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少女たちの受難 なぜか脚、脚、脚  1)映画「エコール」(学校) ・ 2)映画「ミネハハ」(笑う水) ・3) 映画「ノンちゃん雲に乗る」   [映画]

1)< 映画「エコール」 >
エコール うしろ姿 足.jpg
映画「エコール」 原作 フランク・ヴェデキント(劇作家・ドイツ)の小説「ミネハハ」 
女性監督 ルシール・アザリロヴイック 2004年公開  121分

深い深い森に囲まれたエコール(学校)では、6歳から12歳までの、大人に孵化する前の少女たちが、眠らされたまま御棺の中に入れられ、どこからともなく地下通路を通って連れて来られて、共同生活をしている。
召使い2人と2人の女教師と厳格な校長がいて、男性禁止、ダンスと自然の生態を学んでいる。
エコールはお客様の出資金によって営まれ、少女たちは劇場の舞台に立つために、ただひたすら白い衣をまといダンスの稽古をしている。
水や草木と戯れる少女たちの肢体は、森の緑の粉を吸収していっそう白さを増し、夜になると、星形に広がっている7つの建物をつなぐ暗い道には明りがともる。
草の垣根をよじ登って脱走を試みる少女、船で脱走を試みた少女は水死体で見つかる。
少女たちが女性に成長すると、エコールから実社会へ戻される。



2)< 映画「ミネハハ」 >秘密の森の少女たち
ミネハハとは笑う水と言う意味
ミネハハ うしろ姿 足.jpg
映画「ミネハハ」 原作フランク・ヴェデキント(劇作家・ドイツ)の小説「ミネハハ」  
監督 ジョン・アーヴィン 公開2005年 102分
何処からともなく連れて来られる赤ちゃんや、十代後半までの女の子たちが、寄宿学校でバレエやマナーや生物を学んでいる。
森の中の、水の豊かな美しい滝や川で、白いワンピースを身につけ成長しつつあるのびのびした肢体や、バレーを踊る姿はハッとするほど美しい。
脱走しょうとすると番犬が追ってきたり、冷酷な校長先生の秘密の部屋に閉じ込められたりして命を失う。
出資者は公爵(男性)で、舞台で繰り広げられるバレエの最中、気にいった少女を一人お屋敷に連れ帰る。
それから先の彼女たちの運命は、語られていないが・・・



3)< 映画「ノンちやん雲に乗る」 >
監督 倉田文人  原作石井桃子 1955年 (白黒映画)
ノンちゃん雲に乗る 後足のみ エコール.jpg
ノンちゃんと言う女の子(鰐淵晴子)が、池に落ちて臨死体験をし、杓子定規な物事のはかり方や嘘について雲の上の仙人(徳川夢声)と問答をすることによって下界に戻されるお話。
病気回復後の原節子が母親になり、詩集を売りながらヴァイオリンでシューマンの「トロイメライ」を弾く詩人(大泉晃 人呼んでエロ男爵)が印象的。
当時の鰐淵晴子さんは美少女の代表、ヴァイオリンを弾き、バレーを踊り、甘いすがすがしい声も素晴らしく、少女雑誌にも載っていてみんなの憧れだった。
ノンちゃん(鰐淵晴子)と雲の上の仙人(徳川夢声)
のんちやん雲に乗る 仙人と少女.jpg

映画「エコール」森の中
エコール 森の中の遊び.jpg


★少女たちはひた走る。賢明で、ひたむきで、みずみずしい。ずーっと見ていたくなる。


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ヒマラヤの断崖絶壁に立つ城  尼僧の表情の変化に驚愕  こんなことが世の中にあるなんて     映画「黒水仙」 [映画]

行ってみたいヒマラヤの断崖絶壁に立つ城
黒水仙の城.jpg

映画「黒水仙」
監督 マイケルパウエル 公開1951年 イギリス 100分
修道院長 デボラ・カー
黒水仙1.jpg

インドのカルカッタにいる尼僧たちに、ヒマラヤのディーンと言う英国人の男性から、学校や病院を作りたいと言う領主からの依頼があるので、奉仕活動をして欲しいと言う手紙が届いた。
若くて静かな美しさをたたえた修道院長クローダ(デボラ・カー)と4人の尼僧たちがヒマラヤの現地に赴いた。
しかし僻地での奉仕活動のあまりの過酷さに、活動を中止して帰りたいたいと言う者まで現れた。
修道院長クローダ役のデボラ・カーは、永遠の美女と言える女性で、水晶の透明感と神々しいダイヤの輝きを持っており、しかも神秘的な水底を思わせる静かな気品を漂わせている。

