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同時複合危機の只中 津波後の復興と原発事故修復  劇場映画「トゥルーグリット」  「シチリア!シチリア!」 [震災と映画]

被災され、まだまだ寒い中、避難所暮らしをされている皆様、御遺体がいまだに見つけてもらえない皆様の魂の平安を胸を殴打する気持で祈っています。
自衛隊の皆様、放射能物質処理をしていらっしゃる作業員の皆様ありがとうございます。

明日を思い煩うなと言う聖句があるが、津波でやられてしまった三陸の街が皆の懸命の努力で復興したのちに、また同じ規模の津波に襲われたらどうなるのだろうかと思うと、虚しくなって脱力感を覚えるようになった。
津波の来襲が5年後、30年後、1000年後であっても誰かが怖い思いをするのである。
人為的に作った堤防では現在、いくら強固であっても津波を防ぎきれないと言うことなので、三陸海岸に住む人たちは、常に危険にさらされていることになる。
津波を止めることはできないので、津波が町に押し寄せてきた時に、街全体を包み込んでカバーする透明で巨大なベールが欲しい。
ベールには、海水を空に向かって飛ばして散らす仕掛けがあるので街は大丈夫である。
また地震の力を分散させる装置が欲しい。
安心して魚を捕ったり、海岸で遊ぶことができる。
波打ち際で遊んででいる時も、津波を想定して恐怖を抱いていた自分がいた。
海で泳いでいる時は、必ずどこかでサメやウミヘビ、シャチなどの出現を恐れていた。
必ず今ある平穏を、そうでなくすることがどこかに潜んでいて、思いがけない時に災害が起こることを心配していた。
危機を感じて生きることは死と隣り合わせに生きることである。
故障した原発の建物を、コンクリートで固めて放射性物質を閉じ込めてしまおうという案も出ていると聞く。
いつ何時コンクリートにひびが入るかわからないことを覚悟して、無事だった一日に安堵する毎日を送ることになるだろう。
怪物的な原発とつき合いながら恐れるのではなく、ちゃんと愛し対話することが肝心なのだが、できるのだろうかそんなことが。
地震の力によって土台が危うくなり、破壊されて荒れ狂い始めたら手がつけられなくなる原発であるならば、中止する方向に持って行かなければ、人類が滅亡するかもしれない。
それでも有難くも食事をして電車に乗り仕事場に行く自分がいる。


劇場映画「トゥルーグリット  真の勇気」  監督 コーエン兄弟

西部劇には、銃弾で打たれるにせよ噛みつかれるにせよガラガラヘビなどの毒蛇がつきものである。
父をならず者の雇い人に殺された交渉事でも弁のたつ14歳の少女マティが、大酒飲みだが腕のいい連邦保安官を雇い、テキサス・レンジャーの男も仲間に引き入れて、父の敵を打つ。
吹雪の森の小屋、漆黒の森の中、川のほとりで荒くれた男たちに混じって父を殺した男を見つけ出し、撃たれる前に男を撃った瞬間その衝撃で岩穴に落ち込む。
そこに毒蛇がいて腕を噛まれてしまう。
彼女は命は取り留めたが、片腕を切り落とさなければならなかった。



劇場映画「シチリア! シチリア!」 監督ジュゼッペ・トルナトーレ(名作ニューシネマパラダイスでおなじみの監督)

こちらの映画も健康な主人公の悪夢の中に何十匹もの黒蛇を登場させうごめかせている。
貧しい牛飼いの一家の少年ペッピーノの人生讃歌の物語である。
大人たちにたばこを買いに走らされる少年が、青年に近い映像と重ねられ、大人になったペッピーノと再び重ねられるはこび方が時を超えて幻想的でもあった。
ペッピーノは、教科書をもってこなかったので、女教師に殴られ立たされている途中で眠ってしまう。
その間、恋人と出会い結婚し、共産党に入党し、言うことを聞かない娘の頬をたたいてイヤリングを飛ばしてしまいそのイヤリングが見つからない、遠く離れた所へ働きに行く息子を駅まで送ってゆく物語が進展してゆく。
映画の最後の所で中年になったペッピーノが、彼が子供のころ昔住んでいた家が崩されている場面に立つ。光るものを見つけるが娘のイヤリングだった。
そして気付いて見ると少年のころ立たされていた学校でぺっピーノは目覚めたのだった。
画面の切り替えがバシバシと行われ、笑ったり怒ったり泣いたりしながら時間は自由気ままに移り変わってゆく郷愁漂う、騒々しいストーリーだ。
1つの石が、連続して3つの岩に当たると幸運が訪れ願いがかなうと言う山がある。
最初は当たらなかったが映画の最後に当たる結構楽観的な明るい気持にさせてくれる映画だった。

