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臨終の日の宮澤賢治が森荘巳池を訪ねてきた話 「宮沢賢治の霊の世界」桑原啓善著 土曜美術社 [本]

賢治2.jpg
「宮沢賢治の霊の世界」桑原啓善著 土曜美術社



<臨終の日の宮沢賢治>
森荘巳池(もりそういち)・談

(宮沢賢治の)臨終の日です。昭和八年九月二十一日ですね。
早朝四時半か五時、賢治がこの家に来たのです。
私が寝ていますと、階下の土間を人が歩く音がするのです。
ゴム靴(ダルマ靴)を履いて歩く音です。
二度・三度も行き来するので、隣に寝ていた妻も気がついて、てっきり泥棒だと思いましてね。
私は階段を下りて、そうですね、下から三段目まで降りたところで、音はパタリと消えたのです。
階下の土間には電灯が付いていて、誰もいません。
鍵はかかったままで、何事もないのです。
その時、お茶を運んで来られた森夫人が「そうなんですよ。宮澤さんは、いつもゴム靴をはいていて、歩くとゴボゴボ音がするのです。その音ですよ」

ダルマ靴.jpg
宮沢賢治がはいていたゴム靴(ダルマ靴)は高価だったため、リヤカーと同じくなかなか農民には手の届かないものだった。



桑原啓善・談

宮沢賢治と親しく交流し、賢治が何度も家に泊っていた直木賞作家の森荘巳池(もりそういち)氏は、その著書「宮沢賢治の肖像」の中で、「私はほとんど会うごとに(宮沢賢治に)<怪力乱神>ばなしを聞かされていたと述べている。
賢治は、異界を霊視出来ることを人に話すことを父親から止められていたが、森荘巳池氏には会うたびに<怪力鬼神>の話をしていた。

森荘巳池氏の著書「宮沢賢治の肖像」を読んだ桑原啓善氏は、意を決して、盛岡市に氏を訪ねた。
それは「鬼神」ばなしの中に、宮沢賢治の秘密を解く一切の鍵があるように思えたからである。
「賢治には、迷った魂のようなものが、よく見えていたようです。ですがそれを口にしないのは、、関係者がいるから、そのひとを傷つけてはいけない、だから話さないと、この部屋(賢治がよく泊っていた森荘巳池氏の部屋)で私に語りました。
賢治は<瞬時といえども、人をまどわせてはいけない>そういう強いモットーに生きた人です。
別れの時に、森荘巳池氏は「清六さん(賢治の弟)を訪ねても、鬼神の話はタブーです。聞いてはいけません」と注意してくれたと桑原啓善氏は書いています。

※桑原啓善氏  心霊研究家・詩人


★しまいこんであった宮沢賢治関係の本20冊余りを、10年~20年ぶりに開いてみると、とんでもないことが分かった。
辺りが一変してしまったように新鮮に見えてきて、でも怖いような、もう一歩入り込めたような不思議でありがたい気分で読み続けているが、体調はすこぶる良くなってきた。


~~まだつづく~~~


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宮澤賢治が出会った怪異や幽霊(1) 「素顔の宮沢賢治」板谷栄城著 平凡社 [本]

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「素顔の宮沢賢治」 板谷栄城(1928~)著

★賢治が26歳の時(大正14年11月17日)に、最愛の妹のトシが24歳で結核で亡くなります。

「素顔の宮沢賢治」板谷栄城著
<宮沢賢治の体験談>

今日は君たちに幽霊の話をしよう。
実は昨夜、死んだとし子が俺を訪ねてきたんだ。
しばらく蚊帳の中で話をし、「迷いごとがあったらいつでも訪ねて来い」と言って、仏壇の前に連れて行き、法華経を唱えてやった。
そして玄関を開け、支えるようにして帰してやったんだが、すぐそばに寝ていた父にも母にも、おれの姿しか見えなかったらしい。

宮澤トシ.jpg

<素顔の宮沢賢治・板谷栄城著>
賢治がそう話すと、教室中がシーンとなり、みなつばをのんだと、教え子の松田浩一が語っています。成仏できないで行く先を迷っている死者の霊が、幽霊になって現れるのですから、この話は賢治が「妹トシの霊が成仏できずにいる」と、思っていたということを示します。
だからこそ賢治は霊界のトシからの通信をもとめて、かつて二人で語り合った霊界に似て、空も海も青く風も冷たく澄みきったサハリンへの一人旅に出たのでしょう。