断崖絶壁に建てられた石作りの建物の朝や黄昏の映像は、この世のもので最高のものの一つだろう。
1人の精神的に不安定な若い尼僧ルーズが、ディーンと言う男性に恋愛妄想を抱くようになった。
カルカッタから赤い口紅と洋服を取り寄せた彼女は、尼僧から完全に狂った女性に変身し、ディ―ンと言う英国男性に言い寄るがあっさり断られる。
その原因が美しい修道院長クローダにあると妄想した彼女は、絶壁にある鐘をついている修道院長を、断崖絶壁から突き落とそうとし、誤って足を踏み外し自分が谷底へ落ちてゆく。


信仰を持ちどのような聖職と呼ばれる奉仕活動を行っても、男女が接近すると一つ誤ると大変な地獄に陥ることもあるのだ。
嫉妬心と焦燥感は、本人が死ねばおさまるのだけれど、また他の誰かに起こることだ。
「神は人々のなすがままになされた」と言う聖書の言葉を思い出す。
冷静でだれにも頼らない修道院長クローダさえも、男性ディーンの前ではおや?と思うほど気が高ぶり泣きじゃくることがあった。
尼僧になる前の過去の恋愛問題が蘇って来て彼女を苦しめていたのだ。
恋愛の痛手は、彼女が英国からインドそしてヒマラヤの奥地に来てさえも、まだなおかつ彼女を苦しめている。
命さえも危うい荒れた土地で、追い込まれた男女が共にいると、子孫を残さなければと言う遺伝子からの要求も手伝って、抑えていた様々なことが異様な姿を現し始める。

めったに見られない尼僧の恐ろしい表情は見る者を震撼させる。
ほかにももっと戦慄を覚える表情もあったが、1000倍すさまじいので載せていない。

尼僧ルーズ(女優キャスリーン・バイロン)の嫉妬と焦燥の表情 
黒水仙 嫉妬の顔(2).jpg


修道院長クローダ(デボラ・カー)クールビューティー
黒水仙 題字なし デボラ・カ―の絵.jpg


★映画の題名「黒水仙」は1911年発表のフランスの香水の名前。メーカー名はキャロン。
映画の中で、若いインドの将軍が、ハンカチにこの香りを沁み込ませていた。聖職者の彼女たちにとって、この香水の香りは、世俗の象徴だった。
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共通点はモンゴルの馬頭琴  絵本「スーホの白い馬」  ・  映画「ラクダの涙」 [絵本と映画]

CD  白馬の伝説 馬頭琴は歌う(キングレコード)
馬頭琴 草原と人物.jpg

絵本「スーホの白い馬」 絵 赤羽末吉  (モンゴル民話)再話 大塚勇三
大型本 横32センチ 縦24センチ
スーホノ白い馬 .jpg
モンゴルの草原の遊牧民のスーホは、ひろってきた白い子馬を大切に育てる。
数年後、領主が娘の結婚相手を探すために競馬大会を開き、スーホは成長した美しい白い馬に乗り、競馬大会で優勝する。
見開き(2ページ)に横長の1枚の絵が描かれていて、草原の広さや虹、競馬大会の迫力は満点である。
領主の娘との結婚は、スーホが貧しいことを理由に断られ、銀貨を3枚渡され、暴行されたあげく、白い馬をとりあげられる。
スーホは悲嘆にくれ病気になってしまう。
白い馬は、すきを突いて逃げ出し、スーホのところへ戻ってくるが、領主の家来たちの射た矢が、体中につきささって瀕死の状態だった。
白い馬は、看病の甲斐もなく次の日に死んでしまい、ある日スーホの夢の中に現れ、自分の体を使って楽器を作ってくれと言う。
そこでできた楽器が、白い馬の骨や毛を使った馬頭琴である。
スーホは馬頭琴を弾きながらいつも白い馬と一緒だった。
モンゴルには、ホーミーという特殊な歌がある。
馬頭琴の音色と共に歌われ、皆が喜んで聞き入ったに違いない。

