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見つめる者をとらえて離さず、所有するものに働きかける金の指輪 「指輪物語」原作J・R・R・トールキン  瀬田貞二・田中明子訳 [映画と本]

以下ところどころ内容に触れています。


ほとんどの者が、悪の瞑王サウロンが作った金の指輪を見ると、自分のものにしたいという激しい内心の葛藤と戦わなければならなかった。
仲の良かった友だちを殺してまで金の指輪を手に入れてしまったゴクリは、生まれつき好奇心が強く、賢者も思い及ばないほど強靱な精神力を持っていたが、魔力にも当然魅かれやすかったため、逆に金の指輪に取り込まれてしまった。
金の指輪を友だちが川底で見つけなければ、そしてゴクリがそれをが欲しがらなければ、彼は一生好奇心の強いいきいきしたホビットのスメアゴルとして女酋長の祖母の手助けをして和やかに暮せたかもしれない。

金の指輪はゴクリ(映画ではゴラム。まだ小人族のホビットだったころの名前はスメアゴル)の心を食い荒らし、その苦痛は耐えがたいものだった。
ゴクリは、さめざめと泣き、むごいと言い、へつらい、細い長い手をこすり合わせて指をしゃぶりったりしたが、その様は責めさいなまれた古傷が疼くのを見るようだった。

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「ロード・オブ・ザ・リング」王の帰還 監督ピーター・ジャクソン
二重人格のゴラム


堪え難い試練の結果ゴクリの人格は二つに分かれ、映画、ロード・オブ・ザ・リングでは2重人格のゴラム(ゴクリ)の対話が高揚感のある一人芝居のように繰り返され、自分のことをおれたち(2人)と呼ぶようになっていた。
異様な姿かたちに変わってしまいゴクリになってしまったスメアゴル(ゴクリことゴラム)の孤独な葛藤の会話は、滑稽ではあるが、闇に耐えていることが分かるので哀れをもよおし私を泣かせる。
ゴクリの心の片隅には、ホビット(小人族 ストゥア族)だったころのまともな本心が残っていて、暗闇の中の割れ目から洩れた過去からの光のようにゴクリの心に射しこんできた。
ゴクリは、ホビットのビルボ・バギンズ(フロド・バギンズの叔父)となぞなぞを解きあう時に、彼の思いやりのある声を耳にして、正直な所気持ちがよかったし、風や木や、草に射す日の光と言ったとうに忘れていたものの記憶が蘇って来た。
ゴクリが、なぞなぞの答えで、しなげし(雛罌粟 ひなげし)の上のおしさま(太陽)と答えるところがあるが痛々しい。


ビルボ・バギンズは甥のフロド・バギンズに金の指輪を渡し、フロド・バギンズは庭師のサムワイズと一緒になにかに追われるように旅に出るが、旅先でゴラムに後をつけられ3人で滅びの山を目指して旅をする。
3人.jpg
「ロード・オブ・ザ・リング」王の帰還 監督ピーター・ジャクソン
左から ゴラム(ゴクリ)、サムジャクソン・ギャムジー(庭師)、フロド・バギンズ




金の指輪は間違いなくゴクリのいとしい人(いとしいしと)であり、彼が大切にしていた唯一のものだったが、しかしもう一方で、とりわけ彼は金の指輪を憎んでいた。
憎んでいたのならどうしてそれを厄介払いし、振りすてなかったのかと言うと、ゴクリは自分自身を憎みながらかつ愛していたように、金の指輪を憎み愛したので捨てることができず、そうしょうにももはやゴクリになってしまってからは意思の力が残っていなかったのだ。

不可思議なことに金の指輪の背後には指輪の作り主の意図をも超えた、何か別のものが働いていた。
ゴクリもビルボ・バギンズもフロド・バギンズもその他指輪を手にしたものたちは、金の指輪をみつけるように定められていたと言うことだ。
小説のこういう言い回しは宿命論的で広がり過ぎてとらえ難いが、興味の段階を越えてしまった今はこちらも広げて受け止めて見るほかはない。

★背後に働く意図と言うのは誰のどのような意図であろうか?ほとんどおいて無関心を感じる神の名を出さないとすれば、宇宙の意思?
  