今後期待する映画
1)「ブラック・スワン」 白鳥の湖の黒鳥が主人公のバレリーナにのりうつるらしい。
2)「ザ ライト エクソシストの真実」 アンソニー・ポプキンスが悪魔祓いの神父役 日本の惨事で延期された。




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避難生活 被爆者 放射能汚染 ・ 映画「ローラーとヴァイオリン」タルコフスキー [震災と映画]

ひとまず被災地の高台の建物に非難なさっている方々だけにはアンケート用紙が配られ、仮設住宅が準備される所も出て来ましたが、誰が陣頭指揮をとっているのかよく分からない原発内で作業をなさっている、民間会社の作業員の方々が心配です。また放射能被害は大したことはなく大丈夫だと言われていても、信じてよいものかどうか、そのままそれを信じるしかなくその土地から赤ちゃんを抱えて動けない方々もおられます。行方不明者や亡くなった方々の人数が2万7000人を超え、避難生活をなさっている方々の不安は日々重くなり、先行きが見えません。切り刻まれた情報をつないで状況を把握し、地面にめり込むほどの気持で祈ることしかできません。


映画「ローラーとヴァイオリン」
監督 アンドレイ・タルコフスキー処女作 1960年 46分 カラー

7歳のサーシャ少年が弾くヴァイオリンの音色は、驚愕的な妙技と黄金の鳥の叫びのような情感を閃かせている。まるで大人の聡明な天才が弾いているような音色だ。
曲名はわからないが本当に少年が弾いているのだろうかと思うほどの深い音色だ。
通っている学校の、教則本どうりに指導するだけが個人レッスンだと思っている中年の女教師には、詩を愛する少年の弾く、「夏の雨」や「青い空」は解らない。

「ヴァイオリンを弾くサーシャ少年と労働者のセルゲイ青年との交流」
ヴァイオリンを習っているサーシャ少年を、他の少年たちは執拗につけ回しいじめるが、アパートの前でローラーで整地作業をして働いているセルゲイ青年に助けられる。
ヴァイオリンがいたずら盛りの少年たちに崩されるのではないかと心配したがそれはさすがになかった。
災害や不可抗力で崩されるのならまだしも、楽器がむやみに崩されることには耐えられない。
前衛の踊りの舞台で、ギターが何度も投げられたあと真っ二つにされ、電子オルガンが足で蹴られながら弾かれ、電源につながったコードが引きちぎられるのを見たことがある。
現実を破壊し、新しい未来を希望すると言う訴えはわかるが、目の前で具体的な楽器が手当たり次第に崩されてゆくのは見るにしのびない。
セルゲイ青年は昼休みにサーシャ少年を食事に誘う。
パンと瓶に入った牛乳をラッパ飲みにする昼食のあと、サーシャ少年はローラーに乗せてもらい、運転もさせてもらう。
ローラーのエンジン修理の手伝いをしたお礼に、くずれたヴァイオリンケースをセルゲイ青年に直してもらう。
サーシャ少年が、セルゲイ青年にかまってもらえなかったかどうかして、癇癪を起し、命の糧であるパンを地べたに投げつけた事がある。サーシャ少年はセルゲイ青年から、強い勢いで威厳をもってこっぴどく注意される。
やってはならないことがあることをサーシャ少年は学ぶことができ、日追うごとに少年と青年の友情が育って行く。
雨が降り、水溜りができ、周りの家の壁にゆっくりとひびが入り、静かに解体されて行く情景は、くっきりと彫が深く、圧倒的な美しさでタルコフスキーの水の美学に満ちている。
2人の友情はサーシャ少年の母によって阻止されるが、約束していた映画に行けなくても、しばらく連絡できなくても、温かい交流は密に胸に刻み込まれ、一生涯、脈々と命の中で生き続ける。

