景品としては貰わず、生活に困らない年金生活者なので商品券も必要としていないことははっきり分かることだ。
新聞屋は、高圧的に景品を渡したとごね、そのことを楯にとって、相手をすまない気持ちにさせ、その隙に景品代(1万円)の請求をし、それでもだめなら解約料や手数料を出せと言って来た(今回は5000円だったが調べると10万と言われた人もいる)








今回、母の家の傍の隣保班長のMさん(初老の男性・就職中は会社で事故処理係をされていた)は、「解約手数料5000円を払うので領収書をくれ」と新聞屋の男に言い「この領収書を公の場所やマスコミに公表するけれどもいいか」と尋ねたそうだ。
新聞屋の男は、「それはだめだ」と言ったそうだ。
これではまだ手ぬるいので、新聞屋の男に一筆書かせて完全に解約に漕ぎ着けることができた。
すべてMさんの力量である。


中学校や高校で社会に出てからすぐに必要な、契約手続きや解約手続きのこと、保険や税金や出資や起業のことやお金を手に入れる方法を教えるべきである。
繰り返し、詐欺師から身を守る方法を教え、騙す方と騙される方に別れて、小さな劇をさせるとよい。
社会科で現代史にも力を入れてもらい自分で調べて行くくせをつけないと、教師に一方的な意見しか聞かされず、日本のパスポートを使用する恩恵に預かりながら、日本人を無用に恨むようになってしまう。


私は両親とは18歳から一緒に住んでいないので、年金や保険証のことも何も教えてもらっていなかった。
成人式も親子らしい交流もうやむやになっていた。
私は11歳の時に1人で、東京にいる親戚の所に半年行っていたが、住民票を東京に移した時にそのままにしていて、18歳までそのままだった。
そのことを話しながら両親は謝りもせずだだへらへら笑っていただけだった。
彼らは私の反面教師だった。

さて自然の中に住んでいて俗世間の汚さを知らない演奏家の音色は、神聖で優しいと言うテレビ番組を正月に見たが、言いかえれば音色が優しいだけで強さがなく湿っぽくて、鬱の時やぼろぼろの時に聞くと萎えて起き上がれなくなるほどだ。
音色には柔軟な犯しがたい強さが必要だ。

格差社会の不況の中で生きて行かなくてはならないことに、やり場のない憎しみが沸いて来た。
間延びした顔で他人事のように報道しているテレビの人々も、政治家も生活はいつでも安泰だ。


母も鬱気味の弟も、隣保班のMさんや私たちの苦労は全く知らない。
母は「なんか、新聞が来なくなったねー」と言うくらいで、こちらから指図してもすべて忘れてしまい、Mさんにちゃんとしたお礼の言葉も言っていない。
母はこの調子で、若いころから平気で言っていたこと、知らん顔して逃げてきたことを、都合よく忘れて死んでゆくのだろうか。
「喧嘩は何事につけても悪いことだ」と優等生的に主張する母のことだ。
その喧嘩を、体を張ってやってくれた人がいたおかげで、自分は喧嘩をしないで済んでいることが分からないのだろうか。
この場合もまた「喧嘩両成敗よね〜」などと、どっちつかずの傷つかない領域から、天然でお気楽なきつい放言をするのだ。

A新聞契約破棄(1)

毎朝電話で、車で3時間離れているところに住んでいる81歳の母から「今日も断ったA新聞がはいってるよ」と言う報告を受けて10日間も嫌な気分で落ち着かなかった。
母の家のそばに隣保班の長をやって下さっている、初老のMさん(男性)が居て下さって、交渉にあたってくれ、ようやく、A新聞契約破棄に進展した。
新聞屋の男と押し問答をして、売られた喧嘩を買った私としては、誰に聞いても、意見どまりで実行に及べば効果のある良案は浮かばず、堂々巡りで頭が痛くなっていた。
荒れた現場を知らない心やさしい人に、「頑張ってくださいね」と明るく突き放され、傷を何度もえぐられるみたいで元気が湧かず、孤立無援に陥りしょげかえるばかりだった。
Mさんは、仕事に就いておられた時は、会社で事故処理の仕事をなさっていて、ごねたり、怒鳴ったり、脅したりする連中の扱い方をよくご存じだった。
Mさんが、母の家の玄関の実際の現場に足を運んで下さって、うづ高く積まれた新聞と、私が書いたA新聞お断りの張り紙の写真を撮り、新聞屋の男(社長ではなく手下の店長)とのやり取りを録音し、一言一句に異議を唱えて、「今後は新聞を入れません」と言う新聞屋の男の一筆をとってくださったことは、ほんとうにありがたいことだった。
いなせな遠山の金さんのような血の通った対処の仕方だった。



亡くなった父が、5年7か月前に契約したと称する契約書のコピーは、住所と名前は78歳の時の父が書いてはいるものの、契約期間や他の内容は後から書き足すことができる(実際、新聞拡張員の文字で書かれてあった)
たとえば10年前に父がA新聞と契約していたとして、その時の父の自筆の名前と、今回の契約書の日付け(新聞拡張員の文字)を組み合わせて契約書を偽造作成していても、コピーでは見破ることができない。
元の契約書原本を見せてもらわなければあやしいものだった。
契約の時に1万円の商品券を父に渡したと新聞販売店の男は言ったそうだ。
そんなことは誰にもわかりはしないことで、勝手にどうにでも言えることだ。
契約破棄をするなら手数料5000円払えとも言ったそうだ。


