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映画「ゾンビランド」 2009ホラーコメディ

幻想的なひがんばな.jpg
撮影 中島順一郎

スチール写真は特殊メイクせず、自前の顔に色を塗っただけの感じ 気持ち悪いだけであまり怖くない
ゾンビの大衆以外は、特殊メイクが施されていて気持ち悪かった


人間が人喰いゾンビになってしまう新型ウイルスが発生。
感染した人類は、すさまじい空腹に襲われ、周りにいる人間を餌として凶暴にむさぼり食うようになってしまった。

ひきこもりで胃腸が弱く、ネットおたくの大学生コロンバスは、生き伸びるための32カ条を実践していたため、ゾンビの餌食になることからも逃れられていた。人生何が幸いするかわからない。
ただし胃弱なため食料調達に外出した時、すぐにトイレに行きたくなるので、その時が無防備になり、よくゾンビに襲われそうになる。
家族を亡くしゾンビ退治を始めている射撃の技術を持つ屈強な男と出会い、車に便乗させてもらう。
詐欺を働く気丈な姉妹とも出会い、4人はゾンビがいないと噂されているロスアンジェルスのパシフィックランド(遊園地)に向かう。
確かにパシフィックランドにはゾンビはいなかったが、その周辺にいたゾンビたちが人が(餌)がいることを察知してぞくぞくと集まってくるところがおぞましくも恐ろしい。
大学生のコロンバスには、濡れた雑巾やピエロなど怖いものがたくさんあるが、彼女たちを救うためにはピエロの扮装をしたゾンビを殺さなければならかった。
しぼみそうになる気力を振り絞ってゾンビを撃ち殺す。
4人の絆は災難を逃れるために強まっていったが、富豪の家を見つけ出し滞在した時は、何もかも忘れて贅沢気分を満喫した。
苦難の時も、楽しい時も、仲間と分かち合うことが、生命力を豊かにすることであるとゾンビ映画が強烈にアッピールしていた。


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映画「ベストキッド」


父親に死なれた後、母親の仕事の関係で中国に引っ越してきた少年(ウイル・スミスの実子 細くてかわいくてかっこいい)がいじめにあう。
アパートの管理人(ジャッキー・チェン)に危いところを助けられ、カンフーを習い始める。
あけても暮れても、上着を脱いで柱に掛け、上着を手にって又着ると言う動作を続けさせられる。
これは東洋的なやり方で、根気と頭をからっぽにして無になることをたたきこまれようとしているのだが、カンフーの技を教えて欲しい少年は、嫌気がさして来てあせり始める。
あくの強いいじめっ子たちは、相手を負かした後、情け容赦なくととどめをさせと命令する人間的には低レベルなカンフーの師についている。
管理人が教えるカンフーは、勝ち負けはあるけれど、相手と深い交流ができ、お互いの態度が人間的に美しいかどうか、理にかなっているかどうかを大事にしている。
いじめをやめてもらう代わりに、少年はカンフーの大会に出ていじめっ子たちと闘うことを約束する。
管理人には、車を運転中妻とのいさかいでハンドルを切り損ね、交通事故で妻子を失い、自分だけが助かったと言う過去がある。
生きる気力を失い悲嘆にくれ、荒れているところを少年に慰められる。
2人は旅に出て万里の長城などの名所旧跡で気を養う。
寺を訪ねコプラを自分の気で優雅に揺らしている女性を見つけたり、頂上にある湧水を飲んでカンフーの大会に臨む鋭気を養い、信頼関係を深める。
年配になってからのジャッキー・チェンからは、優しさや人間の弱さを見守ることができる聡明さが感じられるので好きな俳優の1人なった。
カンフーの大会の時に少年は勝ち進むのだが、相手側のあくどい師から入れ知恵をされた少年たちから、足を狙われ、弱ったところで手ひどいとどめをさされようとする。
恐怖を感じた時に「怖い」と素直に言える管理人の師を持った少年には、どんな時も力が湧いてくるようだ。瀕死の状態で卑怯な相手を負かし優勝する。
いじめっ子たちはすぐさま管理人を師と仰ぐようになる。


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スイカ

昨年スイカ模様の服を買った。
井戸の中のスイカは暗くて見えなかったが、縄の先につけた小さなバケツをつたって登ってこようとしていたのは、あれは蛇だったのか、誰かの指だったのか、私の影だったのか、祖先のだれかだったのか。
苔の生えた土を踏むと、そこは元墓地だったので、足がぼこぼこと沈んだ。