★ホーミー(発声法) 1人の人間が、同時に2つの声で歌う。低音が基礎になり、倍音の高音を、上顎と舌で小さな穴を作って出す。名手ではない人も、やって見るとヒューイーと言うような高音を少しばかり感じることができる。



ドキュメンタリー映画「ラクダの涙」 
監督ビヤンバスレン・ダバー(モンゴル) ルイジ・ファロルニ(イタリア)
2004年日本公開 91分
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四世代の家族9人が暮らしているモンゴルのゴビ砂漠での出来事。
家族は曾祖父母・祖父母・父母・子供3人(男の子2人と末っ子のかわいい女の子)
白いラクダの赤ちゃんを産んだ母ラクダが、2日間の難産のショックから苛立って育児放棄をし、子ラクダが近寄れば避けるので授乳が出来ないで困っている。
しばらくは、乳を搾って筒のようなもので飲ませていたが、授乳は充分でなく、白い子ラクダはだんだん弱りはじめる。
そこで、こわばった母ラクダの心を癒すために、馬頭琴と歌(遊牧民の民謡 オルテンドー)でフースの儀式を執り
行うことになった。
馬頭琴の名手を捜し出し、静かに流れるような哀愁を帯びた音色を奏でてもらい、母親が母ラクダをさすりながら朗々とした高音で心に沁(し)み入るような歌を歌う。
興奮して荒々しくなっていた母ラクダは、だんだんおとなしくなり、目から大粒の涙を流し始める。
しばらくして、母ラクダは落ちつきをとりもどし白い子ラクダにお乳を与えるようになった。

★オルテンドー(長い歌。中空に朗々と放ち、たたみかけるようにして森羅万象に共鳴させる。日本の追分や馬子歌のルーツ)


(;一_一) 時々リモートサーバーが応答しなくなることがあります。ブロードバンドネットワーク接続が出来ていないらしいのですが、2日~7日皆さまの所にお邪魔できない時は、不具合をサポーターさんにみてもらっている時ですのでお許しください。
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どこからでも読めてあとでほっこりする  コミック 「大阪豆ゴハン」と「誰も寝てはならぬ」 作者サライネス(日本人 女性) [漫画(コミック)]

コミック大阪豆ゴハン」(全6巻) 作者サライネス 講談社漫画文庫
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大阪市内、室内にいても寒暖の差が激しく感じられる築100年の古い数寄屋造りの屋敷には、マンションに移ってしまった両親以外の、3姉妹と弟と、長女加奈子の再婚相手、湯葉勘三郎(ユハ・カンザブロウ 名前や外見のモデルは、ラリードライバーのユハ・カンクネン)の5人が住んでいる。

二女 安村美奈子★結婚詐欺にあった経験上、男性不審であったが後に結婚。
三女 安村菜奈子★レーシングチームのマネージャー 
末っ子 弟 安村松林(しょうりん)★おっとりぼんやりしていて、芸大に通いヴァイオリンを専攻している。イカゲソのてんぷらが好物。
吉備巻 入鹿(きびまき いるか)★身長190センチ。男性と女性の感性を持っており、自分では、男性だと言っているがほとんど女装している。
高畑 真子★副職で占いをしている。霊感が強い。
岡崎 徹★末っ子の弟のバイク仲間。家を継いでお寺の住職をしている。



コミック「誰も寝てはならぬ」 (全17巻) 作者サライネス 講談社
春樹ちゃんの愛猫 利休の助
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なんだかほっこりしたような、しないような、ゆる~い人々が、デザイン事務所「オフィス寺」で働いている。
男性たちはほとんど40歳以上50歳未満で、離婚歴がある。
オフィス寺にはイラストレーターの春樹ちゃんの愛猫、利休の助(りきゅうのすけ)が通いで来て留守番をしている。
利休の助は、みんながもどってくる場所のオフィス寺にいて、心のよりどころとなっているようだ。
離婚歴3回の社長の五郎、建設機械のマニアのヤーマダ君、バス(乗り物)のマニアのまきお、アルバイト社員のねねちゃん(姉)と、巴(ともえ・妹)ちゃんがいる。
姉は、男性を自分の好みに変身させた後、世話を焼き過ぎて疎(うと)まれ別の女性に持っていかれてしまうタイプ。
妹は、すらりと背が高く男性を惹きつけるオーラを放っていて天然、ほとんどの男性が声をかけてくる。
気象予報士のおかちゃん(女性)、をはじめ、オフィス寺に出入する面白おかしい人たちは、他に20人もいて、てんやわんやのゆるーいお話を繰り広げる。
劇的ではないところが、疲れさせないのか、いつでも手にとって読みたいコミックである。
あとでジワーッとした人間関係の筋道がわかって来て、愛すべき人々であることが感じられてくる。