セルゲイ青年「ヴァイオリンは何時まで習うんだ?」
サーシャ少年「先生は一生かかるって言うよ」

サーシャ少年はセルゲイ青年のためにヴァイオリンを弾く。
聞いているセルゲイ青年の表情に、崇高な感情のようなものが流れ込み、その感情は元からセルゲイ青年にあったもののように合流し満ち溢れる。
美しいものに対する憧れが波のように広がり、波は濃淡の影を伴なって落日のように彼の中に沈んでゆく。
曲が終わるとうれしそうな顔をした青年は仕事にもどる。

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放射能汚染 救援物資 仮設住宅  ・  劇場映画「アレクサンドリア」 [震災と映画]

地震による原発事故の放射能漏れによる水や牛乳や野菜の汚染が世界中から注目され問題になっている。
主に乳幼児や子供たちのことが心配されている。
北陸の人たちのためには、仮設住宅が準備され始めていて、全員に行きわたるためには時間がかかると言われる。
今回は災害から免れ、しかしいつ何時災害に見舞われるかも知れない一般市民は、自分に関わりのある人たちに声をかけ、個人的な支援をすることしかできないが、少しずつやって行っている。
個人的なことへの言及はひかえるべきかもしれないが、地震や津波や原発の建物が映るテレビを見過ぎたためか、大きな爆音や水の音を聞くと恐怖を覚えるようになった。
毎夜扁桃腺の熱が出て悪夢を見ても、3回ともリハーサルや発表会は休めなかったので、その時は良かったが疲労が蓄積してあとで苦しかった。
やっと仕事を休むことができ、十分な睡眠をとり、仲間と食事をし言いたいことを言って笑い、真面目なことも話し、亡くなられた皆様や行方不明の皆様のご冥福を祈り、被災地の復興を深く願うことで元の状態に近くなった。


映画「アレクサンドリア」2009 スペイイン

4世紀末のエジプト、学術文化都市アレクサンドリアに生きた、頭脳明晰で美貌の持ち主の女性、天文学者であり、哲学者であり、数学者であったヒュパティアの誇り高い受難の物語である。
アレクサンドリアの都市のセットを作り、通信衛星を使って地球全体から、アフリカ大陸の上部にあるエジプトを映し出してアレクサンドリアに迫ってゆく映像はみごとなもので感動的だった。
アレクサンドリアには世の叡智を集めた図書館があり、彼女は30歳にして哲学学校の校長になり、若者たちと自由な討議を行っていた。
アレキサンドリアのエジプト人の宗教は、古代の多神教であったため、奴隷制度が残っていた。
エジプトの下層階級からキリスト教に改宗する者たちも多く現れ、もう1つの勢力だったユダヤ教ともつばぜり合いが起こり、お互いに迫害しあい、アレクサンドリアのヒュパティアたちが守っていた大図書館はつぶされ蔵書は焼かれてしまった。
ヒュパティアは空を見つめながら、部屋の中に砂地を作り、その中心に棒を立て紐を結び、宇宙の星たちの関わり方の実験を繰り返し、地球を中心として他の星たちが円で回っているのではなく、地球が太陽の周りをまわっていると言う地動説を唱え、星の軌道は円ではなく、楕円を描いていると言うことを唱えたので、その頃のキリスト教徒からは異端視されていた。
エジプトの多神教では他の宗教も認めていたが、キリスト教は排他的選民主義で他宗教に対しては撲滅行為を行っていた。
ヒュパティアは、キリスト教徒に道を歩いているところを捕えられ、魔女だとののしられ、石打ちの刑で虐殺される。
<新訳聖書によると>
イエスは、娼婦を捕えて来て口々に彼女を罵しる者たちに言った。
「罪の無いものはこの女を石で打て」となっている。
だれも石で打つ者はいなかった。