「指輪物語」二つの塔上・下 評論社 瀬田貞二・田中明子訳 作J・R・R・トールキン
「指輪物語」王の帰還上下 評論社 瀬田貞二・田中明子訳 作J・R・R・トールキン
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ゴクリ(ゴラム)は何処で金の指輪を手に入れていたか  「指輪物語」旅の仲間 評論社 [本]

以下内容に触れています。


地底湖で金の指輪をはめて姿を消したビルボ・バギンズは、哀れなゴクリ(ゴラム)に情けをかけ、殺さなかった。
殺されなかったゴクリ(ゴラム)は、執拗に金の指輪を追って行くことになり、ついに手に入れることになるのだが、火山の隙間に指輪もろとも墜ち込んでマグマに溶けてしまうことになった。
金の指輪の闇の力を抱いて死んだゴクリ(ゴラム)のおかげで、金の指輪は他の者に猛威をふるえなくなった。
もしゴクリ(ゴラム)がビルボバギンズに殺されていたとしたらそういうことにはならなかった。
何よりも哀れなのは金の指輪のために友達を殺し、舌足らずの言葉をしゃべり、可愛がってくれた祖母のいる故郷を堅気な祖母によって追われ、気味の悪いものを食べながらさまよい続けた孤独なゴクリ(ゴラム)である。



はめると姿が消せる金の指輪を作ったのは瞑王サウロンだったが、戦いの末にそれは奪い取られ、奪い取った者の息子のイシルドゥアに持ち主が変わり、彼が敵のオークに追われてあやめ野近くの川の水の中に飛びこんで殺された時に、指から抜け落ちた金の指輪は、しばらくの間あやめ野の真ん真ん中の暗い淵の底に沈んでいた。


ゴクリ(ゴラム)はホビット族の流れをくむ一族の大家族の中で、しつけの厳しい祖母に育てられ、その頃はスメアゴルと呼ばれていた。
ゴクリことスメアゴルは、ものごとの根底と始源に興味を持ち、深い淵に飛び込み、木の下、草の根元に穴を掘り、緑の小山にトンネルを掘り、最もせんさく好きで、好奇心満々だった
ゴクリにはデアゴルと言うともだちがいて、ある日2人は船を出してあやめ野まで行った。
デアゴルが釣りをしていた時に大きな魚に川底まで引っ張り込まれてしまったが、その時に川底に光るものを見つけたのだった。
陽の光を受けて燦然と輝く金の指輪を見つけたデアゴルの様子をスメアゴル(ゴクリ)は木の後ろでじっと見ていた。
遠くから金の指輪を見ていたスメアゴルだったのだが、呼び寄せられるようにそっと金の指輪を手の上にのせたデアゴルに近づき、彼の肩越しにいきなり「それをおれにおくれ」と言ったのだった。



デアゴルに「どうして」と問われたスメアゴル(ゴクリ)は、「おれの誕生日だからよ」と答えたが「いやだ もうお前には誕生祝いをやったじゃあないか、おれが見つけたんだ。だからおれが貰っとくよ。」とデアゴルに断られてしまった。
スメアゴル(ゴクリ)は「へえ!そうか」と言ってデアゴルの喉首をひっつかむと絞め殺し、死骸は巧妙に隠した。
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映画「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」 監督ピータージャクソン 原作J・R・Rトールキン



ともだちの拾った金の指輪を友達を殺して自分のものにしたスメアゴル(ゴクリ)
スメアゴル本人.jpg
映画「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」 監督ピータージャクソン 原作J・R・Rトールキン



胸の内に隠していることは予期しない別の行動となって現われるもので、スメアゴル(ゴクリ)が、姿を消せる金の指輪を指にはめて根性の曲がった悪事を働くようになったので、平和を望む祖母は彼を一族から追放した。
以来、スメアゴル(ゴクリ)はただ一人さ迷い歩き、「金の指輪は、祖母からもらった誕生日の贈り物だ」と言いはるようになり、太陽にこぶしを振り上げ、霧ふり山脈の山中に分け入り、地底湖の洞穴で暮らすようになった。
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映画「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」 監督ピータージャクソン 原作J・R・Rトールキン 