☆「大阪豆ゴハン」と「誰も寝てはならぬ」の前に描かれていた「水玉生活」(豆ゴハンが炊ける前)講談社漫画文庫も出版されている。
☆作者のペンネームの変遷 サラ今市→サラ・イイネス→サライネス






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コピー人間を送りつけて来る謎の惑星ソラリスの海  映画「惑星ソラリス」  監督タルコフスキー [映画]

惑星ソラリス最新.jpg
SF映画「惑星ソラリス」(作成1972年・1977年日本公開)
監督 アンドレイ・タルコフスキー
原作「ソラリスの陽のもとに」スタニスラフ・レム
カラー・165分(1部と2部がある)


エイリアンが登場する映画で私は、人間がイメージすることができる容姿を持った、疑似人類のようなエイリアンたちには、少しだけ慣れてしまったようだ。

謎の惑星ソラリスには、エイリアンは住んでおらず、プラズマ状の海が広がっているばかりである。
しかしこの海が曲者で、人に対して何をするかと言うと、睡眠中の人間の脳にコンタクトを取って、記憶を読み取り、親しかった人などの人間のコピーをつくりだし、物質化して目の前に送りつけて来るのである。
惑星ソラリスの軌道上に浮かぶ宇宙ステーションプロメテウスに滞在する科学者の男性クリスの場合は、10年前に自殺した妻が送りこまれてくる。
惑星ソラリスを覆っているプラズマ状の海は、理性を持った有機体で、知的活動を営んでおり、人間の潜在意識を物質化することができるのだ。

惑星ソラリスの海が、武器で攻撃をしかけて来るのではなく、なぜそのような混乱を与えるようなことをするのか理解出来ない。
その人を思い出すと、ただ懐かしく幸福感をもたらす人、憎しみで苦痛を覚えてしまう人、であったとしても、すでに亡くなっている人が、目の前に物質化されて蘇って来ると、幽霊を見るような感覚でしか受け入れられない。
「亡くなっている人にもう一度会わせてやるから、生前言い足りなかったことを語りつくせ」と言うような魅力的なことを言われると、一瞬迷うが、何かの罠だと感じられるので、迷ったとしても最終的には辞退するだろう。
再生に再生を重ねる、永遠になくならない場所、人には、不可解さと恐怖を覚える。


宇宙ステーションプロメテウスには2人の科学者が同乗していて、クリスに向って、「出現したのがクリスの妻でよかったな」 「(記憶の中の)モンスターが実体化したら大変だった」と言う。
飛行機を捜索している観測隊のパイロットが、行方不明になった同僚の子供とそっくりな4メートルの赤ん坊が空中に浮んでいるのを目撃するが、仲間からは幻覚だとしてかたずけられる。
惑星ソラリスの海は、睡眠中の誰の脳に働きかけて、4メートルの赤ん坊を物質化したのだろうか。


科学者のクリスが妻ハリーの血液を調べると、原子や分子は存在していなかった。
血液の成分は、最も小さい素粒子である中性子で出来ていた。
クリスは、睡眠時の人間の脳に働きかける惑星ソラリスの海に対して、覚醒している人間の脳波をX線で送る計画を立てる。
中性子の反場(吸収するか、跳ね返すかする アンチ・フイールド)を宇宙ステーションに作れば、人間の潜在意識の物質化が出来なくなるに違いないので、まずX線を惑星ソラリスの海に向けて放射するのだ。


X線を放射すると、謎の惑星ソラリスの海の色が変化した。
しばらくすると地球そっくりの海が現われる。
驚くことに海の中に島が現れ、クリスの故郷にある家がある。
クリスは、そこヘリコプターで降り立つが、敷衍したカメラに写るのは、地球にある彼のほんものの自宅ではなく、惑星ソラリスの海に浮かぶコピーされた故郷の家だ。
クリスは惑星ソラリスから出られなくなり、本物の地球に対する郷愁と、空虚感に襲われる。


