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「闘りゃんせ」 中島みゆき

話題作の映画の「アバター」(地球から4、3光年の星に住む3メートルの背丈があるネコ科っぽい緑の異星人が美しい)も「フォースカインド」(実在の心理学者の記録映像とUFOによる拉致問題を扱っている)も映画館は超満員だったが、少なくなる曜日と時間をねらって行き、ようやく良い席で見ることができた。
年が明けたら思い返してみようと思う。
何はさておき、中島みゆきの演歌調のニューミュージックの歌が非常によいのである。
さっそうと、かなぐり捨てたような(かぶいています)高らかな歌。越路吹雪も真っ青!
今までこんなの聞いたことがなかった。これ程どきどきさせてくれるものが欲しかった。
自由な力強さが伝わってきて胸がうづくので、人生上の悔いの尻尾を引きづりながら、何もかも抱えたまま踊りだしたくなる。
「ふうんそうなんだ りっぱですねそれで?」というような返事しかできないきれいごとで思考停止していてはつまらないことがよくわかる。
地上の星」あたりから土笛で吹かせてもらって、注目していたけれど、中島みゆき、いい曲といい歌詞を作れる女になりました。
曲の途中から、がらりと変わった曲調が出て来て、しばらくして元に戻るけれど、終わりは初めと同じメロデイーなのに、加わった広さと力強さの質が違ってきている。
動き出してから盛り上がってゆくパワーがすごい。
最初と後の方に違いがあるのは、押し上げられた勇気が加速してきたからである。


「闘りゃんせ」作詞作曲 中島みゆき
1)
いちばん最近笑ったことを 語ってみてくれないか
いちばん最近歌った歌を 聴かせてみてくれないか
私は忘れてしまったんです

いちばん最近笑ったことを 語ってみてくれないか
行く人も帰る人も 見分けなんかつかないね
闘りゃんせ 愛よ闘りゃんせ 
闘りゃんせ うつろな胸の中
闘りゃんせ 愛よ闘りゃんせ 
闘りゃんせ 裸の胸の中

2)
いちばん最近帰った道を 歩いてみてくれないか
いちばん最近慕った人を 頼ってみてくれないか
私は迷ってしまったんです
いちばん最近帰った道を 歩いてみてくれないか
過ぎた日々もまだな日々も 答えなんかくれないね

   ~略~

3)★以下急に室町時代あたりから降りてくるメロデイー(星笛館主の独り言)

ここは何処か教えてくりゃれ 
怖いながら教えてくりゃれ
私は届けに行くところ 私を届けに行くところ
いちばん遠いところから いちばん近いところまで

4)は1)とほぼ同じ ~略
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ゼロの焦点・松本清張・映画監督 犬童一心

日本海の岩に砕け散る波や暗くうねる波、風をまとって落ちてくる雪や雪道、古い旅館などの映像に見とれてしまった。
忽然と姿を消した1人の男、鵜原と何らかのつながりのあった3人の女性たち。
情感漂う人間が絡み合う松本清張の推理小説。
女性の中の1人は結婚1週間で出張した夫が帰ってこなかった妻の鵜原禎子。
演じるのは広末涼子。時代は昭和32年。
末広涼子は相変わらず美しかったが、今回は気丈さが感じられた。
金沢の撮影でそうとうきついのか、お肌も表情も疲れていて、5歳くらい年取ったように見えた。
後の女性の2人は室田社長夫人の佐知子と会社で受付をしている女性の久子で、アメリカ兵相手の売春をやっていた時に、警察官だった鵜原と出会って助けられていた。
時を経て、同じ場所で3人が偶然にも出会ってしまったところから問題が起こってくる。
久子と鵜原は一緒に1年間暮らすが、鵜原の方が新しい自分に生まれ変わりたいと言う願望が強くなり、久子を捨てて禎子と見合い結婚をする。
久子と妻になった禎子はお互いの存在を知らない。
鵜原は、過去の女と職業を捨て、禎子と再出発をするという意味で、本気で禎子を必要としていた。
佐知子は昔の職業をだれにも知られたくないので、次々に人を殺す。
殺された人間は鵜原、鵜原の兄、会社の男の3人。
自殺に追い込まれたのは久子と社長。
社長夫人を演じた中谷美紀は個人的には好きな女優ではない。
具体的に体から発する騒々しい狂気を演じていたが、狂気の奥深いねばりがなかった。
映画では、社長をはじめすべての人間が彼女に翻弄された。
社長がなぜか佐知子の罪をかぶり、ピストルで自殺をするが、身代わりになるほど愛していたのだろうか。
小説がそうなっていたのだろうが、中谷美紀演ずる佐知子では、夫がそれほどひきつけられたとは思えない。
妻のために罪をかぶって死ぬ夫がいることも信じられない。
日本人好みとすれば、木村多江が演ずるところの、おかれた場所には文句も言わず、かえってありがたがって現実を見ようとしない、人生に流されてゆく薄幸な静かな久子だろう。


