So-net無料ブログ作成

虫のにぎわい

帯留めには百足から蝉、玉虫、トンボ、蝶、テントウムシ、かぶと虫、蜻蛉、蛍、興梠(コオロギ)、蟷螂(カマキリ)、蜘蛛まであって、玉手箱の中はところ狭しとにぎわう。

池田重子さんのコーディネイトでは、蛍狩りには、趣向を凝らして、古来より高貴な色とされてきた紫を基調とした装いをしている。
濃色(こきいろ)・薄色(うすいろ)と言う時は、紫の濃淡のことを言うのだそうだ。
萩の地紋が透けて(浮き上がって)見える紫の着物。
紫の帯には、女人好みの蛍が、銀糸の薄の原に飛ぶ。
お尻を光らせ、羽を広げて飛ぶ蛍と、草にとまって光っていない蛍が、語り合うように刺繍されている。

夜風から身を守る羽織は、コーディネイトの中で一番濃い色の紫で、裾は浅黄色の地に流水と葦が描かれ、ホタル狩りの舞台を現わしている。
まだほのぼのと明るいが、刻々と暮れてゆく夕闇を思わせる。
羽織には紐が付いているのだが、ここでは紐の代わりに、透かし彫りの菊の中心に芥子真珠1粒がついた金色の細かい鎖が下げられている。

帯留めも蛍だと思うのが自然の流れだが、違うのだ。
ガラスの帯留めの内側には、彫金の柳が涼しげにゆれている。

一級の芸術品を普段の遊びに身につけ、優美に季節を楽しんでいることがうらやましい。
大股では走らず、そそそそと歩いたり、パタパタと美しい小走りをして、着物の裾や羽織の袖を、翻すのでしょうね。


参考本・「夏のおしゃれ」池田重子
nice!(0)  コメント(0) 

蜘蛛の巣の耽美

東映アニメの猿飛佐助に出て来る夜叉姫が着るような、黒地に蜘蛛の巣が描かれた絽縮緬の夏の着物。
こんな妖しい着物を、大正時代のどのような女人が着たのだろうか?
人に言えない仲の相手との大人の逢瀬の時に着たのか?
それとも政界やマフィアの示談の時に連れて行く情婦の着物?
着物を堪能している上流階級の粋な女人たちの集まりで着られたものか?

半えりも全体が、蜘蛛の巣の刺繍で、1匹の蜘蛛が、左前えりの下から黒い半身と黄色い眼玉をのぞかせている。
おまけに帯どめにも、彫金の菊の葉の上に、蜘蛛がとまっている。
蜘蛛の巣は、繊細な網が交差しているまだ熟れる前の、からすうりの中味と似ている。

中国では、蜘蛛は喜虫であり、願いが叶う予兆を告げる虫である。
日本では、このようなものを身につけるのは気味が悪く感じられ、尋常なものではない。

黒地の絽縮緬の着物の蜘蛛の巣の色は、東京の新橋の芸者さんたちが好んだ新橋色。
合成染料を用いた鮮やかな緑がかった青である。 
帯は、瓶(かめ)のぞきと言われている薄い水色地に秋草の織りである。
藍の染料を入れる瓶の中にちょっとだけ浸された淡い青色だ。
帯締は、3本の紐が1つになっていて、真ん中が黒、両端の2本が新橋色。
黒とさまざまな青。
背景が夜、そしていくつも架かる蜘蛛の巣の橋の中心の不夜城。
夜のしじまの中に浮かび上り、魔宮に続く迷路を思わせる。




参考本  「着物と日本の色」・弓岡勝美    「夏のおしゃれ」・池田重子
nice!(0)  コメント(0) 

よしなしことども

太宰府付近は、集中豪雨で外出できなかったので、体を休めていると、横たわっていないと思いだせないことが、川に浮かんで流れて来る丸太のように、はるか遠くから次々にやって来て流れ去って行った。