★ヨハン・セバスチャン・バッハのコラール「我汝を呼ぶ 主イエスキリストよ」が電子音楽で気高く流れる。
★クリスは惑星ソラリスにある島の家で犬や亡くなった父親に出会う。
何の脈絡もなく水が天井から落ちてくる時(タルコフスキー監督は、いつも水の使い方が唐突で不可思議で美しい)普段使われていない感覚を刺激してくる。
無重力ではないのに、人間が宙に浮くこともしばしばある。監督に浮きたい感覚と言うものがあるのだろう。
謎の惑星に、地球の故郷の家が突然現れる時、静かな恐怖が全身からしみだし、水草のようにそよぎ始める。

★クリスさん一言お願いします!   
 クリス 「実在とコピー、似て非なるものの実感。ますます孤独になりました」


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異質なものからの問いかけ(1) バンパイヤになる前の神父の祈り  映画「渇き」(原題 こうもり)2009年  監督パク・チャヌク [映画]

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 映画「渇き」(原題 こうもり)2009年  監督パク・チャヌク


病院で死んでゆく人々の最後を祈りと共に看取る神父のサンヒョン(男優 ソン・ガンホ)は、患者を助けられない無力感を抱えて苦悩していた。
すぐに応えてくれる神の力を過度に待ちわびているためか、ものすごくストイックな悩み方をする。
祈りの力の過信には、宗教者特有の選民意識が見え隠れするが、素朴な可笑しみをさそう感情の激昂がユーモラスなので憎めない。
神父はアフリカの研究所で行われている伝染病(エマニュエル・ウイルス、別名バジラの呪い、バジラとは未亡人の女神)の人体実験に自分の身体を提供する。

バンパイヤになる前の神父のストイックな祈り>
(殉教なのか自殺願望なのかよくわからない。徹底した孤独から発せられた祈りの言葉)

皆が私を避けるように醜い姿にしたまえ
体を自由に動かせないようにしたまえ
涙を流せないように両方の頬をえぐりたまえ
何も握れないように手と足の爪をはがしたまえ
何も背負えないように肩と背骨を曲げたまえ
正しい力を持てないようにしたまえ
何の自負心も持てないよう局部を凌辱し恥辱をあたえたまえ
誰も私のために祈らず
イエスキリストだけが、私を憐れみたまえ



発病した全員が死に絶える伝染病であるが、神父だけが助かる。
血液の出所は謎のまま、輸血された神父は身体能力が抜群なバンパイアとなる。
神父に血が欠乏してくると、水ぶくれが体中に現れ、血を飲みたいと言う欲望が強力に起こってくる。
神父は、幼馴染の知人の男の妻テジュに惹かれ、彼女と快楽をむさぼり始め、彼女もバンパイヤになる。
題名の「渇き」と映画の内容は、「血」と「愛」への渇きを現わしているのではないだろうか。
計らずもバンパイやになって血を欲しがり、情事に溺れ、殺人を犯す神父は、テジュと共に逃亡の途中で、太陽の朝の光を浴びて灰塵に帰す。


新約聖書の主の祈りは「天にましますわれらの父よ」で始まり「試みにあわすことなく悪より救い出したまえ」で終るのだが、その原型となるものは、古代の密議の祈りである。
映画の神父の祈りはそれに近かかった。

「古代の秘儀の祈り」
アーメン
悪が支配する
崩れゆく自我の証を
人に明かされる自己の罪を
日々の糧の中に体験せよ
その中に天の意志は働いていない
人は汝らの国を去り
汝らの名を忘れた
汝ら、天にいます父たちよ


★個人的な願望は、世の平安である。
深くそうありたいと願うので、逆にそうではないことについても知りたくなるのである。
★バンパイヤさんから一言! 「こんなオイラに誰がした」

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映画「ルルドの泉で」  監督ジェシカ・ハウスナー 2009 [映画]

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映画「ルルドの泉で」 2009 監督 ジェシカ・ハウスナー (オーストリア)


ルルドの泉は、ピレネー山脈のフランスとスペインの国境のフランス側の山麓にあり、奇跡が起こると信じられているカトリック教徒の聖地である。
ルルドの泉の水を飲み、身に浴びれば、不治の病さえ治ることもあると言われ、毎年500万人もの人々が集まり、宿泊、食事、介護、医療などのサービスを受け、司祭の祝福をも受けることができるのだ。