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指輪物語1 旅の仲間上1 J・R・Rトルーキン作 瀬田貞二・田中明子訳 評論社
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指輪物語1 旅の仲間上2 J・R・Rトルーキン作 瀬田貞二・田中明子訳 評論社


指輪の持ち主たち 
瞑王サウロン→エレンデイル→イシルドゥア→デアゴル→スメアゴル(ゴクリまたはゴラム)→ビルボ・バギンズ→フロド→スメアゴル(ゴクリまたはゴラム)


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耳に残ったはやしことば、かけ声  ゆったりごこちの映像 [遊び風な言葉と心に残る映像]

友人のブログをのぞくと、彼女の中学時代のことを語ったこんなことが書かれていた。
「人間の話だけじゃ語られ切れない物が日々私を悩ませ続け、神話伝説に突破口を求め始めておりました。日常の事を語っただけでは、ただの中学生の日常すら、語られ切れないのです。」
共感した。
昨今、殺伐とした言語空間の中今回は物語の中にある昔の言葉をほんの少し集めた。
鳥獣戯画の「えんやか やかやかや」も面白いが今回は省いた。


★「 しめたぞ しめた しめこのうさうさ 」

歌舞伎「法界坊」隅田川続俤 
中村勘三郎(法界坊)  BSテレビ 平成中村座ニューヨーク公演を見て
法界坊.jpg
上写真はシネマ歌舞伎

「しめこのうさうさ」は思いどうりに事が運んだ時に使う遊びことば。
この言葉を口にすると、何だか物事がうまく行ったゆったりとした気持ちが味わえる。
竹かごの中の桜もちを紐で結んだ時、さらった女人の駕篭を紐で縛った時にこの言葉が繰り返されて面白かった。
兎を絞(し)めた後にうさうさと続けているところの調子が楽しい。
この言葉をなぜふいに思いついたかと言うと、「ホビットの冒険」のゴクリの餌は魚と絞めた小人だと言うことで「絞める」と言う言葉のところで結びついたのである。
徳川時代、家康の祖父が信州の林の郷の林光政を訪問した時、ウサギ料理を出したとろ大変喜ばれた。
後に林光政は出世し岡崎城主となったので子孫が毎年十二月に殿様にウサギを献上していたという。
お城では元旦には兎料理が膳に上(のぼ)ったと言う。





★「 えいさらえい えいさらえい えいさらえい  えいさらえい 」

室町時代、供養の車を引く掛け声。
説経「小栗判官」 おぐりはんがん
近藤ようこ作・画 コミックちくま文庫


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毒殺された小栗判官が墓の中から蘇り、目も見えず耳も聞こえない餓鬼阿弥陀仏になって生きている。
熊野本宮の湯の峰の湯(温泉)に入れば、からだが元どうりになると言われ、「この者を一引き引いたは、千僧供養、二引き引いたは万僧供養」と、道行く人や土地に住む人の手により手伝われ、供養の車に引かれて行く。
横に広がる心地のする「えいさらえい」と言うかけ声の最後の「えい」では少し引き締まるが、全体的に何とのどかなことばであろう。

車に乗っているのが餓鬼阿弥陀仏になった小栗判官
説経「小栗判官」 近藤ようこ作・画 コミックちくま文庫
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説経「小栗判官」 近藤ようこ作・画 コミックちくま文庫
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説経「小栗判官」 近藤ようこ作・画 コミックちくま文庫




< 湯ったり心地の映像 >

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「ムーミン」 スナフキン  原作トーべ・ヤンソン(フィンランド)


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映画「ラバーズ」 チャン・ツィ―  山のお風呂  石を焼いて水を温める。石にミネラルが含まれている。





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ポケットの中味  [映画と小説と童話]