イタリアの明るさと、昭和初期の西洋館がミックスしたようなレストランが佐賀にある。
瀟洒な伊万里焼のコーヒー茶碗や焼酎用のカップが並べられているそばに、ずっと前から、ゴムの木が、窮屈そうに両手を広げていた。
ゴムの木を見ていると苦しくなるので、どうにかしたいと思っていた。
インテリアのセンスが抜群のお店の人に、ゴムの木の苦しがっている理由を説明するにしても、植物をいじめて平気な人だと説教しているようで角が立つ。
ずっとチャンスをうかがっていた。
ある時、ふとお店に入って見ると、お客は誰もいなくて、ゴムの木の横のテーブルが空いていたので、荷物を置くふりをして、左右両枝が壁に抑えつけられているゴムの木の鉢を少し前に動かした。
時々行って見て見るが、ゴムの木はずーっと気持ち良さそうである。



阿修羅展の時に、鎌倉時代の興福寺の康慶(運慶の父)の作の四天王(木像・1189年)も一緒に来ていた。
最初に見たのは、風に衣装の裾が巻き上げられ、顔の背後に火の輪がめらめらと燃えているエネルギッシュな持国天だ。
仏教と国を守る燃え盛る気迫があり、目をらんらんと輝かせている。
四天王の顔の後ろの輪の炎は、2人対2人で炎を燃やす風の向きが左右逆である。
四天王の持国天・増長天・広目天・多聞天は、四体とも槍や剣は左手に持っていて、邪鬼を足下に踏みつけ堂々としている。
気に入って見入ってしまったのは、広目天の兜の両横に付いている、鷹が翼を広げた様な羽飾りだ。
額から口までの範囲にあってかなり目立つ。
インドのハヌマンやイカロスのかかとについていそうなかっこいい羽飾りだ。



九州国立博物館の埴輪の小部屋で、再確認できたことがあった。
古墳時代の馬や船の埴輪が陳列されているのだが、死者の霊を馬に乗せて海辺まで行き、そこから天鳥船(あめのとりふね)に乗せて黄泉の国に送ろうとしているものがある。
船首には、水先案内人の1羽の鳥がいる。カラスなのか、鷽(ウソ)なのか、架空の鳥なのかよく分からない。
浮羽の珍敷塚古墳の壁画を見に行った時にたしか、馬や船の絵があった。
次回もっとしっかり確かめてくるつもりだ。


(投稿したあとに、誤字に気づくことがしょっちゅうある。
気づくが築くになっていることなどあって、3日がかりで気づくたびに手直ししている)
nice!(0)  コメント(0) 

阿修羅展・九州国立博物館(2)

明け方、読経の声がするので、目をつぶったままでいると、夢うつつの中、羽音がする。
まさかと思ったが、八部衆の迦楼羅が、台所に立っていた。
「うわ~っ どどうしたんですか」と聞いたら、「今日来てください」と言ったので、今朝までの嵐で、人の出足も少なかろうと思い、阿修羅展に出かけて見た。

待ち時間0分であった。
阿修羅像の周りにはすでに一円の人垣ができていた。
阿修羅の周りを7回まわってくまなく検証し、記憶にとどめ、8回目~10回目には正面の阿修羅の視線が落ちる3メートル下がった位置、5メートル下がった位置と、正面から真後ろに、順々に下がって見て見た。
阿修羅像は具体的にはどこも見ていないが、すべてを視野に入れている。
内面を見つめているとは、よく言われていることだ。
拝観する人間が自分の内面を見つめるのを、促してくれている。
彼ら(阿修羅像)は、正面の顔以外の、左右の顔の4つの目でも、正面の顔の目では見えない部分の見張りを割り当てられ、360度の警護をしている。
仏教を守護する立場にあるので、おとしめようとする敵が来れば、弓を射るか、追い払わなければならない。