★トシが亡くなった次の年の7月に賢治はトシからの霊界通信をもとめて、青森、北海道、樺太(サハリン)へ旅をします。
心象スケッチ「春と修羅第一集」の「青森挽歌」「オホーツク挽歌」に妹のトシがとし子の名前で出てきます。
亡くなったとし子が天国に行ったか、幽界でさまよっているのかを確かめたいと思ったようです。
賢治は近隣の人が亡くなるとその状況や行き先がどうであるかなどわかっていたようですが、妹の死はあまりに悲しすぎて心の迷いが起こり行く先が皆目見えなかったようです。
宮澤家では賢治の霊能力を世間に公言することはタブーとされていました。


以下の詩「青森挽歌」は、長い詩なので、霊界にいるとし子を追い求めているところが顕著に分かるところを抜粋。
「銀河鉄道の夜」のジョバンニやカンパネルラに重なり通ずるところがあります。
人が亡くなって肉体を失ってから、ブログ主にはまだはっきりとした実感のない、霊魂と言われているものは、いったいどこへ行くのか、本当にそんなことがあるのか、信じる人だけに分かることなのか・・・・・。
霊界への認識と体感が自分のものにならないと、賢治童話や詩が読めてこない、見えてこない、聞こえてこないような気がしてなりません。



<とし子との霊界通信をもとめての旅>
心象スケッチ(詩) 「青森挽歌」 宮沢賢治作

~割愛~
あいつはこんなさびしい停車場を
たったひとりで通っていったらうか
どこに行くともわからないその方向を
どの種類の世界へ はいるともしれないそのみちを
たったひとりでさびしくあるいて行ったらうか
~割愛~
とし子はみんなが死ぬとなづける
そのやりかたを通って行き
それからさきどこへ行ったかわからない
それはおれたちの空間の方向で はかれない
感ぜられない方向を感じようとするときは
だれだってみんなぐるぐるする
~割愛~
わたくしたちが死んだといって泣いた後
とし子はまだまだこの世かいのからだを感じ
ねつやいたみをはなれたほのかなねむりのなかで
ここでみるようなゆめをみてゐたかもしれない
そしてわたしはそのしずかな夢幻が
つぎのせかいへつづくため
明るいいい匂いのするものだったことを
どんなにねがふかわからない
~割愛~
なぜ通信が許されないのか
許されてゐる そして私のうけとった通信は
母が夏のかん病のよるにゆめみたとおなじだ
~割愛~
あいつはどこへ堕ちようと
もう無上道に属している     ※無上道(悟りの境地)
((みんなむかしからのきょうだいなのだから
けっしてひとりをいのってはいけない))
                                                                                                                                        

~~~宮澤賢治が出会った怪異や幽霊話 つづく~~~



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[宮沢賢治 宝石の図誌」板谷栄城著(3)  宝石文学の圧巻 [本]

<賢治は宝石の美しさの描写の凄腕の達人だった>
稗貫農学校の教師や農民や科学者としての能力、セールスや技師としての仕事の失敗は、心象作品の真価とは別物。

童話「十力の金剛石」より一部抜粋 ★9つの宝石が出てきます。想像を絶します。

その宝石の雨は、草に落ちてカチンカチンと鳴りました。
りんどうの花は刻まれた天河石と、打ち劈(くだ)かれた天河石で組み上がりその葉は、なめらかな硅孔雀石で出来ていました。
黄色な草穂はかがやく猫睛石(キャッツアイ)、
いちめんのうめばちさうの花びらはかすかな虹を含む乳色の蛋白石
たうやく(せんぶり)の葉は碧玉、そのつぼみは紫水晶の美しいさきを持っていました。
そしてそれらの中で一番立派なのは小さな野ばらの木でした。
野ばらの枝は茶色の琥珀や紫がかった霰石(あられいし)で磨きあげられ、その実はまっかなルビーでした。

天河石(てんがせき)
てんがせき.jpg
★孔雀石
クジャク石.jpg

★蛋白石(たんぱくせき)オパールのこと
オパール.jpg

★あられいしの一部(もっと様々な色や形がある)
霰石1.jpg



<ごく個人的な記述>
★賢治童話「どんぐりと山猫」が子供のころから大好きでした。ひところは暗記していましたが今はだめですね。

★昨年12月に「宮沢賢治のオノマトペ集」を面白く読み始めてから、それまで買いため積んでおいた賢治関係の本を再読、再見することにしました。
何度か花巻を訪れてから20年たって、ちょうど再読する心の状態が今頃個人的にやってきたようです。

★自分の記憶の整理のために賢治関係の本の一部を(童話集、詩集、書簡集は除く)ここに記録。
「宮沢賢治 宝石の図誌」、「宮沢賢治 宝石の図誌」、「宮沢賢治 宝石の図誌」、「素顔の宮沢賢治・板谷栄城」、「賢治と岩手を歩く・板谷栄城」、「宮沢賢治の音楽・佐藤泰平」、「兄のトランク・宮澤清六」、「隠された恋 若き賢治の修羅と愛・牧野立雄」、など写真集も入れて他に12冊ばかり。


賢治は、体の酷使と発病、再発を繰り返しながら、羅須地人協会の活動も自然消滅し、なおかつ父に資金のバックアップをしてもらっていた東北砕石工場もうまくいかず熱に倒れます。

父親の政治郎さんや母のイチさん、弟の清六さんに見守られながら、賢治が亡くなったのは下根子・桜(しもねこ・ざくら)の別宅だった。
みずからオキシフルをつけた脱脂綿で体を清めている最中にポロッと脱脂綿を落として息絶えた賢治は、家族の温かい愛情が感じられる最後を送ることができたことについては幸せだったと思います。
○(妹のトシさんはすでに病没。妹のシゲさんクニさんはその場にいたかどうか、調べ不足でブログ主にはまだわからない)
○下根子・桜(しもねこ・ざくら)の別宅(羅須地人協会)は財閥であった祖父の喜助の別荘だった。