一挙に読んだ「心にナイフをしのばせて」奥野修司著は日本の法廷を変えた書物だ。
家族を殺した犯人を憎まないのは、事実を知ると自分が崩壊してしまうので、自ら感情を切断した結果だそうだ。抑圧し閉じ込めたつもりの様々な感情が、体調と心に40年間も異変を起こし続けている。


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映画「特攻野郎aチームTHE MOVIE」

作戦会議中に奇想天外で型破りな作戦が生まれる

ドル紙幣の原版複製の汚名を晴らし、名誉を回復するため、元特殊部隊のAチ―ムの個性的な4人が脱獄し、無茶苦茶に闘い抜く娯楽映画
家族で見られないような陰惨で残酷な場面はない。
一番おもしろかったのは、空軍機に乗せた戦車にパラシュートをつけ、戦車から砲を噴射させて空に飛ばし、のんびりと釣りをしている夫婦がいる湖に無事に着地する場面。
特ににこっと笑った御茶目な老夫人の表情がよかった。
リーダーのハンニバルの信条は「作戦は奇をもってよしとすべし」。
謀略に絡んでいる黒幕は、一番疑われないハンニバルの親友だった。
親友がハンニバルとの長年の信頼関係よりも、世界の陰謀に心を動かし加担していたことに驚くが、このようなこともままあるのだ。
女好きで次々に手を出すが、物資調達の名人、怪力で機械関係にめっぽう強いモヒカン刈りのアフリカ系の男、いつも精神病院に入れられている天才パイロットの3人がハンニバルの仲間だ。
しょつちゅう投獄されるがそのたびに脱獄もする。
モヒカン男は投獄中に読書家になり、インドのガンジーに感化され闘わなくなるので、自分の命、ひいては仲間の命が危険にさらされるようになる。
ハンニバルがモヒカンに告げる。(ガンジーは言っている)「心に暴力があるなら吐き出せばいい。非暴力という無気力よりましだ」と。
娯楽の王道を行っていて痛快だった。

教師が主な成員の詩人の集まりで、長崎の女性詩人が戦時中の出兵の詩を朗読したことがあった。
何人かの人が、当時の人の気持ちになって感想を述べると抗議して怒鳴る男性がいた。
これでは逆口封じの権力だ。
戦争賛成の人なんか全然いないのだし、戦時中になぜこうなるまで追い詰められていったのか、頭を固くせず冷静につきとめて行きたいものだ。
マッカーサーが日本にばらまいて埋め込んだドラゴンの歯(ギリシャ神話・対立や混乱や災い)は、年月を経て植民地化されてゆくことと同じ意味を持つものに育ってしまったのではないだろうか。


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映画「キャタピラー」 (2)挿入歌 ふうけもん

妻役の寺島しのぶのとってもいい笑顔。撮影中血尿が出たりじんましんになったりしたそうだ。
女優さん業って膀胱炎を持病にかかえていそうなくらい過酷な仕事でしょう。15人のスタッフで、12日間で撮った映画。寺島しのぶがもらったベルリン映画祭の銀熊賞は関係者にはとてもありがたかったそうだ。この世の中、賞があると押しが利いたり、何かとスムーズにいくことが沢山あるものです。作品の完成度よりも賞のあるなしでものごとは進んでいきますものね。


ふうけもん(お馬鹿さん・あほう)は、シーンの真ん中にいてもいつも深刻な場面の外側にいる。笑いながら通り過ぎたり、いつものほほんとして花を食べたりしている。ふうけもんを地で行っているのは現代彫刻(鉄)を溶接するゲージツ家の熊さんこと篠原勝之。風に吹かれてどこ吹く風ふうだが、よく太って目方があるので戦時中の役には向かない・・と思うが。

エンデイングの挿入歌「死んだ女の子」は、この時ばかりは帰ろうとしている人々の耳を釘づけにしてしまう歌手、元ちとせが歌っている。御神楽と歌舞伎とモダンダンスが溶け合ったような振りで、哀しく、しだくように振り絞るように歌う。そのストレートさに参ってしまった。座ってじっくり聞いた。作詞ナジム・ヒクメット 作曲外山雄三 編曲坂本龍一