椅子に座った時から映画が始まるまでと、最後の字幕で流れた中島みゆきの歌「愛だけを残せ」がものすごくよかった。
歌詞だけを読むと、ごつごつしていてどこかで何度も読んだことのあるようなもので、この言葉の後には必ずこれが来ると言う予定調和を感じるところもあるが、中島みゆきがたたきつけるように歌うと涙が出るほどよかった。
胸を張って、破れそうな声で、やれかぶれに聞こえるほど力づよく歌った。


「愛だけを残せ」 作詞・作曲 中島みゆき

愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえ残さず
生命の証に 愛だけをのこせ

やむにやまれぬ人生は綱渡りだ
選ぶつもりが選ばされる手品だ
闇の中の風のように
突然に愛は居どころを求める
略~
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過ぎて行ったクリスマス

子供の時は、25日の朝、サンタクロースが置いていった少女雑誌下着などのプレゼントがうれしかった。
朝方まで、サンタクロースを待っていたが足音も、足跡も見つけられなかった。
それでも橇の音を聞いたような気がした。
現在は芸能祭や訪問コンサート講座で休む間がない。
その場を楽しくしないと自分がつまらないので、それぞれ結構面白くこなしているのだが、よーく考えてみると、孤独を紛らわしているような気がする。
そろそろ忙殺される雑事を減らす時期がやってきたのだろう。
はたと膝を打って考える、どこに行くにも何をするのにも費用がかかる。
お金を十分に手にいれる方法を教師も世間様も親も誰も教えてくれず、ほどほどの「清く貧しく美しく」を押し付けられた結果「鈍く、貧しく、汚らしく」へ向かっている。
きれい事路線で「貧しく」はだんだん深みにはまって行っているようだ。
貧乏くさく家にこもっていても美しくもならず、世間に疎くなり、気がこもって病弱になるだけ、おまけに意地も悪くなるか、天然ボケで自分のことしか考えられなくなる。

山荘の録音室や豪邸や高級車や宣伝ルートを確保するには売れなければならない。
悲しく貧しく報われないと言う意味の歌を、ぼろぼろのジーパンをはいて歌っている歌手が、預金通帳には何億と言う大金が振り込まれているので、若いころは内心複雑だったと漏らしたことがある。
今は平気なのだろうか?
それに彼が、自然破壊をくい止めたければ、山奥を切り開いて家を建てたりせず、汚水を流さず、各地で電気エネルギーを大量に使って野外コンサートをしないことだ。
このギャップと矛盾にどこかで気づいているはずなのだが。

10日間の休みに入ると、つるつるした青い空間にバラ色の霧がかかった時間が取り戻せた。
取り戻した時間で、その土地に詳しいミステリアスな人と共に旅行がして見たい。
もちろん出費は私の財布からだが、魔法のお財布が欲しいところだ。
お金が欲しい程あったら1年~2年は、欲しい物を全部手に入れて回るだろうな。 ぐぐぐぐ(笑い声)
精神論はそのあとでお聞きします。
しかしいちばん欲しいのは人材と交流関係である。
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ホラー(1)