ルルドの泉を訪れた車椅子のクリステーヌは、巡礼ツアーの若い女性だが、朝起きて見ると、ベットから立って歩けるようになっていた。
映画「処女の泉」では、悲惨な最期を遂げた女性の遺体の下に泉が湧くと言う劇的な奇跡が起こったが、映画「ルルドの泉で」では、クリステーヌ一人だけにひっそりと、何気ない日常のことの続きのように奇跡が起こった。
治癒を奇跡だと簡単に言わず、プラシーボ効果(偽薬効果)ではないかと疑われることもある。
群衆のエネルギーと祈り、土地のパワーが脳に働きかけ、免疫効果が急激にアップすることがあるかもしれないのだ。
途中で亡くなってしまうツアーのリーダー的な女性セシルは、「病は神が与えたもので、日常生活に受苦が足りない時に、与えられる。感謝の気持で受容するように」 とクリステーヌに告げる。
そのような考え方もあるのかと思ったが、信仰を持っていない者にとっては酷なことだろう。
彼女に奇跡が起こる前、クリステーヌは、案内人の男性のことが気になって話しかけようとしているが、ほとんど相手にされなかった。
クリステーヌが、歩けるようになると、彼の方から話しかけるようになり、最後の親睦会の時には、2人でダンスを踊る。
ダンスの途中に、クリステーヌは倒れてしまうが、男性はその場所から薄情にも逃げるように立ち去って行く。
人々は、奇跡が一時的なものであり、すぐに元に戻ってしまうのではないかと疑う。
ルルドにいる時に一時的に回復した病気が、元に戻ることはよくあることのようだ。
映画は、クリステーヌが車椅子に座って、運ばれてゆくところで終わる。
科学では説明がつかない奇跡と言う言葉は、元々何を指してそのように言われて来たのだろうか。

私はクリスチャンではないけれども、ロザリオの祈り(聖母マリアの祈り)の中の、「罪人なる我らのために、今も、臨終の時も、祈りたまえ」の言葉は胸に沁みた。
飽くまでも個人的な感想や感慨にすぎないが次回からは、時々映画の中の罪深い者(世間に罪人と言われている者や怪獣、妖怪)たちが発した言葉や行動を取り上げてみたいと思う。

使われている曲は
「アベ マリア」 シューベルト

「われ汝を呼ぶ、主イエスキリストよ」(バッハ)BWV639
http://www.youtube.com/watch?v=5XScFvGHbk4&feature=related ←(クリックすると曲を聴くことができます)
「われ汝を呼ぶ、主イエスキリストよ」は、タルコフスキー監督の映画「惑星ソラリス」の時も使われているが、粛々とした荘厳な意志が感じられる。
「惑星ソラリス」の時は、惑星の海そのものが、意志を持っていて人間に働きかけて来るものだった。
近日中にそのことについても書いて見たい。


★誤字の訂正や、書き換えも時々やっています。
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エイリアンを迎え撃つ連合艦隊  映画「バトルシップ」

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映画「バトルシップ」 2012年 アメリカ  2時間10分  監督ピーター・バーグ 

1)<誰がエイリアンと交渉するとよいか>  
2)<兵法・戦略>

各国の護衛艦が、ハワイ沖で軍事演習を行なっていると、突如、巨大な船か建造物かわからないような物体が、海に突き刺さるようにして存在しているのに遭遇する。
それはエイリアンの母船で、決して友好的ではなく、どうやら地球を奪うために来たらしく、戦闘的でいきなり攻撃を仕掛けてくる。


1)<誰がエイリアンと交渉するとよいか>  
エイリアンへの最初の対応は、酸いも甘いも噛み分けた熟年の知的な女性か、もしくはざっくばらんな大阪のおばちゃんのような人か、子供にさせるのがいいと言うことを聞いたことがあるが、私は友好的なエイリアンばかりだとは限らないので、文武に長けていて落ちついている中年の男性に交渉させる方がいいとずっと思っている。
女性や子供には、好戦的ではないけれど時と場合によっては、討って出ることのできる男性をボデイガードにつけた方が無難だろう。