消費者生活センターに電話して、公正取引協議会の電話番号を聞き出して、朝のうちに相談してみた。
夕方さっそく公正取引協議会男性から返事があり、亡くなっている人との契約は成立しないとの返事をもらった。
この公正取引協議会の男性は、私を脅した新聞屋の男をNさんと親しげに呼び、Nさんに自分が電話をしておくと言った。
ツーカーの仲なのか?
公正取引協議会の男性は憶測で、解約するために5回以上も新聞屋に電話をしている私に「A新聞に何度も電話をして断れ」などと頓珍漢なことを言った。
母の家に新聞屋の男に来てもらってらちがあかず、怒鳴りあいになったから知恵を借りるために、10日間あちこちに電話をし、最終的にはA新聞西部本社の苦情がかりに電話をするつもりだったのだ。



・・・・続く・・・・・

映画「ブラインドネス」 フェルナンド・メイレス監督

よく次から次へとパニック映画が生産されるものだ。
昨年から、お先真っ暗な映画ばかり見過ぎて鬱になってしまった。
見てみなくては、どのような内容なのか分からないので、見てしまうのだ。
前宣伝をあまり重要視せずに客席に座ってしまった。
制作国は日本、カナダ、ブラジル。




どこかの都会のある町で、原因が全く分からない伝染性の奇病が発生し、町に住む人が次々に失明してゆく。
まず一人の日本人の男性が、突如として視力を失い、人の助けを借りてやっとのことで妻のいるマンションにたどりつく。
この男性にかかわった妻や医師などにも奇病が感染するが、世界中で同じことが起こる。
しばらくの間は、その勤務している場が、世間と隔絶されている場所にあるためなのか、政府の人間や報道関係の人間たちには奇病が伝染せず、彼らは躍起となって奇病に感染した人々を隔離して閉じ込める。
実際に手を下して隔離を行うのは、兵士たちであるが。
隔離された収容所は、無秩序な場所となり、糞尿で汚れ、略奪、強姦、殺人、食料の奪い合いなどありとあらゆるどす黒い犯罪的な行為が充満する。
状況説明が誰からもなく、失明した人たちが、隔離された場所を歩きまわり、ひどいパニックにも陥らず会話ができていることが不思議でならなかった。
人々はブリューゲルの絵のめしいた人々さながらに、片手を前の人の肩にかけ数珠つなぎになって歩きまわる。
その中にたった1人、奇病に感染しないでずっと目が見えている女性がいる。
彼女は、そのことをみんなに隠しながら、収容所内の男たちの派閥争いや凶暴な男性のリーダーの権力と対決し、弱い人々の手となり足となって闘う。
彼女は医師の妻であり、彼を守る為に収容所に入るのだが、性的な無秩序の中で、普段の抑制が外れてしまった夫と、どこのだれなのか分からない女(娼婦)の裏切りを目の当たりにしてしまう。
見えない人々によって、ありとあらゆるモラルが崩れ、人々は地獄の苦しみを味わう。




争い事が起こり、どちらかが死ななければ戦いが終わらない状況に追い込まれた時、ピストルで狙われ何発か撃たれようとしているのに、急に「話し合いをしませんか、仲良くしましょう、愛を持ちましょう」と敵に言っても、殺されるだけである。
安全地帯から、自分が信じ込んでいる金科玉条を相手に説こうとしても無駄である。
残念ながら、殴り合っている時には自分が死なないために、殴り返すか、よけるか、逃げるかの判断をしてすぐさま行動に移す以外に手はない。





導き手の医者の妻は、夫を連れて収容所を抜け出し、スーパーの地下から食料を運び、自分の家に収容所で関わりあった人を4人〜5人連れてゆく。
その中には日本人夫婦、アフリカ系のアメリカ人の男性もいる。




しばらくしてあっけないほど自然に、失明していた人が全員視力を取り戻す。
今度は、医師の妻が1人失明するのだ。

映画「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」ジョージ・A・ロメロ監督

暮れも押し迫った頃、ゾンビ映画を見に行ったところ、陰鬱な気持ちが沸き起こり、ぞーっとした気分が正月まで続き、ふだんより怒りっぽくなってしまった。
宣伝チラシには <迫りくる恐怖の体感><新感覚体感>と書かれていたが、救いようがなかった。
仕事が一段落して、85パーセント素顔の5歳の自分に戻れるのが、正月であれば、救いようのないゾンビ映画を見たのはまずいことだった。
映画館からの帰り道、小学生の時に見た映画の化け猫が、空を飛んでこちらへ飛びかかってくる画面が、何度も蘇って怖かった。
1つ収穫があったとしたらそれは、似かよった驚きを感じた状況の内容が、何十年もの時を経て、再現されることがあることがわかったと言うことだ。






