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同窓会の余波(2) ・ 映画「危険なメソッド」  映画「推理作家ポー最後の5日間」 [エッセイ風と映画]

同窓会とは、土地と建物とその中で過ごす時間を
喜怒哀楽と共に共有してきた人々の集まりである。
学校が主な場所だが、少年少女時代を知っている
と言うだけで、心の底から苦笑いが起こり、懐かし
い話が尽きないのである。

このやわらかい関係に・・・何何のおすすめなどと言
う勧誘は入れないで欲しい。
自分が受け入れたものは唯一無二の絶対と信じる
、そんなお仲間のいる場所へ、 「あなたも早くこち
ら側にいらっしゃい」と全くの善意でお誘いを受けて
も正直困惑するばかり。
いただいた果物も、これから何のお誘いが待ち構
えているのかを想像すると喉をとうりません。
選ばれた方々の愛に満ちた選民意識にもたじたじ。


同窓会が終了してからそろそろ1か月以上たってし
まったが、浮かび上がった島が、声をあげて沈んで
ゆき、残骸が散らばり、その中から、虹が溶け込ん
だ貝殻や宝石の混ざった石を見つ出そうとするよう
な毎日が訪れて来ている。


まだまだ時間のコイルが、果てから果てまで伸びた
り、縮んだりして衝撃を与え続けている。
喧騒の後の沈黙に耳を傾け、埋没して行きつつある
幼いころの体験談を聞き取ろうとすると、よりいっそう
深い落下音を残して、煙のように消え去ろうとするもの
がある。
夢のまた夢だとはよく言ったものだ。




<10月に見に行った映画館の映画> 
映画「ロボット」などDVDになった新作も、その他旧作も時々借りて来て楽しんでいる。
自分なりの要点がギュッと煮詰まったら御紹介。


映画「危険なメソッド
危険なメソッド大.jpg
心理学における集合的無意識の世界を取り扱う。
フロイトのリビドー説(性理論)と超常現象も含めたユングの説
(共時性)にザビーナと言う女性患者が加わり、2人に影響を与
える。
ザビーナの発作時の表情は妖怪を思わせる。 
ユングの女性探究はザビーナを筆頭に心身ともにやまない。
きっかけを作ったのは快楽主義者オットーである。
決別するが、師弟関係にあったフロイトとユングが超常現象につ
いて話していた時、本棚からバンと言う音が聞こえた。
ユングがもう一度音がしますと言った後、すかさずバンと言う音が
したのだった。

ユング (マイケル・ファスベンダー) 
フロイト (ヴィゴ・モーテンセン)
ザビーナ (キーラ・ナイトレイ)  
快楽主義者オットー (ヴァンカン・カッセル)
監督 デビット・クロネンバーグ 1時間39分 2012年10月 日本公開




映画「推理作家ポー 最後の5日間」
推理作家ポー大.jpg
猟奇殺人事件の犯人はポーの本を読みこんでいる知能犯、
本当にいなくてはならない敵所、身近な場所にいた。
ポーの小説を元にしたポーと模倣犯の戦いの物語。
ファウスト程ではないが人体の部位が場面場面で切り取られ、質感を持って現れた。
地下室の棺桶のような箱の中に閉じ込められたポーの恋人エミりーの恐怖は味わい
たくない。

ポー (ジョン・キューザック)
検事エメット (ルーク・エヴァンズ)
監督 ジェイムズ・マクティーブ 110分  アメリカ
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同窓会の余波(1) ・ 光明禅寺 ・ 映画「ソハの下水道」 [エッセイ風と映画]

中学同窓会後の交流の強烈な鳴りがおさまるまで1カ月以上かかり、
まだまだ小刻みな余波がやって来ている。
声をかけあっている人が8人でも多すぎるのに、人が人を呼んでタコ
足の吸盤なみの数にふくれあがっていきつつあるのだ。
旅行や遠足の約束はもちろんのこと、忘年会や新年会の名を借りて
の安請け合い、一人ではできない子供時代の心の探索を共同の対
話でするまでになって来ている。
癌を抱えている人、宗教に救われていると信じる人、今まではめった
になかったことなので、成り行きに任せているが、くたびれることはな
はだしく、発熱してしまった。
もうこの世にはいない同級生で、写真がなくては、面影が浮かんでこな
い人などもいるので、今度の同窓会の時には、写真を飾ったらどうかと
言うこともにもなった。