アレクサンドリアのキリスト教徒たちは暴徒と化し、ヒュパティアに石を投げて殺し、科学的な自由な思索も葬ってしまった。
一説では牡蠣ガラで彼女の肉をそいだとも言われている。
中世の暗闇、魔女狩りにもつながってゆく。
ヒュパティアの肉体は殺されたが、彼女の究明した真実の学問は残り、引き継がれている。

彼女を慕う、立場の違う男性たちの苦悩を受けて、女優レイチエル・ワイズが、知性的な女性科学者・哲学者ヒュパティアを静かに演じている。




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東京消防庁ハイパーレスキュー隊 自衛隊 医療機関 復興に向けて援助する人々   映画「英国王のスピーチ」 [2011震災と原発]

現地に行けないので、ラジオやテレビやインターネットで被災地の皆様のお姿を見守らせていただいています。
僻地で見つけ出されていない方々、まだ荷物が届けられていない方々、電話や電気が通じていない方々もいらっしゃることだと思います。
皆で迅速に事をはじめていますので、辛抱できないかもしれませんが待っていて下さい。
福島第一原発第1号機~4号機(5・6号機)に向かって放水をして下さっているハイパーレスキュー隊の勇気ある皆様ほんとうにありがとうございます。
北陸の皆様の声、東京消防庁ハイパーレスキュー隊、自衛隊、医療機関、援助する人々のスピーチを聞かせていただいています。

自然を破壊し、私を含めたおごり高ぶった人間たちが招いた、アニメの中のたたり神やでーだらぼっちや襲ってくるヘドロが何を言い表そうとしていたかを考えています。
私たちは、うかつにも反省することもなく凡々と油断していました。
原発をほったらかしにしていて愛していなかったという声もありますね。

3月初めに見た映画に「英国王のスピーチ」があります。
吃音症(なかなか言葉が出てこなかったり、初めの音を何度も連続させて発音します。歌を歌う時だけスムースに言葉が出る)の英国王ジョージ8世が、1920年代、民間人の友人の男性治療師の助けを借りて、ヒットラーとの戦闘開始の時に国民に向けて国民の心を落ちつかせ感動を招くようなスピーチを行います。
劇的な激しさと人々を巻き込む戦慄を覚えるヒットラーの演説を上回るものでなくてはなりませんでした。
英国王ジョージ8世は、左ききやX脚を矯正され乳母からは虐待を受け、後にシンプソン夫人との恋に生き王位を捨てた兄と比較され、国王からいつもバカにされ「しゃべれ!」と怒鳴られていました。
ヒットラー率いるドイツとイギリスが宣戦布告するラジオ放送の前に、友人の治療師から言われます。
「まず頭を空白にして、自分’(治療師)だけを見てスピーチするように!」
マイクの向こうには友人の顔だけがありました。
1言1言丁寧に言葉を押し出していた英国王は、だんだん怖れもなくなり言葉に助けられ勇気を取り戻し、国民の胸を打つスピーチができました。
スピーチの背後で流されている曲はベートーベンの交響曲7番(2楽章)。

畏れ多くも、三陸関東大震災下、原発事故下における日本の天皇陛下のお言葉も、皆を愛し気遣かわれた、堂々とした気品のあふれるものでした。




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御冥福をお祈りしながら生きてゆく私たち   「獅子の帯留め」 [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

ずっと笑っていられるなんて素敵だ
大きな口を開けてね
スーパーお獅子君が放射能を呑みこんで虹に変えてくれるといい
今日はなぜかお獅子に力を感じ慰められる
前足をぐーんとかがめて、胴体を斜めに上げ、お尻はさらに上にあげている
お腹やかかとやしっぽの巻き毛は、空中から浮かれて渦巻きながら飛んできてくっついたようだ
動き出す寸前か、しばらく跳ねて遊んだ後か、とにかくじっとしようとしていない
何か言いたそうだが、いい声だろうな
鼻息の荒いお獅子語の声って陽気なオルガンみたいだろう
今一番友達になりたいきみ
アンパンマンマーチを歌って欲しい
覚えている歌詞だけでもいいんだ