ポケットと言うものには色々なものが入っているもので、子どもの頃、田舎の同級生のポケットの中には蛇やトカゲや蛙や栗や椎の実やどんぐり、ニッケの根、ぶっつけ(紙パッチン)、おはじき、ラムネの玉などがはいっていた。
大人になってからはもっと騒々しいもの禍禍(まがまが)しいものが入っているに違いないが今はその話は置いておこう。
地底湖に棲む奇怪なゴラムが思いついたビルボ・バギンズのポケットの中味は、手、ナイフ、ゴブリンの歯(小人族)、ぬれた貝殻、コウモリのつばさのかけ、歯を尖らすための尖った石(いちどみてみたいものだ)だった。

ゴラム (小説ではゴクリ)  映画「ホビット 思いがけない冒険」
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「ホビットの冒険」のビルボ・バギンズのポケットにはほんとうは金の指輪が入っていて、その持ち主は地底湖に棲む「いとしいしと」と言うのが口癖のゴラムと言う奇怪な気味の悪い者だった。
ビルボはゴラムに食われそうになったが、なぞなぞ合戦で時間を稼ぎ、なぞなぞに窮(きゅう)したビルボが「ポケットにあるものはなーんだ」とついついうっかりとゴラムに問いかけてしまった。
勘の鋭いゴラムはそんなことよりも一足先にもうその答えを見つけ出してしまっていた。
ゴラムは長年の間、金の指輪だけを大事に抱え込み、いつも誰かに盗まれないかとびくびくしていたのだが、最近それを失くしてしまっていたので、ポケットの中にあるものは金の指輪だと直感したのだった。



「新編 銀河鉄道の夜」 作・宮澤賢治  新潮文庫
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銀河鉄道に乗ったジョバンニの上着のポケットに入っていたのは、いちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したもので、四つに折った葉書くらいのおおきさの緑色の紙だった。
鳥をとって回ってお菓子にする鳥捕り(とりとり)が言う 
「 おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもうほんとうの天上さえ行ける切符だ。天上どころじゃあない、どこでも勝手に歩ける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、こんな不完全な幻想第四次元の銀河鉄道なんか、どこまでも行けるはずでさあ、あなた方大したもんですね 」
☆幻想第四次元の世界ではタイムスリップは可能。


映画「レ・ミゼラブル」  エボニーヌ(サマンサ・バークス) 悪知恵の働く宿屋夫婦の娘
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映画や小説などの登場人物たちについては、興味が湧く、気になる人々を拾い集め、見つめてきたが、今年は個人的な気がかりの範疇でそういう人々に一方的にライトを当てるそんな年になりそうだ。
時々必要であれば、まだ不消化かもしれないがあらすじも追って行こうと思っている。
レ・ミゼラブル(ああ無情 作ヴィクトル・ユーゴー 1862年執筆)の中では、悪事を働く宿屋の夫婦の娘のエボニーヌ(小説では娘は2人いる。男爵家の長男マリウスに片思いをし彼の代わりに銃弾を受けて死ぬ)やジャン・バルジャンを執拗に追う執拗さが気になる警官のシャベールやコゼットの結婚相手の貴族出身なのに市民の見方をする男爵家の長男マリウスなど。





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地底湖でのなぞなぞ対決  ビルボ・バギンズとゴクリ(ゴラム) [映画と本]

向かって左 ホビット族 ビルボ・バギンズ(マーティン・フリーマン)
向かって右 ゴラム(ゴクリ) アンディ・サーキス(CG化) 
映画 「ホビット 思いがけない冒険」 監督 ピーター・ジャクソン 170分 日本公開2012年12月14日
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以下内容に触れています★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
岩波少年文庫「ホビットの冒険」 上・下巻 J.R..R.トルーキン作  瀬田貞二訳



ゴクリ(ゴラム)とビルボ・バギンズのなぞなぞが始まった。
かつてまだゴクリに仲間がいた時に、ゴクリにとってなぞなぞは皆といっしょに穴の中で遊んだ、ただ一つの気晴らしの遊びだった。
ビルボ・バギンズにとっては、なぞなぞが解けなければゴクリに食われてしまう生死をかけた対決である。


ゴクリ
「 それではしとつ、かけようかい。 いとしいしと(ゴクリは自分のことをこう呼ぶ)。いとしいしとがなぞをかけ、あいつがこたえられなきゃあ、こっちが食う。 あいつがなぞをかけて、こっちが答えられなけりゃあ、あいつのおのぞみどうりにしる。し、どうしる?ぬけでる道を教えてやるが、よしか?」