ガンガンバシバシブンブンとエイリアンとの戦いがいつ終わるとも知れず開始される。(映画は2時間10分もある)
体躯や顔が人間に似たエイリアンはぞっとする雰囲気を持っているが、光に弱い。
旋回するボール球の中に恐るべき刃が設置された武器を使用するので、都市も基地もひとたまりもなくやられてしまう。

2)<兵法・戦略>
主役級の2人の男性のうちの一人は、日本の男優の浅野忠信(役・ナガタ)で、エイリアンとの戦いに、日本や中国の兵法(へいほう・戦術)を取り入れる。
エイリアンの母船はレーダーに映らない。
ここでの戦術は、自分は静止したまま気配を消し、自然の風や波の動きで相手(敵)の位置を知ると言うことではないかと推測する。
中里介山の小説「大菩薩峠」に机竜之介の音無しの構えと言うのが出てくる。
相手が討って出るまで自分は動かず、しびれを切らして相手が斬りかかって来た時に、相手と一度も刃を合わさず倒す剣法である。
映画「バトルシップ」の兵法は、これらの混交ではないかと思う。
★字幕が終了しそうになってもすぐ席を立ってはいけません。(^◇^) ずっと続けて見ていて下さい。おもしろいことがあるかも!


★週に2回~3回みなさんのブログをおたずねできます。遅くなっても必ずうかがいます。世界が広がりますね。
★パソコンの不具合かと思ったけれど、サーバ負荷とかで、投稿できなかったことが2回ありました。










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映画公開2012年4月28日 コミック「テルマエ・ロマエ」(1巻~4巻)  原作ヤマザキマリ [漫画(コミック)]

テルマエロマエ1巻★.jpg
コミック「テルマエ・ロマエ」(1巻~4巻)
エンターブレインコミックビーム
著者 ヤマザキマリ



映画 テルマエロマエ.jpg
http://www.toho.co.jp/lineup/thermae/
映画「テルマエ・ロマエ」 2012年4月28日公開
原作 ヤマザキマリ  
映画監督 武内英樹




「テルマエ・ロマエ」とは、古代ローマの浴場のことで、ヤマザキマリさんの2009年12月発行の漫画の題名である。
古代のローマ人も日本人と同じように温泉をこよなく愛していた。
1巻~2巻をブログで紹介したが、現在は4巻まで出版されており、劇場公開にあたり、再、再、再度取り上げて見た。
あれよあれよと言う間に、映画化されてしまい4月28日から、劇場で見られることになった。
漫画は漫画として、映画は映画としてストーリーは違っているかも知れないが楽しみたい。


使い古された古いアイデアしか思いつかず、とうとう失職してしまった古代ローマの風呂設計技師のルシウス・モデストゥスが、風呂に溺れることによって、銭湯文化の進んだ平たい顔の人々の住む日本の銭湯や温泉場にタイムワープする。
映画にはルシウス役には阿部寛、他には上戸綾、市村正親、北村一輝、宍戸開、笹野高史が出演する。



ルシウスは、日本の銭湯の富士山の壁画を見て感動する。
タイムワープすることによって画期的なアイデアを古代ローマに持ち帰る。
タイムワープして帰国した彼は、さっそくベスビオス火山の壁画のある浴場を設計し大評判になった。
日本の銭湯の細やかな心配りに感心し、珍しい脱衣籠、プラスチックの桶や腰かけ、入浴後に飲む果汁入りの牛乳や栓抜きの工夫にもいたく心を揺さぶられた。
観光用に作られた日本旅館の岩風呂には、数匹の猿が気持ち良さそうに入っている。
ルシシウスは猿を日本で生まれて初めて見たのだった。

ルシウスは、タイムワープして古代ローマに帰りつくが、ベスビオス火山がよく見える湯船の中に陣取っている生きものに気づく。
日本の岩風呂からタイムワープした時に、日本猿を一匹古代ローマに連れてきてしまっていた。

執政官 「直接危害を加えてくるとかではないからいいのじゃが。おぬしアレが何なのか存ぜぬか?」

ルシウス 「い・・いや存じませぬな ・・・ハハハハ 」

執政官 「そうか じゃあこのまま放っておくかいのう 」

ルシウス 「あやつどうやって 帰るつもりなのか!?」

ルシウスがあやつと言うのは日本猿のこと。

温泉卵なるものを食して美味しさに「旨い!」と叫ぶ。
ルシウスが設計した、かけ流しの温泉風呂に入った古代ローマの地方執政官は、元気を回復した。
新しい妻に子宝も授かり、今では家族で風呂に入りワインを飲みながら談笑するまでになった。
4巻目でルシウスは、古代ローマ研究に長(た)け、ラテン語を理解する温泉芸者のさつきに出会った。
今回はなかなか古代ローマへタイムワープして帰れず、ルシウスはさつきの旅館で従業員として働くことになった。
失職中に妻に去られているので、今度はさつきを古代ローマに連れていけるようになるか?ならないかそれはわからない。