~~~つづく~~~

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「宮沢賢治 宝石の図誌」板谷栄城著 (2) 読者による思い込みと勘違い [本]

「宮沢賢治 宝石の図誌」  板谷栄城著
宝石の図誌.jpg
宮沢賢治 (1896年~1933年)享年37歳で永眠

宮沢賢治と金襴豪華(きんらんごうか)な宝石文学の取り合わせをいぶかしく思われる人に
読者による思い込みと勘違い
<板谷栄城さんのまえがきとあとがきより>


宮沢賢治と言うとたいていの人が合言葉のように名高い「雨ニモマケズ」を思い出し、うつむいて大地を見つめながら、農民の苦しみに思いをはせる苦悩に満ちた姿を、思い浮かべることが多いのではないのでしょうか。
そしてそのような人たちの中には、賢治がいつも質素な労働服を身にまといつつも粗末な食事をし、およそ贅沢などとは縁の遠い清貧の人であったと、思い込んでいる方も少なくないかもしれません。
そのような先入観を持った人たちにとって、賢治と宝石という取り合わせは、おそろしく不似合いなものに映ることでしょう。
詩集「春と修羅」や童話集「注文の多い料理店」を出版したころは、賢治は新しい物の好きなモダンでハイカラな青年で、白い麻の服に手製のネクタイ、パナマハットに赤革の靴で旅していました。(まえがきより)


賢治の下宿代(食事付)が一カ月15円のころに80円~90円の給料をとり、それをすべてレコードや本の購入、貧しい生徒たちへの援助に使っており、賢治の生活は裕福で優雅であったと言っていいでしょう。
花巻農学校の男子生徒たちを当時一流のレストランに連れて行って、ナイフやフォークの使い方を教えたりもしました。
浮世絵の大量の蒐集、上京して楽器の購入(チエロ他)やエスペラント語、宝石の研磨技術の習得、採算の取れない商売の考案などなど。
賢治をめぐる8人の女性がいて、お見合いもしています。