「死んだ女の子」
あけてちょうだい たたくのはあたし あっちの戸 こっちの戸 あたしはたたくの
こわがらないで 見えないあたしを 誰にも見えない死んだ女の子を
あたしは死んだの あのヒロシマで あのヒロシマで 夏の朝に
あのときも七つ いまでも七つ 死んだ子はけっして大きくならないの
炎がのんだの あたしの髪の毛を あたしの両手を あたしのひとみを
あたしの体はひとつかみの灰 冷たい風にさらわれていった灰
あなたにお願い だけどわたしは パンもお米もなにもいらないの
あまいあめ玉もしゃぶれないの 紙きれみたいにもえたあたしは
戸をたたくのは あたし あたし 平和な世界に どうかしてちょうだい 
炎が子どもを焼かないように あまいあめ玉がしゃぶれるように 
炎が子どもを焼かないように あまいあめ玉がしゃぶれるように 


戦争以外にも、飛行機や船の事故やもろもろの火事や交通事故や爆弾や地雷で、子供だけではなく大人も炎にまかれ焼かれます。争いを企てる人々の中に存在するものは、どんな小さな影のようなものであっても自分の中にもあるので、つきとめるためには、さぐって仕留めて、白日のもとに露わにしなければなりません。常にそうしていないと自分とは関係ない他人事のように見えるわけです。現状では、話し合いで国際紛争が解決するわけはない。こちらに侵略の意図がなければ、相手から侵略されないわけではないし、平和をただ唱えて威しに堪えていれば平和が保たれるわけでもない。戦争をしたら自国が有利になることを見込んだ国が、相手国から戦争を仕掛けてくるように仕組んだりした過去の戦争を思い出すだけで腹が立つ。チャーチルなんて有色人種への人種差別がひどかった人物だ。過去イギリスもオランダもフランス、ロシア、スペイン、ポルトガル、ベルギー、ドイツ、アメリカ、南アフリカ連邦も植民地支配をやったが、心から謝ったことがありますか。勝てば官軍とはよく言ったものだ。
当時の日本人は、マッカーサーに感謝さえしたそうだ。自虐的な土下座人間たちの住む国体や如何に。


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映画「キャタピラー」


キャタピラーとは芋虫、尺取り虫のこと。
延々と続く異形の夫と妻との濡れ場は、4回までは何とか我慢できた。
6回目までは数えた。
見てもらわねば一文にもならない映画ならではの仕組みだが、人前にさらされる夫婦の密かな営みは、ここでは哀しく大胆不敵でいやはや食傷気味だ。
中国戦線から戻ってきた夫は、手足が根元から切断され、傷が丸く盛り上がってふさがれ、耳が聞こえず、目も見えない顔半分には、ミミズばれのような無残な傷が残され、動けない芋虫になっていた。
何度も大写しになる夫の姿は、戦争のなれの果てはこうなんだぞと言っているかのようだ。
反戦映画なので仕方ないが、戦争以外の負傷でも他に例がないわけではない。
軍から無残な姿で、ぽいともどされて来た夫は、軍神としてあがめられ、勲章を3つももらい新聞にも書き立てられたが、妻は異形の夫を嫌悪しなじめなかった。
性欲と食欲だけが旺盛に残った夫との触れあいは、毎日のように暗い部屋の中で繰り返される性と食の湿り気を帯びたいとなみだけだった。
以前から妻は、うまずめ(石女)だと言って夫に暴力を受けていたが、今度は力関係が逆になりどちらにとっても壮絶な地獄がはじまった。
夫は戦地で強姦して殺した女たちの悪夢に悩まされ、終戦の日に芋虫のように這って家を出て池にはまって死ぬ。
これは、戦争によってもたらされた生地獄ではあるが、似たような生地獄は戦争以外でももたらされる。


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映画「インセプション」 共通の夢の中へ侵入

女性1人を交える6人の仲間が、装置をつないで夢を共有し同じ場所に横たわる。
どこか半日棺桶のなかで眠る吸血鬼の群ようだ。
夢を安定させるためには鎮静剤を使用し、夢の中の夢、さらにその夢の中の夢と、深さ3段階の夢を見ることができる。
一番怖いのは、強い鎮静剤を使い夢の中で死ぬと、潜在意識の虚無に落ち込んで廃人になることだ。
インセプションの意味は発端とか起源とか侵入。
リーダーのコブ(レオナルド・ディカプリオ最近渋くなって凄みのある映画によく出る)は、夢の中で他人の潜在意識にアイデアを植え付けコントロールするスペシャリストである。
また他人のアイデアを見つけ出し盗みだすことができる。
大企業のトップからある企業をつぶす仕事の依頼を受けた。
6人の同じ夢を見る場の中に、他企業の跡取り息子を連れて来て同じ夢の中の潜在意識に、父の会社をつぶすと言う考えをインプットする。
ところが、跡取り息子の潜在意識の無意識が、他者のアイデア(異物)を排除しようとして様々な排除攻撃を仕掛けてくる。
夢の中で死んだり、また現実世界にいる人から打たれたり、特定の音楽や音の刺激を与えられると現実世界に目覚めることができる。
勿論、空中遊泳もできるし、夢の中の建物に次々に新しい建物がダイナミックに加わって倒れこんできたり移動したりする。
リーダーのコブは、自殺した妻と夢の中での生活をたびたび続けている。
妻の自殺は、夫のコブと一緒に、夢の中の世界を深く探りすぎた結果起こったことである。
コブは妻の死に悔いが残り、夢の中で50年も妻に会い続けている。
夢の中で夢を見た場合時間の流れが1/20倍になる。いつまでも若いままである。

