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脱線倶楽部 ああ!染色体(3)  余韻編

人類遺伝学教授ブライアン・サイクス氏によるとヴァイキングは、Y染色体の命令によってつき動かされ、793年にイングランド北東部のリンディスファ―ン島の修道院を襲撃した。
ヴァイキングたちは、片っ端から金目の物や食料、衣類までも略奪した。
修道士たちは全員殺戮されたわけではなく、船で逃げ切った者もいた。
彼らは、修道院に伝わる聖人カスバートの聖遺物やリンディスファーンの福音書を命からがら運び出した。
逃亡の途中に、海に流されてしまったリンディスファーンの福音書は、数日後、海岸に打ち上げられているのが発見された。
修道士の誰がリンディスファーンの福音書を持って逃げたのか、なぜ海に落ちたのか、どこの海岸で見つかったのかは分からない。
本当に海に流されたのかどうかも、わからないが、福音書は「海に沈んだ本」と言われている。
ストリントベリーの「海に落ちたピアノ」の話のように、福音書に一人語りをさせて見たい。
大英図書館にあるリンディスファーンの福音書(手書きの色つき装飾写本)は、外装に宝石をちりばめ、貴金属で覆われた皮で装丁された完全復刻版だ。
写真で見ただけだが、渦巻き模様、組み紐模様、動物模様、絡み合うつる草が色刷りされている華麗な美本であり、構想から完成まで20年を費やした秘宝である。
福音書は20ページだけ閲覧できる。

度重なるヴァイキングの襲撃に備えて、修道士たちは何度も島を離れたり戻ったりした。
その時に存命中も、死んだあとも数々の奇跡を行った聖カスバートの遺骸を運び出した。
計算してみると島がヴァイキングに荒らされ始めてから、82年後に聖カスバートの遺骸は島から運び出されている。
リンディスファーン島の修道士たちは、遺骸を守りながら旅を続けた。
聖カスバードの奇跡のことは、「イングランド教会史」や「聖カスバート伝」、現代では「聖カスバートの移葬記」(水島ヒロミ著)として残されている。
聖人カスバートは687年に亡くなって埋葬された。
ローマ教皇庁たちが、列聖の認定をした1104年まで、418年間もの長い間、彼の遺骸は、腐蝕せずまるで生きているかのように見えた。
どのような手を施したのか保存がよかったのだろうが、亡くなってから腐蝕しない聖職者は、聖人とみなされるのだ。
イタリアのパレルモのカプチン派の修道院のカタコンベには、みずみずしさを保っている少女ロザリア・ロンバルドの遺骸が残されているが、聖人とは見られていない。
875年から995年まで聖カスバートの遺骸はリンディスファーンの修道士たちによって120年間も移動を重ねていた。
元はと言えば、異教徒のヴァイキングによってもたらされた災難である。
「神は彼らをなすがままにされた」と言う言葉が聖書にあるが、長期間にわたって彷徨わねばならなかった聖カスバートであった。
聖カスバートの遺骸が、今残されているのかどうかわからないが、現在はイングランドのダ―ラム大聖堂の宝物庫に遺骸を入れていた櫃の断片が置かれている。
カトリックには現在も、本物のエクソシストの神父がいる。
悪魔や奇跡は、人間の病理的なものが作りだしたものではないかと考えるがよく分からない。
ダ―ラム大聖堂は、映画の「ハリーポッター」の撮影で、魔法学校として使われた。
聖人カスバートの遺体がどうなったかは、関係者には分かっているに違いない。
彼に起こった奇跡は、面白いので後日書くことにしょう。

ところで、リンディスファーン島の修道院には、修道女たちもいた。
どうなっているの!と言うところだが、これについても後日。


参考文献 聖カスバートの「移葬記」 著者 水島ヒロミ
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脱線倶楽部 ああ!染色体「アダムの呪い」(2)

この本になぜ「アダムの呪い」と言う題名がついたのか。
男性だけが持っているY染色体の存続が危ぶまれると、存続させたいと言う染色体の願いによって、男性による凶悪な性犯罪が起こったり、はけ口として通常では起こらない、異常な犯罪が起こったりするのだ。
知性も、抑制力も役に立たないほどのエネルギーを内包した性染色体、Yくん恐るべし。
Y染色体は、男性の攻撃性や征服欲に関係している。
女性の性染色体はXXと2つあるので一方が傷ついても補えるのだが、男性の性染色体の中のY染色体はXYの中には1つしかないので、その1つが傷つけば補いようがない。
Y染色体所有者の男性の生存が脅かされれば、攻撃的にも粗暴にもなって闘うだろう。