山、歯、卵、シナギク(ひなぎく)の上に照るおしさま(太陽)、くらやみ、魚などのなぞなぞの答えに、なるほどとがてんがいき興味が湧く。
8つのなぞなぞの答えの中には、「魚が台の上に置かれていて、そばで人間が床几に腰かけ、猫が骨を食べている」と言うような複雑なものさえある。
ゴクリの言葉使いは奇妙だが本当に味わい深い。
ゴクリと言う、老人のような子供のような奇怪で哀れで悲しく残忍でどうしょうもない者を避けて通れなかった。
いったい見るもおぞましい餓鬼のようなゴクリがどうなってしまうのか気になってしかたなかった。
なぞなぞの問いも面白いので1つ2つ紹介しょう。

ゴクリの謎かけ
「声がないくせに、しいしい泣くし、はねがないくせに、ばたばた飛ぶし、
歯がないくせに、きりきりかむし、口がないくせに、ぶつぶついうもの、は?」
ビルボ・バギンズの答え
「風だ!」

ゴクリの謎かけ
「どんなものでも食べつくす、鳥も、獣も、木も草も。鉄も、巌も、かみくだき、勇士を殺し、町をほろぼし、高い山さえ、ちりとなす。」
ビルボ・バギンズの答え
「時間だ、時間だ!」


ビルボ・バギンズは、むねをかきむしったり、ひざをつねったりして、なぞなぞを考えに考えていたけれど、ゴクリ のようないやな、しめっぽいつめたい奴が、となりにすわりこんで、ビルボ・バギンズのからだを、なぜたりさすったりしていては、なんのなぞなぞも思いつけなかった。
ビルボ・バギンズはあせりにあせって、ひとり言だったのだが 「 このポケットにあるものは、何だ?」と言ってしまった。
このなぞなぞは、昔からのしきたりに従った、ちゃんとしたなぞなぞではなかった。
ゴクリは言う 「三つあてさして、いとしいしと。三つだけ、あてさして、し 、し。」
1回目の答え「手、でし!」 2回目の答え「ナイフ!」 二つもと答えたが違っていた。
答えは「金の指輪」。
その昔冥王サウロンが作らせたと言うこの指輪をはめると姿を消せるのだった。


ゴクリはこの指輪を、あきるまで指にはめていて、その次はからだにつける財布の中にしまい、それからは地底湖の島の岩にあいた穴のなかにかくしておいて、いつも指輪を見に帰っていた。
道に迷った子どものゴブリン(小人族)をしねった(ひねった・殺した)時に指輪をなくしていて、それを偶然にビルボ・バギンズが拾ってしまいポケットの中に持っていたのだった。
「 なくなった!いとしいしと。ないよ。なくなったよ!ちきしょう、ちきしょうめ、いとしいしとがなくなった!」
ここでゴクリは自分のことではなく指輪のことを 「 いとしいしと 」と言っている。


「 あんたは何をなくしたのかね 」とビルボ・バギンズはゴクリに、しつこいほどたずねた。
もうなぞなぞではなく、ゴクリの失せものさがしになってしまった。
そして勘のいいゴクリはもう一足先に答えを見つけてしまっていた。
ゴクリは、ビルボ・バギンズのポケットに入っているものが指輪であることをなぜだか知ってしまっていた。


ゴクリは一目散にビルボ・バギンズを殺しに来るが、指輪をはめたおかげで姿が見えなくなったビルボ・バギンズは、ゴクリの1メートル上を飛び越え、洞窟の穴から逃げのびることが出来た。
これから先も、ゴクリは執念深くビルボ・バギンズの後を追ってゆく。





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同一人物だった  映画「ホビット 思いがけない冒険」のゴラムと岩波少年文庫「ホビットの冒険」ゴクリ [映画と本]

ゴラムとゴクリは同一人物
ゴラムは映画「ホビット 思いがけない冒険」に、
ゴクリは小説「ホビットの冒険」(岩波少年文庫 J.R.R.トルーキン作 瀬田貞二訳)に出てくる
ゴクリ ゴラム.jpg
映画「ホビット 思いがけない冒険」のゴラム 