「宮沢賢治 宝石の図誌」には、賢治の名高い農民への献身や「みんなの本当の幸せ」をもとめるという崇高な精神は見当たらない。
賢治が農業や農民や農村のことに関心を抱くようになったのは意外に遅くて、花巻農学校の教師時代の後半、年齢にして二十九歳のごろからだった。そしてそれまでの賢治の頭の中は法華経の布教のことと、心象文学で世に出ることでいっぱいでした。(あとがき)
伝記などには賢治が幼いころから貧しい農民に同情していたとあるものですから、なんとなく賢治は生涯を通じて農民の苦悩を苦悩としたというように、勘違いされがちだったです。
若いころの賢治が農業に無関心だったことは、14歳のころから年数にして10年ほど、数にして800余首ほど詠んだ短歌の中に、農民や農村のことにふれてものが皆無であるということからも明らかでしょう。
37歳で亡くなる前には、からだを粗末にしたことへの後悔や傲慢さを手紙で述べています。


<瑠璃>
瑠璃は、賢治が心に描いた極楽浄土の地面の色であり、そしてまた異次元の世界の色だった
瑠璃.jpg


ティンダル現象.jpg
★光でできたパイプオルガン・・・ティンダル現象
 空気や溶液の中に細かい霧や塵が散在しているときに見られる


もしも楽器がなかったら
いゝかおまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいい

(楽才に恵まれた教え子を激励している詩の一部)



~~~つづく~~~

★以後、子供向けに編集された賢治童話以外の童話、賢治最後の手紙(自分の傲慢さについて語ってる)、  賢治が出会った怪異や幽霊話も紹介します。




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「宮沢賢治 宝石の図誌」(板谷栄城著) (1) 現実世界と心象世界の境界 [本]

「宮沢賢治 宝石の図誌」 板谷栄城著 平凡社 
図誌宝石の.jpg
私は「宮沢賢治 宝石の図誌」(板谷栄城著)を20年前に入手していましたが、本物の宝石や原石に出会ったことがありませんでしたので、この本の中に紹介されている絢爛豪華な一大宝石絵巻と言われている賢治童話「十力の金剛石」の中に出てくる宝石をイメージする能力がいまひとつ貧弱で、その他にも掲載されている宝石童話のいくつかをも実感として読み切れていませんでした。


現在も、宝石の標本を集めた本とは全く違う趣向の「宮沢賢治 宝石の図誌」の、片面ページB5の画面いっぱいに広がる宝石類、玉髄や孔雀石やオパールやエメラルドや天河石(てんがせき・青に白い筋がはいっていて青い霜降り肉といった感じの宝石)や金剛石(ダイヤモンド)などなどの写真をただただ眺めては、感嘆のため息をついているだけなのです。
石ッコ賢さんと呼ばれ、ひところは宝石や貴石の研磨、合成の仕事をしようとも考えていた賢治は、宝石に詳しいのは当たり前でした。



現実世界で風が「どう」と吹いてきたりすると心象世界に続いている境界に立っていることになります。


板谷栄城さんは、「宮沢賢治 宝石の図誌」の中でこう書いておられます。
「実は風に草穂が波立つと言う時には、賢治の心が現実の世界と心象の世界の境界付近にあるのです。したがってこの部分は、このあたりから物語が心象の世界に入っていくということ示していると考えてさしつかえありません」

私(ブログ主)にとっても「このあたり」はとても興味深く心ひかれる大事な場所です。

童話「十力の金剛石」の中に出てくる王子は、自分の青い帽子の飾りの青い蜂雀(南北両アメリカにすむ大人の親指大の鳥で空飛ぶ宝石と言われている)に、どうして歌ったり飛んだりできるのかとたずねます。
なぜかと申しますと、帽子の飾りの青い蜂雀は無機物なので生きているように語るのが不思議だったからです。
青い蜂雀は答えます「はい。ここからは私共の歌ったり飛んだりできる所(心象世界)になってゐるのでございます。ご案内致しませう。」

板谷栄城さんが申されますには、蜂雀たちの「ここからは私共の歌ったり飛んだりできる所になってゐるのでございます。」という言葉は、ここからはっきりと心象の世界に入ったということを示しています。2人(王子とつれの大臣の子ども)が蜂雀のあとをついてゆくと、にわかに辺りが明るくなります。


めくるめく心象風景が現れます(ブログ主の言)


童話「十力の金剛石」の一部
ザッ、ザ、ザ、ザザァザ、ザザァザ、ザザァ
ふらばふれふれ、ひでりあめ、
トパァズ、サファィァ、ダイヤモンド
宝石の雨はあらゆる小さな虹をあげました。
金剛石(ダイヤモンド)がはげしくぶっつかり合っては青い燐光を起こしました。