本書では、8世紀から300年間続いた北欧のヴァイキングの話が出てくる。
スカンジナビアに生息していた彼らが、故郷を捨て、海を渡って他のヨーロッパ諸国やアジアに海賊として進出していった原因は、人口増加にあるとみられている。
土地と女性にあぶれた弟たちが、こぞって新天地を求めなければならなかった。
はるかかなたの異性を求めさせるのは、性選択を支配するY染色体の本能だ。
これこそアダムの呪いだ。
ヴァイキングは、ヨーロッパのキリスト教ではなく英雄的な神々、女神たちに支配される独特の神話による宗教をもっていた。
ヴァルハラと言う「戦死者の館」は北欧神話の戦死者たちの楽園であり、540の門がある。
日中、戦死者たちは館の外で戦い、毎晩ヴァルハラに戻ってきた。
毎日、死に、毎日、再生した。
死して後、彼らはいったい何のために戦うのか。
戦死者たちは、生きている戦士のために、あの世から声援を送り、志気を上げ、戦いを鼓舞するのだろう。
館には、勇士を選択し、戦果をたたえ、慰めを与えてくれるワルキューレ(女神たち)が8人~12人いる。9人とも言われている。

ヴァイキングたちは、793年6月8日イングランド北東部の島、リンディスファ―ン島の無防備な聖カスパート修道院を襲撃した。
修道士全員を殺戮し、宝物を略奪した。
イギリス沿岸の、孤立無援の無防備な修道院を次々に襲って行った。
異教徒の彼らは、キリスト教の修道院に対して、遠慮なく血なまぐさい襲撃を繰り返した。
修道院には、素手で温かく迎えてくれようとする修道士たちがいたが、金銀に覆われた聖人の棺には、宝石がちりばめられていたので、容赦なく修道士たちを殺し、片っ端から宝物を略奪した。
清貧を重んじていたキリスト教の修道院が、亡くなった聖人たちを宝石で飾っていたのはなぜなのだろう。
その宝石類はどこからもたらされたのであろう。
王や信者からの寄付であろうか。
神を信じれば、その神によって特別な幸福や助けが与えられると考えるのは、現代の信者も同じだが、これは選民意識と言う特権階級意識の最たるもので、最高の黒い欲である。
人口増加で住処を追われた弟たちは、ヴァイキングとなり、女性や土地を奪った。
修道士たちは神の御加護どころか、異教徒のヴァイキングたちに殺戮され続けた。
Y染色体恐るべし。

~続く~  「脱線倶楽部 ああ!染色体」 


参考本「アダムの呪い」ブライアン・サイクス著
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あれやこれや(1)

内容はさておき、スピード感のある歯切れの良い展開と、主演男優の素晴らしい映画グリーンゾーン」のマッド・デイモンは、昨今の男性の中で特別によかった。
暗がりの中で、青い目の青が、蛍の点滅や滝のしぶきのように、顔の周りに残っていて、まさしく主人公のガッツと知性をも備えている、久しぶりに見る美しいスターだった。
左右の作りが異なっているマッド・デイモンの魅力的な引きしまった顔の表情を、ずっと見ていたかった。
適材適所にぴったりとはまっている、このようなスターは、どこから湧いて出て来るのか。
まさしく人類の男性の代表と言うべきか。Y染色体よガンバレだ。
映画の内容は、アメリカ陸軍の准尉が、前政府がイラク戦争の目的とした大量破壊兵器の隠し場所を捜すと言うもの。
もとよりそんなものはないので発見できず、不審に思った主人公がアメリカ側の虚偽を暴くものだった。
アカデミー賞を取った「ハートロッカー」とほぼ同じ内容だった。