関係各者たちとかかわりのある、今まであまり顧みられることがなか
った今ではもう鬼籍に入ってしまった幼なじみたちの父母、祖父母た
ちの事が、記憶の奥から引っ張り出され話され始めると、あたかも彼
らが背後に立っているような気がして、誰が言うともなく、供養になって
いるのではないかとささやかれたりしている。
たとえそれが、当時は酒飲みのおばあさんで、家族に暴力をふるい、
亡くなった後も何十年も嫌われていたとしても、民間療法で息子を亡く
したと言う原因を考慮されて、無理もないなどと言われ、いたわりの気
持ちで思い返されたりしているのだ。




<光明禅寺>

ぽかぽか陽気の午後3時30分の門をくぐり、石の並び具合が光の文字を
描いている石庭を通り、靴を脱いで上に上がった。
黒光りした廊下がきしむ。
別名苔寺、鞭がしなるような風の音が聞こえてくる。
苔の下の地面の冷たさが幾世紀を感じさせる。


子供の頃、自分が死んだ時を想定して、山の中の苔の布団に寝そべって
見たり、春の蓮華畑や秋の枯葉の中に横たわって見たりした事がある。
土の下の水の声を聞こうとしたのだった。





<最近見に行った劇場映画>

「ソハの下水道」
ソハの地下水道 写真.jpg


監督 アニエスカ・ホランド  2012年9月日本公開  144分
原作 ロバート・マーシャル 集英社文庫「ソハの下水道」

ナチスに追われた、ユダヤ人の家族や仲間たちが
1年と4カ月下水道に隠れ住んだ。
ユダヤの少女が、ソハ(ナチスと通じているポーラン
ド人の下水道を管理するしたたかな男)に抱きかか
えられて見た地上の溢れる光が印象的だった。
やがてソハは下水道に隠れているユダヤ人たちの
肩を持つようになる。
原作は、少女の手記が元になっている。
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幼なじみの公ちゃんの秘密 (故郷の便り) [エッセイ風]

公(きん)ちゃんは、いい年のおじさんである。
子供の時の公ちゃんの声にはハスキーなシュルシュル音が混ざっていたのだが、
大人になったら声に確固たる意思が加わって、そこから出てくる、どすの利いた
演説口調の風圧に押されて、シュルシュル音が消えがちになってしまっているの
だ。
公ちゃんの話が終わらないうちは、こちらは口をはさめない。
何故かと言うと、堂々とした理屈が一本通っているので、はむかえないし、冗談も
言えないのだ。
歌舞(かぶ)いてはいないが、人の心のスクリーンに有無を言わさずねじ込む力
がある。
首根っこを捕まえて、相手に誠心誠意尽くす公ちゃんの声には逆らえないから、時
々窓を破って逃げ出したくなるが、そうすれば卑怯者とか恥知らずと言われそうな
のでじっと我慢している。
公ちゃんを公ちゃんたらしめている威風堂々ぶりはみごとなものなので、茶化した
りするのはもってのほかである。
公ちゃんを味方につければ、恐いものなしになれそうだ。
こんなこと言ってることが分かったら、ただじゃあ済まないだろうな。


公ちゃんの声のシュルシュル音は、故郷の山の上の霞んだ雲のあたりから吹いて
くるなつかしい風の音だった。
都会の夕暮れ時、美術館の蔦の葉の間から洩れて来るシュルシュル音は故郷の
風の音につながっている。
探せばいたるところに人の懐かしがる音や空間はあるのだ。


蛇が土の上や藪の中を這う時にはシュルシュルと言うかすかな音を立てる。
何を隠そう公ちゃんは今でこそゴルフをやっているらしいが、子供の頃は蛇捕りの
名人だった。
石垣の穴から引きずり出した蛇のしっぽをつかんでぐるぐるまわし人に投げつける
ので皆から恐れられていた。
公ちゃんが来ると皆がその場から散った。
私も勿論子供の頃は公ちゃんに近づかず、話しかけたことは一度もなかった。
公ちゃんが、蛇を見つける勘の良さは、現在はビデオや写真に活かされている。