コブが夢の世界にいる時に独楽を回すと、倒れずに回り続けているので、夢の中にいるのか、現実なのかを知ることができる。。
夢の中のどこかで独楽は回っているので、それを見つけさえすればれば夢の世界にいることが分かるのである。
夢の中で義父に預けているらしい2人の子供たちによく会う。
子供たちは影が薄く消え入るようにすぐにいなり、コブが子供たちを見るまなざしはいつも悲しげなので生きているのかどうかも分からない。
映画のエンディングで子供たちと会うシーンが出てくるが、テーブルの上にある独楽が回っている。
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お盆の始まり 血族顛末記(1)

幻想的なひがんばな.jpg
撮影 中島 順一郎

野菜作りが上手かった叔母(叔父の妻)が7月末に亡くなった。
急な訃報でお葬式には出られなかったので、お盆に標高400メートルの山の上の涼しい家に母と共にお参りに行った。
叔父と従弟が2人で住むことになった家のいたるところの暗がりは白茶けて力なく淀み、戸の節穴から射す光の先に映った風景が逆さまであるように、家の中心部がひっくり返って頼りなかった。
仏壇の上の先祖の写真だけが黒光りして存在を知らしめていた。
この人たちも父のように様々な点でDVだったのだろうか。
交わされる会話は、何十年も前の力関係のままに一挙に逆戻りし、かみしめると苦汁が滲む押しつけがましい親孝行譚めいていた。
どうもここいらでは、肉体的な特徴や因習がお構いなく話題にされ、どちらかが我慢して生まれつきの特徴や、家父長制度的な習わしから、追い立てられるようなことによってしか触れあえない。
母は、相手に世話をかけたどんなに大変なことに対しても、何処か自分のこととして受け取っていない苦労知らずな逃げ言葉の「ああっ そおう」の常習者だ。
この素知らぬふりをする生臭い言い回しの連発に憎悪を覚える。
何十年目かに襲ってきた母の薄ら汚い傲慢な化粧用品を粉々にしたい気持ちをぐっと抑えた。
情けない。血縁地獄。だが母にこんなにも優しい娘がいるだろうか。母の重みでひしゃげる。
彼らが寝静まってからでなくては、自分の気配の自由な音が聞こえて来なかった。
母の家は猫の事情最優先で事が運んでいる。
それも野良猫の都合でこちらがやりくりした時間を屈辱的に持って行かれる。
自分の火の粉ぐらい自覚し、相手によって火の粉が防げたらそれを理解するようにならないものか。
それが裏切りであっても、見て見ぬふりであっても、その時の情勢により、意見はいつでもくるくると変わり、その場限りの優勢に加担してついていく。
産んでおいて、迂闊にまたは故意に踏みつぶす鈍感さと無関心。
母の魔力(さびしいので周りを情でおびき寄せ、自分では何もせずに、おかまいなしに相手にたよりきるおんぶお化け)のテリトリーに近づきたくない。


縁者から受けた御愛を、憐みを持って慈しむと言うことに、たどりつきたいのだが、相手を意識し配慮すれば、出せないはずの棘に刺されながら、それらしい御愛を無理に捜さなければならない。
今年のお盆は、禅(臨済宗)の「仏殺・・・」が浮かぶ。
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その日

白のチューリップ.jpg
中島 順一郎

1945年8月9日9時44分。新型爆弾ファットマンを搭載したB29ボックスカー号は、北九州の小倉上空に到着した。
8月9日朝の小倉は、前日の8月8日、製鉄所のある八幡への爆撃による火災よって、濃いもやと煙に隠されていた。
爆撃部隊は、爆弾搭載機と、写真撮影機、気象観測機の3機で構成されていた。
気象観測機が1時間前に、目標の上空で観測し、情報を爆弾搭載機に報告していた。
写真撮影も克明な記録として残しているので計画的である。
爆撃手は、貴重な新型爆弾ファットマン投下で絶対に失敗のないように、投下目標地点を目視確認してから投弾する様に命令されていた。
1度目の投下は、もやと煙の影響で、目視確認ができず失敗に終わった。
機長は、進入角度を変えれば、照準点を捉えられると判断し、2度3度と爆撃航程をやり直したが、3回とも失敗に終わり、小倉への投下を断念した。
10時30分ころに機長はマリアナのテニアン基地に戻らず、第2目標の長崎へ向かった。
小倉からすぐになぜ長崎になったのか、福岡とか佐世保とかは候補に挙がらなかったのだろうか。