リーデイング教室は、自分にとっては錆びを落とすのにはもってこいの集まりだ。
こちらの思惑とは異なって、朗読と言うよりは、脚本を演劇口調で大声を出して、感情まる出しの粗雑な声で読むものだった。
自分や他人の聞くに堪えない粗雑な声を、延々と聞く羽目になった。
こちらが抱いていた期待とはかけ離れていたが、全身を使って腹から大声を出すので体の調子はよくなった。
しかし内容も理解せずにヒステリックにどなり散らせば、強烈な声の中に、微妙なものが現われず、ただ鼓膜が痛むくらい五月蠅いだけだ。
自分のことはさておいて、そう言う人のそばに行かないか、こっそりと人差指を耳の中に突っ込んで、耳の痛くなるのを防いでいる。
脚本を右手で持っているので、左手で片方の耳しかふさぐことができない。もちろん左耳をだ。かなりコツがいる。
単に猛々しくがなりたてられる強声は、聞かせられる方も、稽古の邪魔になるし、相手の存在自体に嫌気がさして来て、今や疎ましくなって来ている。
激声に鼓膜を殴られたあと、声の主が取ってつけたような小声を出しても、何処かどんくさくていただけない。
大声のあとの小声も、いつまでも聞いていていたい人のもあるので、声の主から来る全体的な気品によって決まってくると考える。
口だけでできている、縦長の下品な棒のお化けを思い出した。
内容を噛み砕いて、声に溶け込ませる精神的な作業が必要となる。

大声を出しても魅力的で、かえって人を惹きつける選ばれたスターたちは、何をしても素敵な、生まれつきの資質を、与えられているのだろう。

この脚本に何度も出てくる、「狂気」という言葉と「正気」と言う言葉の度重なる読み違いは、たとえ稽古とはいえ、真髄をガラガラと崩そうとしているかのように見えた。
いや、本当は読み違いだけでは、脚本の真髄を崩したり、穢したりはできない。
脚本家と朗読者に信頼関係があるとしたら、それが朗読者のおかげで成り立たなくなってしまったと言い変えよう。
激烈な強声女史や、その筋のお仕事の人による「狂気」と「正気」の読み間違いには、愕然とした。
なにはともあれ、少しは信じていたところもあったので残念だった。
包丁と金槌の違いに似て、これを間違えるなんて、とんでもない傲慢なことだ。
稽古の途中、強声女史のところかまわずの、がなり声が聞こえて来たので、思わず皆で噴き出し大笑いしてしまった。
「あの位でいいんだよ、ド演歌でやってくれ」と助手の人に言われたのには、まいってしまった。
脚本は、イギリスのかなり知性的な女性脚本家のもので、お仕着せの信仰を捨て自殺した、鋭い洞察力を備えているが、鬱々としたものである。
6月の公演の時の観客がどう聞くか?台詞が速いので意味は追えないだろう。
私が観客だったら、わざわざ1日をつぶして行かない。
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ああ 染色体!

神社下の、草に覆われた川の淀みに、今朝は牛ガエルが怪音波を流している。
低音がコンクリートの排水溝に響いて増幅されている。
牛と名のつく巨大なカエルたちは、口蹄疫のヴィールスには感染しないが、口蹄疫のヴィールスに感染した宮崎の牛や豚たちは気の毒である。

~男性のY染色体の絶滅の時期はいつか?~と言う物騒な目次のある本「アダムの呪い」ブライアン・サイクス(人類遺伝学教授)著や、同著者の、~世間をつなぐ遺伝子のきずな、母系のみ受け継がれるDNA~が書かれている本「イヴの7人の娘たち」をひそかに面白く読んでいた時に、口蹄疫のニュースが飛び込んできた。

宮崎では、牛・豚合わせて現在は33万頭が口蹄疫の対象となりヴィールスに犯されたとみなされたものは、次々に殺処理されている。
(25日現在は80257頭殺処理された)*追加文
口蹄疫が発生した地点から10キロ圏内の牛と豚は殺処理、20キロ圏内では、ワクチンを接種して進行状態を遅らせたのち全頭殺処理すると今朝のニュースで言っていた。
陸上では、口蹄疫のヴィ―ルスは、風に乗って65キロも移動すると言われているのに、20キロ圏内の殺処理で大丈夫なのだろうか?
大事を取って、封鎖を70キロ圏内にしたら生活に支障を来たすからしないのだろうか。
アメリカ映画では、科学薬品で巨大化したミミズやゾンビと化した人間を、軍によって市ごと爆破させてしまうこともあった。あくまでも映画の内容である。