わくわくする楽しいものが2日~3日見つからなかった場合、とっ散らかった部屋を片付けるのだが、それでも、神経がだれーっと眠ってしまっている状態の時には、時にはDVDのホラーを借りに行く。
ついでに本屋にも寄って角川ホラー文庫を買ってくる。
そっちのほうのぞくぞくする方面から、息を吹き返そうとするのだが、今回は大成功だった。
怪奇幻想方面のものを目の敵にする人々へは、何事もバランスですからご心配なくと言うところだ。
小池真理子著「墓地を見下ろす家」に出てくる沁み寄ってくる暗がりは、こちらの状態にまで及んで、怖かった。
幸せになりたくて、墓地のそばのお手頃のマンションを買った家族(夫婦と娘1人)が、まず不審な音や、かまいたちなどの怪奇現象に出会う。
各室についている地下の倉庫が、墓地や建設中止になった地下街とつながっていて、上に住む住人は怨念の火にあぶられるフライパンの上に乗っている具材だった。
弟夫婦を巻き込んで、マンション自体が墓地に埋められた人々の怨念に近い情念に共鳴していた。
ドアやエレベーターや入口が機能しなくなり、閉じ込められる。
マンションから引っ越そうとした一家と関わりのあった者は、事故や火事にあって死亡すると言ったようなことが起こる。
いちばん怖かったのは、マンションから出ようとすると、戸があかなくなり、外側からガラスに無数の手形が付き、その手形でガラスが真っ白になって中が見えなくなることだった。
外部から来た引越しの業者や警察までが、焼け死んだりした。
じわじわと得体のしれない、説明できない恐怖に巻き込まれてしまった。
助けを待つ間に気が狂わないでいられるためには失神するのがいちばんである。
なまじっか冷静で理性的だと、惨事に出会った時先が予想されその絶望感で一瞬のうちに白髪になりそうである。

ホラーとは異なるが、亡くなった女優の大原麗子さんが見つけ出されるまで、9日間もベットかベットの横に倒れていたらしい。
意識がなかったことを祈るばかりだ。
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ホラー(2)

古色蒼然としたホラーの中から、1963年のアメリカ映画「The Haunting」(たたり)を選んで見た。
まるでヨーロッパ映画のような肌触りで、カーテンや階段や部屋の調度品に年季が入っていて美しい。
たたりなんて題名は、日本の東海道五十三次の旅籠(はたご)の障子に映るお化けが出てくる映画の題名のようでお洒落ではないが、原作はシャーリー・ジャクソンの「山荘奇談」(早川文庫)である。
この白黒映画のお屋敷はアメリカのニューイングランド州にあり、山荘と言うよりしっとりした古びゆくお城である。
豪華で上品な部屋の中を見たくて見た映画だったが、徐々に怖くなってきた。
主な登場人物は、心霊研究者の人類学の教授と協力者に選ばれた独身女性の物静かな美しいエレナ、感性の優れた気丈なセオドーラ、屋敷の相続人の男性の4人である。
不審なラップ音や揺れはもちろん頻繁に起こり、ドアや壁が波打つ。
エレナとセオドーラが同室で眠ろうとしていた夜中、ドアや壁を叩く激しい音をエレナだけが聞く。
恐ろしさのためにエレナは、セオドーラの手を握って眠りに就くが、セオドーラは別のベットで寝ていたので、手が握れるはずはなかった。
握って寝たのはだれの手?と言うことになってエレナはショックを受ける。
怨霊の巣食っている中心部は育児室である。
エレナは屋敷中を走りながら気も狂わんばかりに何かを探そうとする。
死に場所を探しているようにも見える。
怨霊たちの仲間になって生きようとでも言うのだろうか?
教授たちはエレナを屋敷から他へやろうとするが、一人で車に乗ったエレナは、大木に激突して亡くなってしまう。
生きてもらうために教授たちから屋敷を出されたエレナは死んで屋敷にとどまり、怨霊になるのだろう。
屋敷はそこで亡くなった人々の墓のようだ。

● またもや山奥で美しい2つの屋敷を守っていた父の親族たちを思い出してしまった。父の親族は私の親族でもある。今は屋敷は跡形もない。長男の長男は早死にするか、もともと生まれてこない。家を継いだ二男の家族もそうなっている。町に出て自死した者もいる。
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映画 ディセント2・理想の彼氏・なくもんか