ある機長は京都の爆撃(原爆ではない)を執拗にルーズベルト大統領(1945・4・12没)に頼み込んだ。
しかし雲がかかっていた京都は爆撃されず、尼ヶ﨑に変更になった。

1945年新任のトルーマン大統領(就任期間1945・4・12~19531・20)の命令下、とっさに新型爆弾ファットマンを落とす都市を選択するに当たって、機長の心の底には、どのような理由があったのであろうか。
ただ単純に雲の影響のないいくつかの近隣の都市の候補地の中から事務的に仕事として選んだのか、日本とナチスドイツを1つと見る考えでただただ憎くてどの都市でもよかったのか、東洋人に対する差別、個人的な何かの怨念があったので長崎を選んだのか。なぜ長崎だったのか。

B29ボックスカー号の機長は、このまま基地に帰れば、新型爆弾ファットマンを積んだまま着陸することになるので、どのような不具合が起こるか分からないと考えた。海に投棄することも選択できたのにそうしなかった。
小倉上空で、目視確認の命令を厳守し、1時間近く時間をかけて3回も確かめた爆撃手は新型爆弾ファットマン投下を断念、10時50分には長崎上空に接近した。
長崎ではわずか1回のみ20秒間雲間から現れた工場地帯を確かめただけで新型爆弾ファットマンを投下した。
プルトニュウム爆弾ファットマンが11時2分に炸裂した。
周囲の体気は瞬間的に膨張し、爆風は音速を超えた。衝撃は新幹線にぶち当たったくらいか。
爆心地にいた人は一瞬で蒸発し影だけを残した。
超高温の熱線と衝撃波に飲まれた人間は、内臓組織の水分が全て蒸発し炭化した。
鉄やガラスは溶け、建物は倒壊。
世界で唯一の被爆国が日本である。




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油蝉

腹を上にした油蝉が、ベランダで何匹も骸になっている。
早朝からそうとうの数の油蝉が、名前どうりに油でものを揚げる時の音そっくりに「ジージージワジワ」と泣き始め、ずっと聞いていると「ワシワシ バシバシバシ」ともっとひどく押してくる。

電車の中で会社勤めらしい男性が連れの女性と嬉しそうに話していた。
男性「最初にジジ-っとどっかで鳴き始めたと思ったらね それからずーっと鳴いているんだよ。あははは。みんなであちこち探したら、何でこんなとこでっていう隣の部屋の床で蝉が見つかってね、くっくっく。それから油蝉を掴んで外に飛ばした人がいるんだ。ははははは。野生児って言われている人だけど、一匹の蝉で大笑いだよ。」
女性「その人きっと森山君でしょ」
男性「あたり!ぶわははは」
暑い日の会社の仕事の最中に、油蝉に訪問されたことがこんなに喜ばれている。
均一化された顔で仕事をしている中で、森山君が野生児の表情を取り戻し、油蝉をつまんで、みんなの前を横切ったことも嬉しかったらしい。」
私は電車の中で、森山くんの白いシャツを着た、人間大の油蝉を想像して笑いをかみ殺した。

鳴くのはオスだけで、腹の発音筋で発音膜を震わせて音を出し、腹の中の空洞に音を響かせるので音響効果抜群。後ろ足の付け根の左右にある腹弁(ふたのような硬い膜)で音を整える。腹弁をめくってみると白い膜があるが、これが耳の鼓膜にあたり、他の音と仲間の声を聞き分けることができる。
鳴くのはメスをさそう「本鳴き」や、「呼びかわし音」、「悲鳴音」、「休息音」などあるが、一番感心したのは、仲間の声にこたえて鳴く「合いの手音」だ。相手に反応して合いの手を入れるかのように鳴く。
序奏、中間奏(興奮気味)、後奏もある。
口吻を見ると長く、木にさしこんで汁を吸うにはもってこい。
つかんだ時におしっこをかられけると思っていたが、あの液体は木の汁の余分だった。
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