3日前のニュースでは「感染していないとみなされる10キロ~20キロ圏内の牛・豚を早期出荷させることを農家に要請、牛や豚は食肉処理し民間会社が買った上で、市場に流通させる」(5月20日共同通信)と言っていた。
これが本当だとすると、恐ろしいことになるかもしれない。
情報内容元は訂正されたのだろうか?
誰がヴィールスに感染しているかもしれない、早期出荷の肉を食べたいだろうか?
民間会社が適当に胡麻化して、不正に買い求めると言うことのないようにしてもらいたい。
ミートホープは内部告発で世間に知れ渡った。

口蹄疫は象やヤギ、鹿、猪、ネズミにも感染する。
熱が出て、口やヒズメなどの柔らかい部分に水泡ができて歩けず、食物が食べられず体が衰弱して行く。
人間の手足口病とは違うが、熱の出る口内炎やヘルペスや水虫の何倍もひどくなったものではないかと想像する。
宮崎では、10年前にも35頭の牛が口蹄疫になっているが、3か月で沈静している。
今回の口蹄疫はどこからもたらされたのであろう。
報告のあった韓国、タイ、中国からか、その他の国からか、餌や身体や靴底にヴィールスが付着して持ち込まれたか、または産業テロか?
ヴィールスの体内潜伏期間は2週間であるが、5日である場合もあると言う。
糞や藁に付いたヴィールスは冬だと9週間、夏だと14週間いきている。
人間用の食料になるために屠殺される運命にある彼らなのだが、人に美味しがられるのが目的の、天命を全うすることができず、殺処理されてしまうことは、生産者ともども納得ができないことだろう。
彼らが人間の食料になることは、いつのころからか人間が勝手に決めたことである。


ヴィールスは他の細胞に入り込んで自己を複製させる。
私たち人間は、細胞の先端に6万(現代人は2万~3万)もある毛の鎖である糖鎖を強化させ、ヴィールスと闘わなくてはならない。
糖鎖はセンサーでヴィールスや細菌などの異物をとらえ、白血球にも合図して闘って消滅させる。
この糖鎖で免疫力を高め、自力で作った抗体でヴィールス(抗原)を殺したのちに、自分の抗体にストッパーをかけ、自分に作用させずに元に戻るようにする力を取り戻さねばならない。
ストッパーがきかなかった身近な病気ではリューマチとか花粉症などのアレルギーがある。
糖鎖は8つあるが6つの糖鎖は食物からとることができない。
吸収率100パーセントのイオン化された糖鎖サプリメントで補わなくてはならない。
ほとんどの大人の腸壁はドロドロに詰まっていて、吸収率が悪い。
自然治癒力をたのみにできなくなっている上に、薬や注射の副作用でおかしくなった体を抱え、だんだんに衰えて行って抵抗力が無くなり、様々なヴィールスに犯されて、苦しみながら死んで行くより手はないだろう。
そんなことには絶対なりたくないので自己防衛はしている。
内容が途中で、口蹄疫に入れ替わることになったので、染色体については次回書くことにする。

~ああ染色体~随時、訂正を加えながら続く
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復刻コミック 「酒場ミモザ」ほうさいともこ 

隠れた名作である。
酒場ミモザマスターは初老、椅子は7席、京都三条にある古びたバー、人はこの店を「時代遅れの酒場」と呼ぶ。
京都と言う地名は日本のブランド名であるが、気楽に「京都の名所も美味も、ぎょーさんつまってまっせ」と漫画の帯に書かれている。
漫画家のほうさいともこさんのもう1つのお仕事は法廷画家である。

マスター「おこしやす!何さして もらいまひょ」
漫画の作者「えっ ほな ハイボール」
マスター「へ、 お待っとうさんどす あんたはん初めてやおへんな」
漫画の作者「ええ 何年か前に美大の同級生と・・・その時もマスター ハイボールゆうたのに 水割りくれはったわ」
マスター「ほんま そらえらいすまんこと こんなん食べはるか おいしおっせ お食べやす」
とマスターは匂いの強い自家製のニシン寿司を出す。
いたるところ京言葉で心地よい。
やっとミステリー賞を取った推理作家夫婦、芸者のしのちゃん、家族を抱えた年増のOL、露天商のワタル、出張中の会社員、おじさんおばさん、和尚さんなどの馴染みの客ばかりが酒場ミモザを訪れ「マスター ワシな ここ来たらなんやホッコリするんや」と言い、いろいろな相談も受ける。
ウイスキーのお湯割りが¥500の時代である。
マスターのつてで常連たちが京の奥座敷に行ったり、ミステリーツアーに行ったりする時は、ついて行きたくなる。
湯豆腐はもちろんのこと、京野菜、さばずしを始め様々な寿司、芋棒(里芋と棒だらの煮つけ)、かぶら蒸し、京のおばんざいやお客さん持ち込みの食べ物もギョウサンでてきて楽しみである。