「ディセント2」

ディセントと言う語には急侵入、不意の襲来、転落という意味がある。
ディセント2では、ディセント1でアメリカのアパラチア山脈の未知の洞窟探検に行った6人の女性の中からたった1人生還したサラが、6人目の救助隊に無理やりに参加させられた。
救助隊を結成したのは、遭難者が出てから3日~4日たった後だろう。
救助隊員は、地底の洞窟に棲んでいる20匹~30匹もの、目が退化したので音だけで獲物を探す蝋人形のような怪物に襲われる。
人間に獰猛に襲いかかって、むしゃむしゃと食べる
地上に上がって鹿などもハントし、洞窟内に引きずり込む。
サラは、洞窟内で、遭難したはずのジュノに出会う。
ジュノは、交通事故で娘とともに亡くなったサラの夫と、よい仲になっており、そのことにサラが気づいたのは、洞窟での他の女性たちの会話からだった。
2人は反目しあう。
救助隊の中から生き残ったのは、襲いかかる地底の怪物から逃れた調査隊員の女性1人だけだった。
地上に生還してまだふらふらしている女性に、殴りかかって再び穴まで引きずっていき、穴の中の怪物に襲わせたのは、ディセント1で生還者のサラを助けた老人だった。
老人にどのような思惑があったのか分からない。早くもディセント3が待ちどうしくなる。
地底の怪物のトイレに落ち込んだサラと捜査隊員の女性は気の毒だった。
上から怪物が糞を垂れるトイレ内の乱闘はみじめだったが、生き残るためには我慢せざるを得なかった。
娘が1人いる捜査隊員の女性を助けるために、強いて犠牲になったジュノとサラは人間らしかった。


●絶体絶命の追いつめられた恐怖を体験することで、脳内にはなぜか家を継がなかった私の父とその一族の欠陥と貧相な交流関係がダブって見えてきた。没落した2つの家族の家屋敷は、いまさら補いようがない。しかし屈折した謎が解けてありがたかった。感情の度合いによって、自分の内部がみえてくるから、映画を見ることは止められない。




「理想の彼氏」

夫の浮気発覚で離婚した女性が2人の子供のベビーシッターの年下の男性によって見違えるほど生き生きとした生活を手に入れることができるお話。
未熟な2人は5年と言う長い間離れ離れになり、自らに課した試練の後に再び出会い結婚する。
女性役がキャサリン・セダ・ジョーンズだったので見に行った。
彼女は離婚後にセミナーに行く。
集まった女性たちが、皆の前で被害に合わせた夫などの相手を口汚くののしり、原因を自覚する場面は、見ていて気持ちよかった。
両手をたたいて喜んでいる女性たちの気持ちは、画面から客席にも広がった。
これは治療の一環として用いられる療法の一つである。




「なくもんか」

どうしょうもない遊び人の父親に引き取られたのが兄の祐太。
母親のおなかに弟の祐介がいた時に父母が分かれた。
父親は知人のハムカツ屋に兄を置き去りにしたまま、有り金を盗んで遁走。
兄はいつもにこにこしながら、世間様に徹底的に尽くす。
兄はハムカツ屋の主人に見込まれて後継ぎになる。
商店街で、美味しいと評判の秘伝のたれをつけて食べるハムカツを作り続ける。
偶然取材に来た弟は、成長して漫才師になり、芸能界で仕事をしていた。
兄の祐太はオカマバーでホステスとして働き、息抜きをしていた。
なるほどと合点がいく。
泣くもんかと言ってもよくなく兄。兄は静寂を怖がるように徹底してしゃべりまくる。
ハムカツの秘伝のたれが、学校給食のたれに負けたのは可笑しかった。
現代の味覚にマッチしたものが好まれるようだ。
親切で配達で老人たちの家を訪ねていた兄の祐太が、泥棒に間違われた。
犯人は別にいたのだが、周囲のほとんどの人は、祐太を泥棒扱いにした。
人々の隣人を信じる力の弱さが露見したが、兄はそれも平気に許してしまう。
やっぱり息抜きでオカマバーが必要なわけだ。毛色の違った息抜きにはとっても笑えた。
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おいしかったもの

北九州市の旦過市場(たんがいちば)にある「宇佐美」のぬかづけの大根葉。
水分の抜けたぬかづけの、濃い大根葉の味。
ぬか床が大根葉のおいしさを引き出し、微妙にマッチしたところが何とも言えない。
白いご飯と一緒にいただくと食べ過ぎる。
子供のころは、大人に交じって、お茶うけに自家製の葉物の漬物やたくわんを、お皿の代わりに手のひらにのせて食べた。

佐賀の毛貫(けぬき)さん夫婦の木なり甘熟みかん
糖度を上げるため、1ヵ月も長く木に生らした。もちろん減農薬、有機肥料。
太陽光を下から反射するシートも敷いた。
手塩にかけた不揃いみかん。
風味と言うものが周りに漂う。
甘さの中に酸味が付け加わり、甘味が濃縮されている。
2人ともオカリナを吹く。

お豆腐やご飯の味以外、どうやら私は、素材そのものの独特の濃い味がする食べ物が好きのようだ。
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「トワイライト・サーガ ニュームーン」2009アメリカ映画

