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夏の婚礼用振袖(昭和初期の盛装) [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

夏の花嫁衣装.jpg
「夏のおしゃれ」・池田重子 実業の日本社


常日頃は、和服とは無関係な時を過ごしている館主が、憧れを持って見つめて見た。
東西の財と、究極の美意識を結集したあつらえである、夏の婚礼振袖(昭和初期の盛装)。
音響効果抜群の滝の奥にある苔むした洞穴には、宝石の鎮座する静かなところがあって、そこで秘宝を見つめているようなイメージです。


黒地の(絽縮緬・ろちりめん)に金銀赤青の檜扇(ひおうぎ)のひもや、薬玉(くす玉)のひもが、すそや振袖の下から、重なりながら噴きあげ、そうめんが水に浮かんだようにそよいでいる。
夢見心地の風に吹かれて、こちらまで晴れやかになる。


婚礼衣装の裾には赤い逆雲取り(さかぐもどり)の模様、ずっと上がってきて、牡丹、撫子、桔梗、萩、鉄線などの初夏から秋の花が調和しながら咲き乱れている。
帯揚げは赤の絞り、着物全体は朱赤が、ちょうどよいくらいの配色であでやかに場所をしめている。


えりが合わさる所に差し込まれている、装飾的な小物入れの筥迫(はこせこ)には、金襴緞子(きんらんどんす)の雌雄の鶴の刺繍がほどこされている。
中には懐紙、鏡、紅、お香、お守りなどが入れられている。
筥迫(はこせこ)の上側に、銀の細い鎖が12本ほど付いていて、帯揚げのあたりにまで垂れている。
鎖の先には鳳凰にも花にも見える銀の飾りがついていて、常にかんざしのように揺れる。
もう一つ筥迫(はこせこ)から、朱の中に白の混ざった房が、帯の下あたりまで下がっている。
これも揺れる。あまりの美しさ可憐さに言いようがない。


帯は絽で、赤白金の扇子の刺繍で、着物に引けを取らない気品と力強さがある。
帯は女性の結界であって守られているとも聞いている。
半えりには、鳳凰が刺繍されている。
婚礼衣装には帯留めがないが、その代り帯締めは、2本取りの白の気品ある絽縮緬である。
細い草に玉の露。
半円の水の流れ。

〇絽とは、7月8月に着る透けた布

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「阿蘭陀船」 ブローチにもなる帯どめ [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

一年前の明日、空前絶後の震災に遭遇してしまった東日本の復興を願うばかりである。
4階建ての屋上にまで津波が来た、石巻の市庁舎の映像がテレビに映ったが、息をのむほかない。
何を言っても書いても、慰めにはならないだろう。


<映画への讃美>3D映画「ヒューゴの不思議な発明」
憂いを帯びたクールな美しさを持つ、機械仕掛けの崩れてしまったからくり人形を修理するヒユーゴ少年は、パリの時計台に住んでいた。
ヒユーゴ少年は戦争で映画製作の夢を崩された元映画監督で、現在はおもちゃ屋の老人ジョルジュや娘と知り合う。
機械仕掛けのからくり人形の胸にあるハート型の鍵穴にあう鍵は少女が持っていた。
機械仕掛けのからくり人形が描く、映画の下絵(デッサン)がみんなを結びつける。
しばしば思ったのだが、パンを盗むヒューゴ少年の姿はあるが、食事の場面は一切出てこない。
誰もがコートや外套を着ている雪のちらつく寒い冬の時期に、ヒューゴ少年は薄いセ―タとジャケット1枚の服装だ。貧しい食事と薄着で、1930年代のパリの駅の時計台生活は乗り切れないだろうと痛々しく思った。

「阿蘭陀船」 
帆船を見ると浮き浮きしてくる。
とにかくまずは船出していて、次々に新しい方向に挑戦ができてゆくことを、不安ながらも信じられるからだろう。
現在に居ながらにして、未来を先取りし、その未来から現在を追想して見ることができるからかもしれない。
心配していても仕方がない、なるようになるさ、いやなって欲しい、そうなるようにやっていこう、そしたらこうなるに違いないと元気さえ出てくる。
ユーモラスな阿蘭陀船が宝の船に見える。

阿蘭陀船のブローチ 象牙   参考 写真集 池田重子コレクション「帯留め」
8角形の象牙の台座の上を、銀の波を蹴立てて、滑ってゆく丸いかわいい螺鈿の帆船。
走って行く状態にあリながら、静止した帯留めであるからして、象牙の台座の海は、永遠に途切れない。
金・銀・緑色の7つの帆の上に、紅い珊瑚の旗がめでたくも3本翻っている。
真ん中の見張り台あたりから、金色の船体へ緑色の縄梯子が下りてきている。
登り降りする梯子を使って、毎日海底の宝石の鉱脈を探り、海中の大章魚、大烏賊、大海亀を眺め、さらには絶滅せずに生き残っていた始祖鳥を空に発見し、船体に戻って快く眠り、夜には星を眺めると言う遊び心がうまれる。
風は左から、宝船を押し、右へ向かっている。
私も背中を押してくれている風を感じる力が欲しい。

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ツタンカーメンのえんどう豆とすずめの佐和音ちゃん [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