< 追いかけてくる哀れなゴクリに対するホビット族の小人ビルボ・バギンズの言葉 > 「ホビットの冒険」(岩波少年文庫より
「 何というあわれな奴!目的もなくはてしなくつづく日々。光もなく、暮らしがよくなるのぞみもなく、かたい岩と冷たい魚をあいてに、うごめき、ささやくばかり・・・・・」


★ホビット族の小人ビルボ・バギンズは洞窟で怪人ゴクリの落とした指輪を偶然にも拾い、その指輪をはめれば姿を消せることを知った。
彼はなぞなぞを解けないゴクリからなぞなぞの勝敗を無視して食われそうになったので逃亡する。

★ゴラムことゴクリは、こののち盗まれた指輪(ビルボ・バギンズに拾われてしまい持ち主がわかっているのに返してもらえなかった)に対する愛着とホビット族の小人ビルボ・バギンズに対する憎しみとで洞窟から抜け出し何処までも彼を追ってゆく。
ホビット族の小人ビルボ・バギンズが、指輪を他の者に譲ったためその者から指輪を奪い取る。
しかしゴクリには指輪もろともマグマの裂け目への墜落が待っている・・・・・(何て可哀そうな奴だ)




<ゴクリ> のこと
ホビットの冒険(岩波少年文庫) J.R.R.トルーキン作 瀬田貞二訳

「シュー シュー そうがみがみしるな。 おちついて、いとしいしと」 とゴクリは、話しの端々に「いとしいしと」を挟んでいる。「愛しい人」のことだろう。昔々仲間と暮らしていた日々に触れたであろうこの言葉を覚えていて、話し相手もいない独居の日常に頻繁に使うとは哀れであるが、「愛しい人」を覚えていられただけでもよかったかもしれない。
ゴクリが何時この言葉を覚えたのか、なぜ頻繁に使うのか知りたい。


岩波少年文庫に出てくる霧ふり山の洞窟の地底湖に棲んでいるゴクリは、挿絵を見るとホビット族の小人ビルボ・バギンズの3~4倍ほど大きく、顔は鯰とトカゲにそっくりで、手足はひょろ長くカエルのような水かきが付いていて、青ランプのような大目玉をのぞけば全身は暗闇のように真っ暗で、人間のように立って歩くのだった。
映画では体は痩せ細り、人間に近い顔形でホビット族の小人ビルボ・バギンズと同じぐらいの大きさだった。


ゴクリは、唾を飲みこむ時に喉を不気味にゴクリと鳴らすのでつけられた名前で、自分のことを「いとしいしと」と呼んでいる。
他に話しかける人がいないので自分に向かって独り言をいう癖がついており、食べ物は魚や姿が見えなくなる指輪(黄金)をはめて絞めたゴブリン(他の小人族・王だけは巨大)たちだった。


大昔のこと、ゴクリは仲間全部と死に別れ、ただ一人追われ追われて山の奥底の暗闇にしだいしだいにもぐり込んでしまったのだった。
ゴクリの宝物は金の指輪だったが、ちびのゴブリンがきいきい泣くのをしねった(ひねった・殺した)時に落としてなくしていた。
ゴクリはホビット族の小人ビルボ・バギンズを食べたいために、またホビット族の小人ビルボ・バギンズは、ゴクリに地底湖からの出口を教えてもらうためになぞなぞをかけ合うことになった。
7つのなぞなぞを交互に解いた後、ホビット族の小人ビルボ・バギンズが8つ目のなぞなぞを出す時になって、お互いに正道からそれてしまう(なぞなぞ遊びと言うものは神聖な遊びごとで、どんな悪い奴でも、この遊びで相手をだましてはいけないことになっていた)のだが、その理由や言い分や詩的な謎かけや答えについては次回にまわすことにする。


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「ホビットの冒険」上・下巻 岩波少年文庫 J.R.R.トルーキン作 瀬田貞二訳
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怪人ゴラム  映画「ホビット 思いがけない冒険」の狂気 と 賢治童話「洞熊学校を卒業した3人」の狂気ほか [映画と童話]