お互いに17歳の時に出会った、永遠に17歳の吸血鬼の男の子エドワードと、年をとってゆく人間の女の子べラの種族を越えた恋物語である。
この悲恋の設定の奇怪さと、感情の沁み入り方のすごさを体験し、とりこになってしまう女性たちがたくさんいると言うことは、彼女たちの現在の恋には、何かびりりとしたものや苦悩を伴った影が足りないからに違いない。
前編の「トワイライト 初恋」でリピートする人が続出したので、2作目の今回は、リーピートしてチケットの半券で応募すると、バービー人形やブレスレットやクリスマスカードがもらえるようになった。
リピート数3回、5回、ほとんど狂気に近い30回と言うのもある。
プレゼントはあまり欲しいものではないが、昔の少女雑誌見たいに工夫していて、関係者を動かした女性たちのヒット祈願を感じさせてくれる。

私が最高に面白くて何回も見たいと思ったのは、普段は人間だが狼に変身する種族が出てくるところだ。
大きさが普通の狼の100倍もある1頭の狼や、10倍もある4頭~5頭の狼の種族が、吸血鬼から人間を守るために吸血鬼と死闘を繰り広げる。
狼の普段の顔が、怒りにたけり狂った表情に変化し、ふさふさした毛をなびかせて森を走り抜け、助けに駆けつけるところが、頼もしくて何とも言えない。
狼たちの目力も魅力的で、足音や飛び上がって空を切る音が聞けるのもうれしい。
狼には、べラの幼馴染みの親友の15歳の男の子のジェイコブと仲間たちが変身する。


2作目では、18歳になったべラの誕生パーティで、べラが怪我をした際に、血を見たエドワードの家族の若い男性が、べラを襲う。
何せ吸血鬼なので血を見たら制御できず、急激に泡立つものが体内に湧き起こるらしい。
吸血鬼の命をつなぐものが人間の血なので仕方あるまい。
しかし吸血鬼の家族には、人間社会に溶け込んで、血を見ても衝動を抑えられるように訓練している者が何人もいる。
エドワードは家族とともにこの土地から出て行くことにした。
すべてはべラを愛するが為である。

エドワードに去られたべラは、生きる気力を失ない、狼族のジェイコブに支えられ、何度も命を助けられる。
べラが危機に見舞われると、エドワードの幻が現れて、危険を知らせる。
幻でもいいのでエドワードに会いたいべラは、わざと危険な状態に自分を追いやる。
崖の上から海に飛び込んだべラが死んだと思いこんだエドワードは、自分も後を追おうとする。
イタリアの吸血鬼の本部に乗り込んで罰を受けて死のうとするのだ。
教会の中に吸血鬼の本部があると言うのも面白いが、祝祭の日に彼は白日のもとに肉体をさらして塵になろうとする。
べラは、エドワードに去られた後、生きる気力を得るためにジェイコブとの友情を深め、恋人に近い状態になってはいるが、決して心変りはしていない。
べラは、父親や幼馴染みのジェイコブを振り切って、アメリカからイタリアの教会に駆けつけ、エドワードを抱きしめながら、太陽の当たらない奥へ奥へと押しやる。

ここで、女性たちが一生のうちに一度も聞くこともないような吸血鬼のエドワードの愛の告白を繰り返し耳にすることができる。
ほとんどの女性は、吸血鬼のエドワードの命がけの悲しさと、痛みを感じさせる言葉をせめて劇場で聞くためにリピーターになるのだ。
贅肉の付いた人間の男の誰が、こんなに苦しい美しい言葉を吐けるだろうか。
普通の申し込みを当たり前にされて結婚した、もう若くはない女性たちも、そんな言葉を一度も耳にしたことのない若い女性たちも、エドワードの粒ぞろいの矢のような言葉を耳にしてうっとりと悲恋に覚醒し、出会ったことのない感情に串刺しにされるのだ。
静かに泣き始める人も続出した。
「あなたがいなければ生きてはいけないので死のうとした」というようなせりふは、そんじょそこらにはない。
女性たちは愛の永遠の酸欠状態であるゆえ、リピーターになる。
さいごにエドワードが語りかける「結婚しょう」と言う言葉は、地中から掘り出した秘宝の輝きで、どんどん光を増してゆく。それもとても上品に。
べラは、吸血鬼になる決心をする。
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