「~そうだ うれしいんだ 生きる喜び たとえ むねのきずが いたんでも
何のために生まれて 何をして生きるのか 答えられないなんて そんなのは いーやだ
今を生きることで あつい心燃える だから君は行くんだ ほほえんで
忘れないで 夢を こぼさないで涙 だから君は飛ぶんだ どこまでも~」

スフィンクスのお友達、狛犬の従弟のお獅子クンの歌声がどこまでも響く

獅子帯どめ 漆工芸 春峯作
伝えたい日本の美しいもの「貴船裕子の帯どめ」  


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見守っています [2011震災と原発]

肉親や親戚、友人たちに声をかけながら、出来ることはさせてもらい、地震や原発の事態をしっかり見守っています。
涙をぬぐって、海の見える街(魔女の宅急便)、コンドルは飛んで行くなどを15人で吹奏して、御冥福、御無事を心深く祈らせていただきました。
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御冥福をお祈りいたします [2011震災と原発]

1人の人(私またはあなた)にとって、肉親であり、友人であり、親しい近隣の知人であった方々の消息が分からず、亡くなったと知らされても理解できず、急にいなくなったことの喪失感は深く、心の静かなところが終日うめいて泡立っています。
分からなかったことが次々に明らかになってきました。
原発の危うさが緊急事態として突き付けられました。
異常な日常をちゃんと受け止めて耐えなければなりませんね。
立ち直りも、そのやり方も、千差万別なのでマイペースで行きたいと思います。

右側に百合の花8本.jpg
撮影 中島順一郎
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三陸・関東 国内最大規模の地震M8.8 →M9.0(13に日に変更) 2011年3月11日(金) 午後2時46分ごろ [2011震災と原発]

津波や火災やその他の災害で亡くなられた方々には心よりお悔みを申し上げます。
足止めを余儀なくされている方々の心痛と疲労を思います。
現在、肉親や親戚や友人たちに電話が通じません。
閉じ込められている方々が早く見つけ出してもらえるように祈ります。
3月11日夜
3月12日夜 全員に電話が通じました。ありがとうございました。

_DSC3961.jpg
撮影 中島順一郎
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上映中の映画「瞳の奥の秘密」 2009スペイン・アルゼンチン [映画]

2組の男女の愛と、3人の男たちの友情が絡み合った映画。
別離の激痛をいやと言うほど味わいながら、勇気が持てず、わだかまりを持ったまま別れた男女の愛は、生きてお互いに再会できれば、修復し癒すことができ、新しい状態を作って行くことができることもある。
ここでは、少なくとも4人の男女の瞳の奥の秘密を体験できる。
会話を優先させるよりも、瞳や表情を見ていた方が状況がわかってくると言うことがある。。

男女の愛の1つは、23歳の教師の妻が強姦によって殺害され、銀行員の夫と死に別れになってしまった夫婦のもの。
残忍な殺され方をした美しい遺体を何度も映し出すので、そのあまりのひどさに心から怒りがこみ上げてくる。
彼女のアルバム写真の、大勢で映った記念写真の中に、彼女を狂気を含んだ目で見つめていた男がいた。
結論が早すぎるが、この幼馴染みの狂気じみた瞳の男がか犯人だった。
犯人は意外とあっさりと逮捕されるのだが、アルゼンチンの不穏な政治が絡んだ恩赦ですぐに釈放されてしまう。
夫は自分の人生を狂わせた犯人を個人的に拉致して、終身刑を下して25年間人里離れた田舎の家に閉じ込め、一切人間らしい声をかけずに罪を償わせていた。
犯人は、何十年も人から声をかけてもらえない硬直した人生を余儀なくされている。
相手が存在するのに無視すると言うことが、自分にひどいことをした人間に対する一番のお返しになるのだがお返しをされる方は相当こたえるだろうし、夫の方も人生をかけて男の監禁を維持しているので身動きが取れない。
監禁された犯人と銀行員の夫2人の生活が静かな恐怖を呼ぶ。