阿修羅像のかかとは5センチ~10センチ離れ、足先は八の字に開かれ、安定している。
首や左胸には朱色がいい具合に残っている。
仏像が体に巻きつけている布や身につけている衣装の重なりや垂れ具合が、穏やかな永遠の時のウエーブをあらわしているように感じられる。
3回目を回っている時に、お香の香りが漂ってきた。
ゆうべのシャンプーの匂いでもないし、博物館の中ではお香は焚かれていないし、誰かの香水でもない。
だとしたらこれは、脳内記憶にもとずく何かなのだろうか?
立ち去るのが、悲しくてなごり惜しくてしょうがなかった。

館内を出ると、入口に猿回しの人が来ていて、お猿さんもいた。
その横に迦楼羅があの瞋目(しんもく・目頭の線が縦になっている)の異形の姿で立って、手を振っていた。









<2回目に阿修羅展に行くとしたら、秋口にするつもりだった。
昨日は朝から雨が降り始め、本降りになり、稲光と雷鳴と集中豪雨が明け方まで続いた。
人間界の水槽の波も大荒れして、轟音に次ぐ轟音に揺さぶられた。
朝から、フル回転で、市役所、郵便局、スーパー、中心街、駅とまわって帰る時には、豪雨に見舞われ、ぶつかる人たちが皆、八部衆の迦楼羅の集団のように見えた。>
nice!(0)  コメント(0) 

阿修羅像の口もと

ひげなのか、いれずみなのか、仏像に特殊な文様なのか、よく分からないが、阿修羅像の正面の顔の口もとには、墨筆を使用したような黒い流麗な線が描かれている。
上唇の黒い流麗線は、唇の2山をなぞって、両口角まで行き、両端でくねっている。
下唇も両端から黒い流麗線でなぞり、唇の真ん中で丸い輪になり、中心から流麗線が下に伸びている。
このひげのようなものは、正面の顔だけについている。
8部衆の中で、堂々としたひげとわかるものを蓄えているのは、大蛇を神格化した畢婆迦羅(ひばから)だけである。
阿修羅の美しいひげに気付いてから、他の仏像の口もともよく見るようになった。

調べて見ると、仏像の口もとのひげは、ほほえんでいる表情を現わしているとか、又は尊い話をしている時の口の動きをあらわしているとか、慈悲を説く時の様子をあらわしているなどと言われている。
こんな例えで恐縮するが、漫画で口を動かしている時に、口の周りに動きをあらわす線が描かれていることがあるが、これは人間界のことである。
確かにこの黒い流麗線は美しく、仏像独特のものだろう。

もう一つの考えは、仏教では、女性はそのままではなぜか成仏できないと言われており、一度ひげをつけて男性になろうとする為のものであると言うことがある。
阿修羅は少年か少女か、いや両性具有者であろう、また善神ではあるが邪神の部分も備えているとか、そのすべてを肯定し、その上でのひげである。
いれずみではないのであろうが、そうかもしれないとなると、部族をあらわすいれずみのことを調べなくてはならない。
わが祖先の琉球人も、アイヌのひともいれずみをしていたのだ。
でもこれは仏像のことではなく、人間たちのやっていたことである。
ガンダーラの仏、千手観音、不空羂索観音、十一面観音などなどひげを見つけるのが、楽しくなってきた。
nice!(0)  コメント(0) 

青海波(せいがいは)~出会った色と文様~

幼いころ絵を描く時に、左から右へ、弧形の半円をいくつも並べて行き、半円と半円が手をつないだところに上からまた同じような半円を描いてゆく文様を使っていた。
石垣にも屋根にも魚のうろこにも、スカートにも使っていたのを思い出す。
大きいの小さいの、大きいの小さいのと並べたり、だんだんに小さくしてみたり、色をかえたりして楽しかった。
弧の文様の中に中ぐらいの弧、その下中に小さい弧と並べると楽しく遊べる。
この文様は、子供のころ人が使っていたのを見て、自分もやってみていたのではないかと思う。
これは、青海波(せいがいは)と言い、ササン朝ペルシャから中国を経て日本に伝わった様式なのである。
シルクロードの交易って、今の自分の生活の中にもかなりの影響を及ぼしているのだ。