先日ある用件で公ちゃんに電話をかけた。
やはり誠心誠意のありがたい会話の重さ、野太さにこちらはたじたじ。
蛇に睨まれた蛙になりそうだったが、用件も済んで感謝の言葉を述べた後、
「ところで公ちゃんは昔、蛇のしっぽを掴んでぐるぐるまわしていらっしゃいました
が、蛇がお好きだったんですか?」と恐る恐る聞いて見た。
公ちゃんは、「皆からそう言われるが、遊び相手がいなかったので、蛇をかまうし
かなかった」とのたまわれた。
かわいそうだったが、ええーっと言って吹きだして大笑いした。
人にかまわれたくて蛇を投げつけていたら、よけい人は逃げて行きますが。
自分に関心を向けたくて蛇をつかんで歌舞伎のような大立ち回りをしていたので
したか。
あれは逆効果でしたね。特に女性たちからは軽蔑されていました。
街で見かける前をはだけるおじさんと同じような、かわいそうさです。
ついでにもう一つ公ちゃんに質問。
「公ちゃんは、蛙がお好きだったのでしょうか、特にポケットに入れてかわいがり、
取り出しては、麦のさやのストローで吹いて風船にして爆発させておられましたが」
公ちゃんはこうおっしゃいました。
「誰が蛙なんか好きなもんか、うー(唸り声)、男4人の兄弟で・・」
おやおや、公ちゃんにしては、話の脈絡が繋がらずなんだか説明不足ですね。
つまりお母さんが、弟たちに手をとられて公ちゃんをかまってくれなかったから、蛇
や蛙で憂さ晴らしをしていたのでしょうか。

現在、同窓生の中でも一番の親孝行と言われ尊敬されている公ちゃんから、もっと
話を聞いてみたいものです。


★一つ前の記事「ふるさとの便り」で、男性Nと従姉妹の立場がt途中で入れ替わっ
ていたのに気が付き、すぐに訂正しましたが、それにしても解りにくい内容でした。
誤字はないようにしたいと思いつつ、必ず発見するので投稿後、3日以内には訂
正しているつもりですが・・・
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故郷の便り (たぐりよせているのは誰) & 映画「ツナグ」 [エッセイ風]

どちらが先にと言うことがはっきりしているわけではなく、朝な夕なに
お互いの池に、落柿のようにぽっちゃんぽっちゃんと水しぶきをあげ
て投げ込まれる言葉があり、波紋が岸に打ちつけられている。
留守電の録音時刻はまちまちである。
お化け屋敷でもないのに、家に備え付けの電話が雷に遭遇した時
のように金切り声をあげ、ゆでた栗が床を転がりはじめ、トイレの水
が止まらなくなったり止まったりを繰り返している。
スワ、怪奇現象か単なる磁力の仕業か錯覚か。
過去現在を飛び越えて、引き合いながら緩んでゆく距離感に、頭が
おかしくなってしまったのではないかと思うくらいだ。
電話を通してなされる意味のある言葉の伝達と言うよりは、強烈な
声やその音色の違いに反応する物語が人を通して語られている。
俗に言う虫の知らせは当たり前、偶然が偶然を呼んで、急にきりきり
舞の必然が起こる。
測り知れない心奥でのコミニュケーションは、遠いマグマの音を聞くよ
うなありさまで、しぶきを受けると煙炎が上がる。
一例をあげないと何のことを言っているのか分からないだろう。


<例その1>
50年前に生まれた男性Nがいるとしょう。
母親は彼を生んだその日に亡くなっている。
母親の妹Aが後妻に来て3人の子供を生んだので、兄弟姉妹は7人
になったが、このことは話の主流とは何の関係もない。
ある日、50歳の男性Nに従姉妹(生みの母の兄の娘)から50年前に
亡くなった母親の写真(結婚前の若いころの写真)が送られてきた。
男性Nは後妻に来て彼を育ててくれた叔母に当たる人に遠慮して、そ
の写真を従姉妹に送り返してしまったが、このことも話の主流とは無
関係である。
その後、従姉妹が持っている送り返されてきた写真にも歳月が流れた。


ある時ふと男性Nは、生みの母のことを懐かしく思い出した。
自分が、生みの母が、育ててくれた後妻さんのように気性が激しい人で
ないことを強く願っていることに気付いた。
生みの母の写真のことで、従姉妹に5年ぶりに電話をして見た。
従姉妹は彼女の故郷の友人Aの母親が亡き伯母(男性Nにとっては亡
き母)の実家に50年以上も前にお手伝い(子守り)に来ていたことを思
い出した。
その人に聞けば亡き叔母がどのような人であったか分かるはずである。


従姉妹はすぐに友人Aと叔母の実家(伯父が家を継いでいる)に電話を
して見た。
友人はその時、たまたま帰郷していて、その日、95歳の母親と共に男性
Nの亡き母の実家に何となく寄って見たい気がして立ち寄ったのだそうだ。
電話をした従姉妹に、伯父は男性Nの亡き母のことを話してくれ、彼女は
は大人しく優しい人だったと言うことが分かった。