バーを訪れた人々が、バスハイクやお祭りで行動を共にしながら、こぞって言うには、「何にせよ、たまに表出るのは必要どっせ」「なんせ 日常生活は一種の・・・・酸欠状態どすよってなあ」
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取り留め(あるやなしや)

川の飛び石や岸壁に、無数のすっぽんが甲羅干しをしていて、影が本体よりも長く薄くなった頃、彼らはどことも知れず身を隠す。

自分の今いる地点でのリアルな過去、現在、未来を思った詩の載っている詩集をいただいた。
時間を超越して、過去と未来に自由に行き来すると、自分は過去にいても未来にいてもそこが現在である。
そして過去も現在もなくなってしまうと言う意味の詩だった。
よくわからなかった。

思考する過程として、過去にいる現在の私はどのくらいの前の過去にいるのだろうか?
生まれる前の過去なのか、自分を意識できる頃からを過去とするのか。
未来にいる現在の私はどのくらいの未来にいるのだろうか?
過去は思い返すことができるが、未来の自分は予測できない。


少し遊んでみた。
自分の前面を未来として立って見た。
後が過去になる。
左右は問題にしないことにする。
今まで未来だった方を背にして立つと、今まで過去だった方向が未来に変わる。
現在の地点はそのままにするとする。
今まで未来だった方を背にするので、未来だったほうは過去に変わる。
自分の誕生や死の地点は問題にしないことにする。
そのまま前に進んだり、後ろ向きに歩くと、現在は移動して、刻々と変化してゆく。
何よりも驚いたことは、前後左右からそれを確かめている自分がいることだ。
現在の地点は過去にも未来にも自由に移動することができることになる。
それを環にすると、何億年か数えきれない年数の周期で、同じ地点に戻ってくることになる。


最近の映画は、観客を飽きさせないように、手を変え品を変え新しい設定やトリックを考え付き、次々に上映される。
疲れている時は、少々食傷気味にも感じるが、設定が人間の感情の奥深くのはっきりと善悪に分岐していない地点でされているので、主人公に迷いが生じるところが、きわめて人間的である。


キリストは全知全能の神と精霊と人間を1体に宿している。

祭祀を執り行う人間がいる。
その人間は神と一体化するところと、人間であると言うところが2重構造で一体化している。
前面に出てくるその時のその人間の役割によって、本人の自覚と他人からの見え方が違ってくる。


面白がらなければやっていられないので、10種類のコンサートのプログラム作りを複雑にして見た。
単純なものが必ず5番目か6番目にでてくる。
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クローン映画を見て考えたこと(1)

映画「月に囚われた男」に登場する企業側にとって、人間もクローンも取り替えのきく便利な道具にすぎない。
関係者各位は、従業員が事故で死んでも、外部に漏れないように隠蔽し、何事もなかったように、ことを処理している。
企業や社会的業務を行っている公の各団体に所属する私たちも、取り替えのきく労働力や人数が欲しいだけの団体の一員として、取り込まれ利用されているだけかもしれない。
組織の上部の人間たちが、自分たちに不利になることを恐れ、社会的には無関心を装って事なかれを貫くのは珍しくも何でもないことで、彼らの常套手段である。
相手側を「暴走している」などと決めつけて見て見ぬふりをするのが彼らの常識である。

クローンを作るためにはそれなりの計器の揃った場所が必要である。
映画「月に囚われた男」では、企業側はサムのクローンを月の基地で労働力として何体も作っていた。
クローンの体細胞には、元祖が過ごした時間がきざまれていて、短命になると言われている。