参考文献 文様の名の物語 木村孝  淡交社
nice!(0)  コメント(0) 

映画「築城せよ!」2009年・120分

現代人の肉体を借りて蘇った、黒髪、甲冑姿の戦国武将の、渋く闊達に響くあらぶる声の魅力にまいってしまった。
最近、男性のこのような、要所をきっかり決められる美しい声にお目にかかったことはない。
演じたのは上方歌舞伎界の片岡愛之助。
思いを告げたい時に節々にカツの入った謡を唄いきりりとした舞を舞う。
目つきも、身のこなしも意志的で力強く、現代人にはないものだったので、とても新鮮だった。

外国のテレビ番組の勝ち抜きで、オペラなどの、声が豊かで伸びやかな素晴らしい人物が出現して、それなりに驚きと感動は覚えるのだが、天然自然の美声だけでは3曲目くらいから飽きてしまう。
庶民性を超えた、壮絶な気も狂わんばかりの究極の美を内に秘めている声でなくては満足できないのだ。




時は2009年。あるさびれた町の公園にペットボトルの工場の誘致計画が持ち上がる。
その公園では、町民が町おこしのために、城の石垣が残っている場所に、城を建てる計画を練っていた。
ある晩、町役場の冴えない職員の男と大工の棟梁、ホームレスの男の3人が城跡の井戸に落ち込んで姿を消す。

陰険で粘液質の町長が、次の日に公園の城跡を訪れると、井戸に落ちていなくなった3人が戦国武将の甲冑姿で現れる。
冴えない職員が殿で、名前も恩大寺隼人将(おんだいじはやとのすけ)とそれらしい名前になり、あとの2人はその家臣である。
戦国時代、築城の折に、現在の町長の祖先の謀反により、焼き討ちにあって城建設を阻止されたので、その悲願を叶える為に3人は現代に蘇えって来たのだ。
恩大寺は「築城せよ!」と集まっていた町民の前で力強く叫ぶ。
3人の武将たちのあまりの命令的な態度に、町民たちはついてゆけなくなり、築城がはかどらず、やむなく中止の状態になる。
石垣から噴き出した冷水の霊力で武将だったホームレスの男がもとの現代人にもどる。
苦悩した恩大寺は、ホームレスの男にダンボールでできた家を見せられる。
武将の力は次の満月の日、つまり4日あとまでしか続かないので、ダンボールで築城することにする。
最終的には、町民の家を1軒1軒恩大寺が頭を下げてまわり、ダンボールを持ってきてくれるようにたのむ。
棟梁の娘で、大学で建築を専攻しているなつきが、その場を仕切ることになり、学生や町民たちが続々と手助けに集まり始め、城は完成する。
町長たちが黙っているはずはなく、ダンボールの城を崩して遊ぶ祭りを計画し、他の市や町から城愛好家団体を募集し、城完成の日に2つの団体をぶつけようとする。
恩大寺となつきが、城の屋根に鯱鉾を1つずつ設置して城が完成し、悲願は達成された。
完成した途端に城はパタパタとダンボールの音をさせて崩壊する。
あとかたずけで協力し合う町民の仲間たちの結束力はこれからの町のためにも有力に働くだろう。
またそこに残ったのは、家臣や庶民たちと交流して成長した思慮深くなった恩大寺と、築城で助けあった町民たちの皆で1つのことをやった達成感がもたらす喜びであった。
次期選挙に選ばれなくなることを、町長はすごく恐れているので、町の人々が意志表示をし、反対を唱えれば、工場誘致推進派町長にとってはそれが一番説得力を持つ。
工場建設は、白紙に戻った。

現代によみがえった武将、恩大寺隼人将(おんだいじはやとのすけ)を演じた、上方歌舞伎役者片岡愛之助の身のこなしや武将の言葉の色っぽさが、次は何をしゃべり何をするのだろうかと言う期待を抱かせてくれた。