映画「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」は、アメリカの大学の映画学課の卒業制作で、教授と学生9人が、森の中でゾンビ映画を撮っているところから始まる。
皆は撮影の途中、ラジオ放送で、突然、世界中の死体が甦り始め、本当のゾンビが、人を襲い始めたことを知る。
ゾンビが出没する原因は、遺伝子組み換え実験でも、原爆実験でも、化学薬品の開発でもない。
何が原因なのか、まったく明らかにはされず、行く所、逃げるところすべてゾンビが歩いていて、生きている人間に襲いかかり、ゾンビに噛まれたものは、必ずゾンビにならなくてはならない。
その混乱状態を皆に知らせるためにハンディーカメラで記録している学生までもが、ゾンビから食い殺される。
世界中の人々が同時にゾンビに食われて死んでしまえば、報道することの意味もなくなる。
先行きの希望もなく、助かる見込みのない状況の中で、明日をも知れず、ただ、ただ逃げ惑わなければならない絶望が充満しているだけの映画だった。
2007年制作のこの映画は、世界的な経済破綻を予言したものと言ってもいいのであろうか。
親方日の丸の職に就いていない人や、そのような家族を持っていない人にとっては、現状の経済状態をもろにかぶってしまい、このゾンビ映画のように、生きていくことが不安でみじめで絶望的である。
きっと奇跡的に生き延びることができるとしたら、地下の隠し部屋か核シェルターにかくれることが出来た余裕のある人々であろうが、たいていは優しくてひ弱でサバイバルには弱いだろう。
急に地下に下ろされた植物は、光合成もできず、根腐れするに違いない。

お初!

「初滑り」

81歳の母と2人、神社の御神体が池である薦神社の、池の回りの草を踏みながら、のどかに歩いて、すがすがしい空気を吸い込んだ。
元気が出たのか、私の後ろからついてきていた母が、私を追い越した。
あと10メートルで道が尽きる前に、私は1人で、下の道へと続く、右手の草の階段を下りて先回りをし、母が下りてくるのを待った。
突如として現れた母が、粘土質の4メートルばかりの土手を、おっかなびっくり、1人で下りようとしているのを見つけた。
危ない!と叫ぶより早く、母が、粘土の斜面を、ぶ厚いコートを橇代わりにして、仰向けに寝ながら、滑べり落ちて来た。
途中の長い細木を右手や左手につかんで、愉快にバランスを取っている。
赤ちゃんが湯船につかっているようだったとも言える。
怪我なしでほっとしたが、なんだか魔法使いのおばあさんが、空中を飛んだ気がして楽しかった。






「初夢か?」

夢は、心的現実を中和してバランスを取リ、現実生活がいきいきと目覚めて送れるようになるために必要だから見ているのだ、と思っているので、普段はさほど気にとめてはいない。
正月は、初夢は見たかと、世間話の合間に問われるので、思い出して見た。
2日ほど複雑な人間関係の中で旅をしながら、会話を楽しんでいたようだ。
「モーツアルトは、馬車に乗って旅をしたので、曲を聴くと速度が馬車だ」
「画家でもあるメンデルッスゾーンの絵の、水と風は音を立てて動いている」
などと結構まともだ。
夜中、実家で寝ていると、私の左の頭をたたく人がいる。
3回〜4回目覚めて同じ夢を見た。
何を告げたいのかその人は、父なのであった。
その意味は後で分かることになるのだが、不思議なことだ。








「初怒鳴り」

人生、今回のように、他人とこんなに怒鳴りあったことはない。
こちらは一応お客様ですけどね。
新聞普及員のねちねち人をいびるおじさん、お仕事とはいえ、言っていいことと悪いことがあります。
世間が一番怖がっている警察、消費者生活センター、隣近所の評判。
こう言う単語を出すと、結構、おじさんがビビることがわかりましたので、連呼してみました。
私は、この腹からほとばしる怒りを、息に変えて、自主コンサートの善い笛の音色を出せる演奏に使うべきですよ、本当は。
毒を含んだ息が、美しい音色に変容して聞こえてくるのだからね。
それでも利かない時には、不動明王顔になって、最高に口をゆがめて睨みつけ、大声で叫んでやりました。
おじさんの言動を、私が脅しと感じたかどうか。感じました。侮辱的でした。
脅迫罪成立です。
これから、いろんな手を使って理詰めの頭脳でも戦いますから、おじさん覚悟していなさいよ。
母曰く 「おじさん自転車で逃げ帰りよったよ。 あんたの気の強いことふふふ。今とっている新聞は読みにくいからやめて、おじさんの新聞に変えてもよかったんだけど」
私「ええーっつ??・・今までの私の醜態は一体だれのため?何のため?みんな目の前にいる一人暮らしのばあちゃん嬢ちゃんのためでしょう? お母さん。いつも誰かを盾にして自分は後ろに隠れるか逃げるかして、図太くいい子ぶってるんだから。周りの様子をうかがって、勝ち目のある方に付こうとするんだからずるい。ええ言いすぎだってことは知っていますよ。もう苦労知らずなんだから!!じゃあテレビ欄しか読まない新聞を2誌取りなさいよ。もう知らない知らない」