恐竜の楽園が出てくる映画「ジェラシックパーク」では、恐竜はオスとメスの関与なく体細胞を培養して作られている。
サムのクローンの場合もサムの体細胞を使用して作っている。

もうひとつのクローンの作り方には初期の受精卵を使うやり方がある。
誰のものであるか明記されていない受精卵だけしか残されていない場合、どんな特徴を持ったものが生まれてくるのか予想がつかない。

14年前イギリスでクローン羊ドリーが生まれ、次々にアメリカでは猿が、日本でも牛のクローンが誕生したが、絶滅寸前のトキの誕生だったらちょっと嬉しいかもしれない。
絶滅した動物や鳥の絵本「ド―ド―を知ってますか」の中に出て来たド―ド―(鳥)、フクロオオカミとかクアッガ(シマウマ)、ステラーカイギュウだったらもっと嬉しいだろう。
氷河で見つかった人間やマンモス、地層や石の中(琥珀など)に閉じ込められた古代の動物や昆虫類、墓の中で見つかった人間の骨やミイラの皮膚の一部を培養すればクローンが作れるようになるかもしれない。
ツタンカーメン王やまだ墓の見つからないクレオパトラのクローンに会って見たい気もするが、記憶は元祖本人と同じなのに、体はクローンだと知った時のクローンたちの違和感と失望は、はかり知れない。
彼らの自尊心が傷つき深い絶望感にとらわれた場合クローンたちはどうやって生きてゆくのだろうか。

人間の臓器を作って移植に使えることもあるかもしれないと思ったが、現在は臓器だけのコピーは困難で、臓器が必要な場合はクローンの体内から抜き取らなければならないそうだ。

~~続く~~
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「月に囚われた男」イギリス映画 ダンカン・ジョーンズ監督

近未来、地球の燃料が底を突いたので、月の燃料を採掘するため、韓国系のルナ産業がサムと言う1人の男と、人間を徹底的に守護する有能なロボットを月に派遣した。
無音の月空間と計器だけの並ぶ室内で3年契約で1人で働くサムは、ルナ産業によって、何人もの自分のクローンが造られていることは知らなかった。
元祖サムは契約期間中に事故で亡くなってしまう。
クローン1代目のサムの記憶は元祖サムと同じで、あと2週間で地球に送り返されるのをこころ待ちにしていて、電送されてきた妻と2才くらいの幼児の娘のビデオレターを見ている。
クローンたちには地球上で妻と暮らした記憶はあるのだが、妻との現実体験はない。
クローン1代目のサムが病気にかかり悪夢にうなされている時に、ルナ産業側がクローン2代目を出してきたので、1代目と2代目は室内でばったり出くわしてしまう。
クローンは地下にまだ何人も準備されており、待機していた3代目もむくむくと起き上って来る。その映像から来る恐怖と驚きはたとえようがなかった。
死期を悟ったクローン1代目のサムは、クローン2代目のサムが地球に帰る手助けをする。
地球に帰りたいと言う元祖サムの願いの記憶がどのクローンにもコピーされている。
この気持ちはすでに家族を残して月に向かって地球を出発する前からあったに違いない。
クローン1とクローン2の2人には、元祖サムのような妻との現実体験はないが、共通の脳内の記憶を話題にし、そのことでさらに盛りあがって地球に帰りたいと言う意志をふくらませ育てることができる。
しかしサムのクローンたち1代目2代目3代目・・・には、元祖サムのクローンが作られた地点までの記憶しかコピーされていないのだ。

日本映画に「クローンは故郷を目指す」と言うのがあった。
ロケットの外の作業事故で亡くなった男がクローンになることを承諾していたので死後クローンが生み出される。
クローンになる前の人間の魂が時空を超えて、幼年期の故郷や、現在の故郷に何度も帰ってくる。
同じ人間のクローン100人の魂は1つなのだろうか?
造られたクローンは肉体をもって故郷の廃屋に帰ってきてくずおれるように倒れて死ぬ。
クローンではないが、出身地から分散して都会に出て浮遊民となったさみしい人間たちも、廃屋であっても故郷の土地や家に少しでも楽しい思い出があったなら、戻りたいのかもしれない。