漫画家 ヤマザキマリ
初エッセイ 「望遠ニッポン見聞録」 幻冬舎

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名子役 熊田聖亜(せあ)ちゃん 凛とした声の娘   映画「さや侍」  監督 松本人志 2011年 [映画]

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映画「さや侍」 監督 松本人志 2011年



はやり病で妻を亡くした侍の勘十郎は、生きてゆく気力を失い、伊香藩を脱藩し、行くあてもなく彷徨いながら多幸藩にたどり着く。
勘十郎役は、全くの素人の野見孝明で、監督から台本も渡されず、映画用の撮影をしていることも知らされていなかった。
伊香藩(いかはん)と多幸藩(たこはん)は、耳だけで聞くと、海産物のイカとタコなどが思い浮かんで、監督はお笑いの松本人志氏なので「ははあ」と納得した。
面白がれるって言うことは私とってはいいことだ。
脱力して侍を捨て、刀のさやだけを腰にした父を、娘のたえは軽蔑しており、潔く腹を切ることを、心に突き刺さるようなきりりとした声で叱りつけながらすすめ、それでも仕方なく何もしない父のあとに、つかず離れずついて行っている。
父のふがいなさを言いたてる娘の美声には説得力があり、聞き惚れるほどだ。
気丈な娘のたえは、家の者たちに教えられた武士の心得を、父にただすだけで、妻に去られた勘十郎の絶望や深い悲しみはわからない。
亡くなった御母上が娘のたえに、侍の娘の心得を説いて聞かせていたのであろうか、たえが御母上を恋しがって泣いところを一度も見たことがない。


勘十郎は脱藩したかどで懸賞金までかけられたおたずね者となっており、賞金稼ぎたちにも追われる始末、とうとう多幸藩に捕まってしまう。
いよいよほんとうに切腹を申しつけられるのだが、多幸藩には、病で母を失い虚脱状態になった若様がいて、もしその若様を30日以内に笑わせることができたら無罪放免にしてもらえることになった。
娘のたえは小学生で言えば高学年の5年生くらい、若様は1年生ぐらいだろうか(もっと若いかもしれない)
若様を笑わせるための一芸が、30日の業と名付けられて始まる。
1日目はみかんを目にトマトを口にはめ込む芸、2日目はうどんを鼻で食べる芸(お笑いのほっしゃん指導)などの一発芸から始まり、21日目は海岸で、勘十郎が大砲の弾になって海中に落ちる芸を披露するが、若様は笑わない。
何かと世話を焼いてくれる2人の牢番もアイデアをくれるようになり、沿道の民衆にも支持され声援を受けるようになり、勘十郎は無罪放免になるのではないかと言う期待を持たせてくれる。
娘のたえは、薬草に詳しいので、若様に気鬱の病の薬を渡すし、若様の好きなのは赤い風車だと言うこともわかり芸に生かそうとするが失敗に終わる。
家老も殿さまも勘十郎をどうにかして助けようとし、味方に付いたかのように見えた。
若様が笑わないまま、とうとう30日目が来てしまい、最後の日も一芸をやってよいことになった。
辞世の句(切腹し、介錯人に首を落とされる前に、句や漢詩や和歌を詠んで後世に残す)を詠む時になっても、勘十郎は無言のままである。
きっと何か面白いギャグを言って、みんなを大笑いさせてくれるに違いないという期待は裏切られる。
娘のたえは、「何か言ってよ」と必死に頼むが、勘十郎は何も言わず、自分の体をもって笑いに変えるのだ。
その時、若様は、はじめて笑う。
人々は、意表を突かれた後に、平凡だが思いがけないことが起こると、つまりすってんころりんと転んだり、ころころ転げたりすると大笑いするものなのだ。
勘十郎がどうなったのかは、興味のある人が自分で確かめなくてはならないだろう。


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