~~~つづく~~~



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宮沢賢治のオノマトペ集 [本]

「宮沢賢治のオノマトペ集」
栗原敦監修 杉田淳子編  尾崎仁美・手描き文字 ちくま文庫 ¥880+税
157のオノマトペを紹介している
宮沢賢治のオノマトペ集.jpg

日光の照射が少ない冬の日の私の睡眠導入の本になっている「宮沢賢治のオノマトペ集」。
オノマトペ(フランス語)とは、擬音語、擬態語、(擬声語)のことである。
日ごろ慣れ親しんだオノマトペ「つるつる」「ユラリユラリ」「さらさら」「とっぷり」「ごとんごとん」も、宮沢賢治の童話の中で使われるといっそうイメージが豊かになる。

私たちが日常的に口にする、擬音語、擬態語(オノマトペ)は、賢治童話の中で、質感としても視覚としても、より鮮やかに体感できるように使われている。
「つるつる」は、「まっ青なつるつるした空」(なめとこ山の熊より)
「ユラリユラリ」は、「東の空が白く燃え、ユラリユラリと揺れはじめました」(いてふの実より)
「さらさら」は、「草がからだを曲げて、パチパチ云ったり、さらさら鳴ったりしました」(風の又三郎より)
「とっぷり」は、見ると東のとっぷりとした青い山脈の上に、大きなやさしい桃いろの月がのぼったのでした(かしはばやしの夜より)
「ごとんごとん」は、風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました(注文の多い料理店より)


本の帯には「うるうる、かぷかぷ、キインキイン、ぐんにゃり、コチコチ、ごとんごとん、すぱすぱ、どほん、にがにがにがにが」と言うオノマトペが載っている。




私が個人的に、季節によってもたらされる自然現象にあいながら、その時々、口に出して味わっている言葉は、

「どっどど どどうど どどうど どどう」(風の又三郎より)

「キックキックトントン キックキックトントン」狐の紺三郎が足を踏みならして踊る様(雪わたりより)

「かぷかぷ」(クラムボンはかぷかぷわらったよ・クラムボンとは水のあぶくのことらしい)(やまなしより)

「がやがやがやがや」(どんぐりと山猫より)

「ギイギイギイフウ ギイギイフウ」ほうき星がたてるおもしろい音(双子の星より)

「ギギンザン、リン、ギギン」宝石の草花が露を払って起き上る音(十力の金剛石より)

「しゃりん しゃりん」風が来たので鈴蘭は、葉や花を互いにぶっつけて、しゃりんしゃりんと鳴りました(貝の火より)

「どってこ、どってこ」 たくさんの白いきのこが踊る様(どんぐりと山猫より)

「どしどし」ジョバンニは手を大きく振ってどしどし学校の門を出て来ました(銀河鉄道の夜より)
個人的に大好きなのは、「お日さまは、空のずうっと遠くのすきとおったつめたいとこで、まばゆい白い火を、どしどしおたきなさいます」のどしどしです。(水仙月の4日)

山が盛り上がっている様子を「うるうる」(まわりの山は、みんなたったいまできたばかりのように、うるうるもりあがって、まっ青なそらのしたにならんでいました・どんぐりと山猫より)などまだまだ書き出したいものは沢山あるけれど、「宮沢賢治のオノマトペ集」という本は、賢治童話を何度も読み返すきっかけになっている。



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強迫性障害をかかえた名探偵  モンクの魅力 [映画・テレビ]