クローン1代目サムは採掘以外は室内から出ることや、地球の妻に電話をかけることをルナ産業から禁止されているが、サムたちを大目に見て、見過ごしてくれて、サムたちの意志を尊重してくれるロボットの心配りがあるので、自由な行動をすることができていた。
瀕死のクローン1代目が地球に電話をすると、妻は亡くなっており娘は17歳に成長していた。
時間の経過が1代目のクローンと2代目のクローンの間に15年以上もある。

元祖サムが事故で亡くなったのは、彼が月に来てから何年目なのかはっきりしないが、1代目のクローンが病死し、2代目のクローンが地球に帰って妻に会えば、妻には彼がクローンであることがすぐに分かるに違いない。
クローンも微妙に年をとるけれど、妻には元祖サムとクローンサムの違いが分かってしまうだろう。人間の堪は粒子的かつ魂的なのだ。
推測だが、妻は何かの事故で死んだのではなく、ルナ産業側から殺されたのだと思う。
会社側は永久的に月の採掘を元祖サムのクローンを使ってやるつもりなのだ。
元祖サムが亡くなり、1代目のサムに送られてきた妻の映像は、およそ15年前に録画されたものであったと推測する。
元祖サムが死んだあと、脳内記憶だけで連帯しあうクローンの男たちの友情と、人間とロボットの友情は、現代人には奇妙で不思議で理解できないかもしれない。
この世に生まれたその人は、唯一のその人だけであって取り替えなんてきかない。
そっくりさんはいてもいいけれど、その人間のクローンとなるときみが悪い。
地球に帰った2代目のサムのクローンが法廷の証言台に立ち、ルナ産業は廃業となる。

亡くなった肉親が、クローンとして表れたとしたら、しばらくは懐かしさとめずらしさで離れられず、違和感を無理やりにひっこめて、だましだまし時間を共に過ごすかもしれない。
クローンを通して、やっぱり元祖の人間の面影やしぐさなどを探してしまうだろう。
しかし元祖とクローンは違うことに気づくだろう。
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「アリス・イン・ワンダーランド」 ディズニー映画

世間に知れ渡っている女の子の名前でアリスと言う名前がある。
この名前に代表させて、少女たちの未踏地を目指して、5年前から墓地や草原を回遊するアリスシリーズの詩を書くことになってしまったが、3作目の原稿の締め切りは今日も入れて3日後である。
この詩には先導役のウサギもいないし、白の女王(鈍いが善玉)も赤の女王(激しやすい悪玉)もいない盲目のナメクジのような不安な若い哲学者がいるだけである。
単刀直入、まっしぐらに未踏地を目指して行くのだが、磁石の針は自分を信じないと行き先を示さない。
そこまでこぎつけるためには、足にからみつく空模様や土地の祭りなどに分け入って感想など述べることから入て行かなければならないのだが、本人は退屈でしかたがないので、その部分を後でバッサリ斬り落とすのである。
前を走るか肩を並べるウサギのお友達が欲しい。
ああそれも自分の分身でしかなかったらものすごい孤独だ。

「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」後の映画の中のアリスは19歳になっている。
親族や知人たちの前で、婚約者から結婚のプロポーズを受けたのを振り切って、森へ逃げ、木の根っこの深いウサギ穴に落ち込んでしばらく落ちてゆく。
アリスは甲冑を身につけ、赤の女王の放った恐ろしい竜と闘って、見事に首を切り落とす。
奇抜で魅力的な帽子屋に扮しているのがジョニー・デップで、一番目立っていた。
このスターを見ると、今度はどんなふうに天才的に進化し、変わって行くのか興味がわいてくる。今度もすごいと驚かされている。

目がさめたアリスは婚約者に結婚はしないと答えて、結婚し夫の経済力を当てにすることだけでしか生きていけないと思いこんでいる皆を驚かせ、親戚や知人に向かって、それぞれの生き方に助言する。
亡くなった父の会社を何年か前に買い取ってくれた男性と共に海運業を始める決心をし、19歳にして女実業家として身を立てようとする。
海運業をするとすれば、海の嵐にも出会うだろうが、「アメージンググレース」の歌詞を作ったJ・ニュートンも海運業をしていた。
奴隷をアフリカからアメリカに運んでいたのだが、ある時嵐に遭い神に祈ったところ命拾いをし、のちに牧師となった。
今のところアリスの前途は誰にもわからない。
経済力を身につけて世界へ進出するアリスのこれからの進化やいかに!ということだ。
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