監督・古波津 洋(こはつ・よう)
nice!(0)  コメント(0) 

糖鎖イメージのネックレスとアクセサリーショップの女店員さん

涼しいビーズでくるまれた36個の硬い房が豊穣に重なりあって並んだネックレス。
直径1・5センチと1センチの2種類の房が、たわわに実っている。
手元にある3種のネックレッスの色は、象牙、ブルー、真鍮色など。
細胞とその先についた、わが愛しの糖鎖を連想させてやまないので3種類購入したのだった。


登場するのはカラス菌と章魚菌と糖鎖君。
糖鎖君は、細胞の先に付いている何本もの鎖なんだけれども、今回のネックレスは36個の房だけで、そこから先には鎖ビーズはついていない。
実際には鎖は見えないが、見えているものとして書いているので、房の先に鎖ビーズがついていると想像してもらう以外にない。
房の先についた糖鎖君は、カラス菌が現われれば、ぼこぼこと大口で飲み込み羽根まで溶かしてしまう。
章魚菌が来れば串刺しにして息の根を止める。
2回目からは、カラス菌やタコ菌の手配写真(抗体)が刷り込まれているので、彼らの影が感じられるとすぐ、私庭の前でやっつける。決して庭には入りこませない。

糖鎖君が、章魚菌を串刺しにする時には、免疫力が働いて溶解液を出す。
戦闘態勢が解かれれば、普通、正常にもどるのが細胞の先の糖鎖君だ。
自力で正常に戻らなくなって溶解液が止まらなくなってしまったのが、アレルギー反応なんだけれども、これは慢性化する。

糖鎖君は、現地までスーッと流れて行き、全体の細胞諸君に意志疎通をはかってくれる大事な仲介役をこなす。
カラス菌や章魚菌を自力でやっつけて、自力で元に戻らなければ正常とはいえない。
対症療法の投薬で疲弊した臓器はだんだんに用をなさなくなる。あな恐ろしや。



中心街のアクセサリー店のきれいなおねーさん店員は、ツンツンとがった口先が、危ない魚っぽくて、親切心皆無の、やる気の失せたおねーさんたちだった。
「黒はもうないの?」と聞くと、厄介そうに「そこにあるだけ、どえ~~す」と言って、なければ注文できるはずなのに相手にしてくれない。
この不景気な世の中、1個だって2個だって売れるようにしなきゃ。
経営者さんが、自分の店のこんなおねーさんたちの大柄な対応を知れば、半泣きでしょうね。


博多駅のアクセサリーショップの女店員さんは、最初からにこにこしながら、ぶ厚いカタログを見せてくれて、すべて一緒に調べてくれた。
すぐに茶色と黄色のビーズが入り混じったネックレスと真黒のネックレスを注文した。
茶色と黄色の蛇目模様(2つの縞模様)は、ペルシャからやってきた、大好きな花のハルシャギクと同じ配色だ。
ミツバチやヒマワリを見ている時のような元気でコクのある印象を受ける。
nice!(0)  コメント(0) 

「深海蒐集人」・かまたきみこ コミック

肉体美を持つうら若き乙女のミミの仕事は、深海ダイバー。
美形の男女がどこから見ても素敵に見えるスタイルで動き回っている。
ミミは素潜りで、1時間も海中にいることができる特殊な能力の持ち主である。
近未来、地球温暖化で文明都市のほとんどが海中に沈んでしまっている。
ミミは図書館や美術館や個人からの依頼で、水没した貴重な本や絵を陸に引き揚げる仕事をしている。
何より毎回はつらつとしたミミの、しなやかな肉体が動くさまを見ているだけで、気持ちがよい。
貴重な本や絵、金属や木の製品などには、図書館や美術館が、海中に沈む前に海水と調和する防腐処理を施している。
ミミがモニターカメラをつけて海底都市に潜るので、船からも陸からも海底の様子は見てとれる。
ミミは海底の王の幽霊や絵描きに殺された女性の幽霊に呼ばれる。
人間ではない何者かによく命を助けられる。