男性Nの亡き母の写真はもう一枚あったので、友人が複写させてもらい、
その写真を男性Nは手に入れることが出来たのだった。
絡みあったものがキューンといっせいに後ろに引き、ぽんと投げ出されて
写真と言う物体になったと言う驚きと嬉しさがある。
ふとそんな気がした友人の95歳の母が、男性Nの亡き母の実家に行った
日が、従姉妹が実家の叔父に電話した日と重なったと言う50年に1度あ
るかないかの妙話である。



<最近劇場で見た映画
 
「ツナグ」

亡くなった人に1度だけ会うことが出来、心残りだったことを確かめることが出来る。
死者もゆかりのあった生者に会いたいと願わなくては成立しない。
祖母がその役割を孫に引き継がせる。
その仲立ちをする家系は代々生者と死者を会わせる役割を果たしてきた。
工場経営者と母 女子高校生の親友どうし 会社員と7年前に疾走した恋人が会うことが出来た。

自分は死者の誰に会いたいかを強力突きつけられる映画だった。
ツナグ2.jpg

銅鏡の上に手をかざし、死者の魂を呼び寄せる祖母(樹木希林)。 
銅鏡の上に漂っている光るチリが亡き人の姿に変わる。
ホテルの一室に肉体を持った死者が現われる。
ツナグ.jpg

「ツナグ」
監督 平川雄一朗  出演 樹木希林 松坂桃季 遠藤憲一 八千草薫 仲代達也 
同名原作 辻村深月 
2012年 129分
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いかんせん 望郷の念 [エッセイ風]

8年ぶりに同級生と再会することが出来た同窓会から帰って来た後、
幼なじみと電話でのよもやま話に沸き上がり朝晩の時を費やしてい
た。
子供の頃、それだけ濃いふれあいがあったとは思えないのに、なつ
かしいと言う気持が湧きあがってくる故郷の15年間の吸引力はすご
いものだ。
同窓会に1度も出てこない人の悲喜劇、亡くなってしまった人や、同
級生同士結婚をして別れた人、人それぞれいちいち思い出しては、
心残りのないように追求し、言葉で追って行けるところまで行っては、
断崖でつま先立ちになり、はるかかなたを望んでは、断念していた。
そのような気持は、仲の良い遠い親戚どうしの愛情に近いものであ
って、何かあったら助けたいと思っているのに違いないのであった。
田舎では、他の家の釜の飯の様子までよく分かっていると言う風潮
があり、一家の事情が皆の胸に収まることによって、何事かの準備
がなされてゆくのだった。
それは、冠婚葬祭であったり、1泊2日の旅行の件であったり、共同
作業のことであったりするのだった。
幼いころ通りすがりに見た風景にしろ、個人的にしか興味の持てない
ことであったとしても、同級生間で話題になると盛り上がるのだった。

その昔、雲をかぶった山里の同級生の家の中庭には井戸があり、美
味しい水を飲ませてもらうことができた。
庭には裂いた竹が置かれてあり、傍でおじいさんが竹細工をしていた。
竹細工には、野菜を入れるもの、小豆や大豆、タケノコ、梅などの作物
を干す広いもの、背負うもの、鰻をとるものなど種類はたくさんあった。
どうしてなのか、そういう風景が私の場合、チベットのポタラ宮殿につな
がっているのである。
木の実が地面に落ちる音の心地よさ、朝方の靄の美しさ、新米の美味
しさなど、そう言えば丘の向こうから誰もいないのに読経が聞こえてきた
ことがあった。
私は現実と虚構の堺目に立っていたのかもしれない。
山々の遠心力(磁力)は強烈で惹きこまれてしまう。


田舎で結婚したり、仕事に就いた同級生たちは、同窓会は都市で開いて
欲しいと言う。
行ったこともないところに行って観光をし、大っぴらに御馳走を食べ羽を伸
ばしたいそうだ。
都市に住んでいる人々は、育った郷里で同窓会をして欲しいそうだ。
故郷に時々帰りたいと言う。
いつ行っても、誰でもが泊まれる田舎の家が欲しいと言う。
だれか山にそういう小屋を建てないかと要求する。
そこを拠点にして、思い出のある場所を歩きまわり満喫したいのだそうだ。



<最近劇場で見た映画>  自分の中に定着するのが遅く感想は延期している

1)ハンガー・ゲーム  2)ボーン・レガシー  3)アイアン・スカイ  4)エージェント・マロリー
5)バイオハザードⅤ  6)るろうに剣心  7)天地明察  8)あなたへ  9)白雪姫と鏡の女王

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