映画「ホビット 思いがけない冒険」の中には、数百年にわたって霧ふり山の洞窟の地底湖に棲んでいる怪人ゴラムが出てくる。                                                      
奇怪な容姿をした孤独なゴラムは二重人格であり、指にはめると姿が見えなくなると言う霊力のある魅力的な金の指輪を所有していて、「いとしい し と (人)」と独特な言葉使いでその指輪に呼びかける。
(ホビットの冒険・岩波少年文庫で調べてみると、指輪に呼びかけていたのではなく、話し相手がいないのでほとんど自分自身にいとしい し と、と話しかけていたのだったが、指輪にも「いとしい しと」と呼びかけている場面があったので気にしないことにした。)
ホビット族の青年ビルボに対しては、人間になぞなぞを課したスフィンクスのようになぞなぞを吹っかけ、答えられない場合には「食うぞ」と言って迫って来る。
普段の生活では、なぞなぞには命をかけたりしないが、怪人ゴラムは相手に命をかけさせ食べようとする所に狂気が入りこんで来ている。


地底怪人 ゴラム    
映画「ホビット 思いがけない冒険」  監督 ピーター・ジャクソン 170分 日本公開12月14日
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怪人ゴラムは、洞窟内に落ちて来たホビット族の青年ビルボになぞなぞを仕掛け、解き明かすことが出来なければ「お前を食う」と言う。
怪人ゴラムはなぞなぞにかけては頭の回転が早く、創造力も豊かで指摘も鋭い。
なぞなぞの答えを次々に言い当ててゆくには、かなりの芸術的な想像力が必要だが、間違えれば食われてしまうことになるのでホビット族の青年ビルボも負けてはいられない。
残酷で挍猾で貪欲な怪人ゴラムのはかりごとにのせられて食われないためには、ホビット族の青年ビルボはお人よしのままでいることが出来ず、残酷さ挍猾さ、貪欲さに拮抗するような忍耐力と勇気を持たなくてはならなかった。
怪人ゴラムに恐れを持つと、思考もままならなくなり、直観力も働かなくなることがひしひしと感じられる興味深い場面なので小説を読んでみたいと思っている。


賢治童話「洞熊(ほらぐま)学校を卒業した3人」には、一番になろうと一生懸命競争する蜘蛛となめくじと狸が出て来て、お互い腹の中では、「 へん、あいつらに何が出来るもんか、これから誰が一番偉くなるか見ていろ 」などとそのことばかり考えている。
賢治の童話には、辛辣で生々しく、一見とぼけているように見えるけれど、内面の奥深いところで狂気を含んで動く感情や欲望が出てくる。
命をつないでゆくためには、相手をだまして食べなくてはならない所まで追いつめられた蜘蛛となめくじと狸の3人は、どうなってゆくのか、3人の先生である洞熊先生は、弱肉強食の生活において、いったい生徒たちに何を教えていたのか大いに疑問が湧く。


童話「銀河鉄道の夜」の中で、星まつりの夜、川の事故で亡くなるのはカンパネルラと言う少年だが、いっしょに銀河鉄道に乗って行くもう一人の少年ジョバンニはこの世にまだとどまっていて、魂だけがカンパネルラに寄り添って行く。
ジョバンニはカンパネルラを一番の友達だと思っていて、本当は常にいっしょに行動したいと思っていたが、貧しいために働かねばならずそれが出来なかった。
カンパネルラは父親同士が友人関係にある貧しい少年のジョバンニと一緒に行動をしょうとはせず、命をささげることになったザネリ(カンパネルラは川に落ちたザネリを助けて命を落とす)やその仲間たちと行動した。
カンパネルラはジョバンニをあざける少年たちの集団の中にいて気の毒そうにしていたが、面と向かってジョバンニをかばおうとはしていない。
カンパネルラが少女と楽しく話したりするとジョバンニは嫉妬して「 僕といっしょに汽車に乗っていながら まるであんな女の子とばかり談しているんだもの。本当につらい。」とつぶやくのである。


~~~~ 続く ~~~~
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