漫画家のかまたきみこさんはダイビング経験が全くなく、強いて言えば子供のころ川遊びをしたくらい。
海を熟知し、船や、ページの扉を飾るギリシャの海の神々の研究も相当なものだと思っていた。
さらりと描いているようでもなかなか凝っている。
素晴らしい想像力だと思う。
nice!(0)  コメント(0) 

阿修羅展・九州国立博物館

阿修羅像の正面をめがけて、自分の足音を聞きながら、夢の中のもどかしい歩行のように、歩み寄って行った。
薄暗がりの中に、適量のライトを当てられた、この世の美しさとは思えない阿修羅像があった。
阿修羅像には、現在にありながら、どこか別次元の空中にあるような、浮遊感があった。
時間が1300年前の向こうへ巻きあがり、またこちらへ開かれてくるような錯覚に陥った。
阿修羅像が、掌を合わせているのが斜め左前から見える所から、最前列で時計回りに、360度、3回もまわって、どの部分も見逃さないように仰ぎ見た。
すべてを排除して、ただひたすら見ると言う行為をやり尽くした満足感を持つことができた。
正面から初めて見た時には、ツーンときたが、泣いている暇はないことを自分に言い聞かせると、涙は自分の内側にさざ波を立ててたまり始め、慈愛に満ちた湖に変化していった。
これは思いもよらぬことだが、阿修羅から漂ってくるものによって、変えられたのだと悟った。


3つある顔の正面の顔は、清浄感を漂わせる神秘的な表情である。
左真横から見ると唇を結んだ表情をしている2つ目の顔の下の肩あたりから3本の長い腕が伸びている。
腕の1本目(右端)は、合掌しているので、もう一本の腕と重なって見える。
真中の腕は、太陽か月をいただいている。
いちばん左にある腕は、弓を持っていたらしく、やや下にある。
真後ろは、左右を向いた顔の耳が、逆方向に真中に2つ付いていてかなり異様に感じられるのだが、しばらくすると、こちらの何かが阿修羅に感化されてしまい、すべてが調和して感じられる。
右真横から見る3つ目の顔は、正面の顔の弟のような安定した表情だ。
右肩からついている3本の腕の1本目(右端)は、矢を持っていたらしく少し上に掲げられている。
真中の腕は太陽か月を掲げ、3本目は合掌している。
たとえ何千何万の人間の猥雑な毒気にあてられようとも、たちまちのうちに周囲を純化してしまう。
心のみを重要視するのはお門違いで、物体に込められている祈りのパワーにもすごいものがあることを知った。

奈良から東京へ、東京から福岡へ、阿修羅展のために、仏像を運搬する高級技術はあっても、もう動かさずにいて欲しい。
こちらが出向きます。

天平時代は、赤く彩色されていたと言う、阿修羅像のレプリカ(1980年代作)も、常備展の会場に展示されてあった。
ネックレスやブレスレットのジュエリーは金色で、巻きスカートやたすきに、シルクロードを経て伝わった宝相華文(星と花が呼応し合って光となった文様)の鮮やかなデザインがほどこされている。

冬に阿修羅のことを30年ぶりくらいにすごく知りたくなって、ずっと調べてブログに投稿した。
夏に九州に初めて来てもらえるなんて本当にうれしい。





(余談)
あけっぴろげでかわいいんだけれどもね。もうあきらめてはいるが、2人組みや5人組みで来ている人は、おかまいなしにずーっと館内に響くノド声で仲間としゃべり続けていた。遠慮してひそひそしゃべるのでは決してない。
Tシャツの外国人の団体が、どやどやとのし歩く。
必ず仏像の前で、看板の説明書を大きな声で読むおばさん、おじさん、おばーさんがいる。
疲れる。
ここは公共の場なのでやめてね。どっちもどっちだが、化粧している娘さんは音は立てない。
nice!(0)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。