もう1つの男女の愛は、この事件を扱った刑事裁判所の職員の判事とその上司の女性のもの。
判事と身代りに死んでくれたと同僚と銀行員の3人がお互いを信じあっている関係がまずきちんとある。
判事は、犯人が釈放された後、犯人や快く思わないものたちから、命を狙われるので、望んではいないのだが命には代えられず他の土地へ転勤する。
25年立って定年をむかえた後、事件を洗いなおして小説にするために彼が戻ってくるのだが、銀行員を久しぶりに訪ね、犯人の監禁を知ることになる。
上司の女性とはこれから実らなかった愛を見直してゆくだが、女性には家庭があるので大人のやり方でやってゆくのかもしれない。
茶飲み友達の年齢であれば申し分がないのだが、まだそんな年齢ではないので、先行きを想像してみると複雑である。





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すずめの佐和音ちゃんとツタンカーメンのえんどう豆 [エッセイ風]

早春の川べりでは、たくさんの水鳥たちがえさを捕ったり、朝夕のどかな鳴き声を発したりしている。
鳥たちの写真をブログに載せていらっしゃる方々の所を訪問し、よく知らなかった名前や姿を知ることとなったのは大変うれしいことだ。

毎年現れるすずめ全部に佐和音(さわね)ちゃんと言う名を付けて様子をうかがっているが、窓の網戸を閉め忘れて出かけて帰ってみると、明らかに佐和音ちゃんが布団の上や食卓で遊んだ跡が残されている。
ほほえましいがちょっと困る。
ある時、台所のボールで水遊びする佐和音ちゃんを見た。
出て行く窓がわからなくなって網戸にへばりつき、ジュクジュク騒いでいる佐和音ちゃん。
洗濯物の山に入って、ピンクのハンカチのドレスを着ていた佐和音ちゃん。
時たま現れるカラスに中空でやられて、地面に落ちて即死する佐和音ちゃんもいる
猫が寄ってきてベランダの佐和音ちゃんをじっと見つめている。

ツタンカーメンのお墓から出てきたえんどうまめの子孫を、欲しいという人に郵送したり手渡したりしているが
収穫時の5月には、実ったツタンカーメンのえんどうまめをあちこちからお返しに沢山いただいてしまうので
食べきれなかったものは干して保存しておく。
秋口に撒く種としてまた人に配ることにしている
ベランダにツタンカーメンのえんどうまめを干していると、おしゃべりなすずめたちがやってくる。
誰も教えないのになぜすずめたちにツタンカーメンのえんどうまめがベランダに干してあることが分かるのだろう?
普段はほとんど見かけないすずめたちがどうやって見つけるのだろう。
ここのベランダもすずめたちの散策ルートに入っているのだろうか?
人影がなくなると3羽〜5羽でにぎやかにさえずりながらツタンカーメンのえんどうまめをついばんでいる。

神社で一番小さなピッコロオカリナを使って小鳥の歌を吹くと、すずめが何羽もやって来る。
鳩もしっかり鳴き始める。
木のてっぺんで1羽だけで呼応する高い声の鳥もいる。
ピッコロよりも少し大きな3Gのオカリナの音でも、高い声の小さな鳥の親戚だと思って安心するのか寄って来る鳥が多い。
5Cのアルトのオカリナだとしばらくしーんとするが、カラスが牽制しにやってくる。
私には、すずめのお宿でのんきに暮らしたい願望もある が、街に出て舞台や映画や美術館にも行きたいし産地で美味しいものも食べてみたい、飛行機、ロケットにも乗って見たいと言う贅沢な望みも捨てきれないのである。

ユーモアたっぷりの風あいで、どこからあのような含蓄のある言葉が次から次に出てくるのかわからない、人気のある同ブログ仲間のアヨアン・イゴカーさんは、現在「ジャックと豆の木」を掲載中であるが、舌きりスズメもぜひやって欲しいものである。

「ツタンカーメンのえんどう豆」
イギリスの考古学者カーナ・B・カーター氏が1922年にエジプトのツタンカーメンの王陵を発掘した時、副葬品の中にえんどう豆を発見。約3千3百年間眠っていた豆の栽培に成功。昭和三十一年にアメリカから日本に到来し全国に伝わっています。サヤも花も紫色。電気釜で炊くとお赤飯のようになります。

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