モンク2.jpg

名探偵モンクは、強迫性障害をかかえていて、額縁や物のゆがみやずれを直して回る。
高所・暗所の恐怖症がある。
抜群な記憶力と推理力を持っていて、一度見たものは忘れず、違和感のあるものを見つ出すのが得意である。
左右対称形を好む。数は10や100などキリの良いものを好む。
柱や突起物をすべて触って歩く。握手をした後は除菌テッシュで必ず拭く。
複数のジグゾーパズルを同時に完了させることができる。
絵の具を混ぜるのが嫌いなので絵を描かない。
料理も混ざり合うのがいやである。
などまだまだ苦手なも嫌いなものが多数ある。



サンフランシスコ市警の刑事として働いていたエイドリアン・モンク(トニー・シャルーブ)は、妻のトゥルーディーが殺害されたことによって強迫性障害がひどくなった。
仕事を休職し、自宅に三年間閉じこもった後、看護師である明るく面倒見の良いシャローナ・フレミングをアシスタントに採用し(途中でアシスタントはナタリーに変わる)、警察の犯罪コンサルタントとして様々な恐怖症と戦いながら、復職とトゥルーディー事件の解決を目指している。
モンクとアシスタントとの間では、恋愛感情は皆無である。
妻のトゥルーディーがいない悲哀の中、モンクのけなげさが漂い、強迫性障害はユーモラスな態度として現れる。
上司のストットルマイヤー警部や警部補のディッシャーからは能力を買われてもおり信頼されている。
精神分析医にカウンセリングを受けている。


強迫性障害(きょうはくせいしょうがい)とは
不合理な行為や思考を自分の意に反して反復してしまう精神疾患の一種。
同じ行為を繰り返してしまう「強迫行為」と、同じ思考を繰り返してしまう「強迫観念」からなっている



筆者は「モンクはスーパー店員」(シーズン3 第7話)を2014年12月にテレビで見て
庶民的で頭脳明晰なモンクのファンになった。
以後、つたやのDVDを借りて見ている。(シーズン1~シーズン8・アメリカ ケーブルテレビ制作)
モンク スーパー店員.png
大手スーパーの優秀な店員が荷物の下敷きになり亡くなった。
スーパーの警備主任ジョーは、モンクの元相棒刑事で、コカイン着服疑惑で警察を辞めさせられていた。
モンクは内部の人間の犯行だと推理し、ジョーの麻薬着服事件の濡れ衣も晴らす。



鯨のデール 
巨体なのでベットに寝て暮らしている 陰険な大富豪
モンクの妻のトゥルーディーの殺人事件にかかわっているらしい。
鯨.jpg


★近日テレビ放映  
2015年1月7日(水)23時~24時 4BS(日テレ)全16話 シーズン3 第9話「ぶっ飛びモンク」
2015年1月14日(水)23時~24時 4BS(日テレ)全16話 シーズン3 第10話「求むアシスタント」


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闇がなければ・・・・  「陰陽師」11巻 白虎 [漫画(コミック)]

「陰陽師」 作画岡野玲子 原作夢枕獏  白泉社 全13巻



「あらゆる種は、闇がなければ発芽しないのだ」   陰陽師11巻白虎より
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昨年暮れからひきつづき、夜な夜な目がさえた時に1巻から読むというよりも眺めて過ごしている。
残り少なくなって11巻まで来た。
物語半ば、陰陽師の安部清明(あべのせいめい)と源博雅が闇について語り合っているところがある。
言葉を発しているのはほとんどが清明であるが。
私にはそのような体験がなく、俗悪で雑な生活の中で想像するばかりなので、よくは理解できないが書き出してみることにした。


清明
「人の心にあるなどという闇や、鬼の棲むなどという闇は、闇のうちにも入らぬ。」「真の闇の中に存在できるのは粋美(すいび)だ」 「真の闇とは、鍛え上げられ、研ぎ澄まされた、不純物のない剣や、磨きあげられた鏡と同じだ」
「命取りになるのは、自らの中の、曇った暗黒、すなわち情念だ」 「だから普通の者は、闇へは近づかない」

博雅
「おぬしは、その闇の底の底に立っているのだな」


清明
「たとえ深い井戸の底から、星を射抜くという雲をつかむような不可解な事も、それが最上で一番効率がよくそれ以上の方法がなければ実行する」
「あらゆる種は、闇がなければ発芽しないのだ」 




★見に行けた劇場映画は「6才のボクが 大人になるまで」


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