ロシアの永久凍土(地下38メートル)の植物の化石の一部を培養して、3万年前に咲いていたナデシコ科の白い花を最近咲かせることができた話題は、世界を駆け巡り、10日ほど前に私のもとへもやって来た。
ナデシコの化石は氷河期のリスの巣穴から見つかった。
ロシアの永久凍土の地下38メートルを採掘したと聞くと、放射性廃棄物(十万年しないと無化しない)が、ひそかにフィンランドのオルキルオト島のオンカロ(隠された場所)、地下5百メートルの地層に埋められつつあるのを思い出す。
1万年後の人類が研究のために5百メートル地下を採掘しないとも限らない。背筋が寒くなる話だ。

2千年前の日本の弥生時代の遺跡から見つかった蓮の実が1952年に花を咲かせた話も珍しくない。
3万年前のナデシコと2千年前の蓮の花はまだ見たことがないが、3千3百年前のツタンカーメンの墓の副葬品の中から出てきたえんどう豆の子孫は手にとって見たことがある。
ツタンカーメンのえんどう豆の花は普通のえんどう豆とあまり変わらず、ピンクの中心が濃い紫でとってもおしゃれ。
普通のえんどう豆は、豆ご飯にすると緑と白のご飯のままだが、ツタンカーメンのえんどう豆は、お米がピンクになり、お赤飯のようになるのが特徴である。かなり濃い豆の味がして美味しい。

3千三百年前の、ツタンカーメンのお墓から出てきたえんどうまめの子孫を、10年前に友人からもらってからと言うもの、欲しいという人に郵送したり手渡したりしている。
収穫時の5月には、実ったツタンカーメンのえんどうまめを、沢山いただいてしまうので、食べきれなかったものは、ベランダに干して保存し秋に種としてまた人に配ることにしていた。
ベランダにツタンカーメンのえんどうまめを干しているとおしゃべりなすずめたちがやってくる。
誰も教えないのに、なぜすずめたちに、ツタンカーメンのえんどうまめが、ベランダに干してあることが分かるのだろう?
ベランダもすずめたちの散策ルートに入っているのだろうか?
人影がなくなると3羽〜5羽でにぎやかにさえずりながら、ツタンカーメンのえんどうまめをついばんでいる。
毎年現れるすずめ全部に、佐和音(さわね)ちゃんと言う名を付けて、様子をうかがっていた。
網戸を閉め忘れて出かけて帰ってみると、明らかに佐和音ちゃんが、布団の上や食卓で遊んだ跡が残されている。
台所のボールで水遊びする佐和音ちゃんをこっそり見てよろこんでいた。
出て行く窓がわからなくなって網戸にへばりつき、ジュクジュク騒いでいる佐和音ちゃんを手に抱えて空に逃がした。
洗濯物にもぐって、ピンクのハンカチドレスを着ていた佐和音ちゃん。
時たま現れるカラスに中空でやられて地面に落ちて即死する佐和音ちゃんもいた。
猫も寄ってきてカカカカとひげを震わせながら、ベランダの佐和音ちゃんを見つめていた。
すずめのお宿で、のんびりと呼吸をし、春は筍堀りや山菜摘み、夏は夕涼みと蛍狩り、秋は紅葉とキノコ狩り、冬は雪見酒などして暮らしていたいと思う日が増えてきた。
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阿修羅のジュエリー(4)  鶴岡真弓著 [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

パソコンとつながっている機械CTUが不具合になり、メールの送受信ができず、インターネットもできなくなっていました。
休みなのに熱が出て、まんじりともせず4日~5日過ごしていました。
サポーターの方にやっと来ていただき、今日めでたく投稿できました。



阿修羅のジュエリーの生命力を備えた花と星のデザインは、仏教美術以前にさかのぼって考えなくてはならない。
奈良から朝鮮半島、中国、西域、中央アジア、インド、東南アジア、ペルシャ(イラン)、メソポタミア、トルコ、エジプト、ギリシア、イタリアにつながっている時間と空間の気の遠くなるような旅。
奈良からの矢印は逆向きにイタリアからの矢印でもある。息切れしそうである。
鶴岡真弓さんの「阿修羅のジュエリー」と言う本は写真付きで言葉遣いもわかりやすく丁寧だ。
阿修羅と言う神は、インドにやってくる前は、ペルシャの太陽神だった。
7世紀のササン朝ペルシャの金貨に鋳造されている太陽神は、温顔で頭から光を放っている。
阿修羅はペルシャからインドに来てどういう考えなのか鬼神になっている。
「アラジンと魔法のランプ」のアニメの中に出てきた鬼神とごっちゃにしてはならないが、アニメで宝物の番人をしている手が数本もある鬼神が、次々に幾本もの矢を射かけて来た異様な恐ろしさは忘れられない。
日本の阿修羅像を18歳のころはじめて見た時には、同じような恐れを感じた。

古代のメソポタミアやペルシャだけとは言わず、王の治めた国々では、豊穣への祈りと、国の人々の財産を守ること、その上に君臨する王の威光を現わすために、花と星のデザインを美術・工芸に使用している。
ケタ外れの金持ちや王の力を借りないとここまでのものはできなかっただろう。
彼らには、清く貧しくなんて、できない者の負け惜しみにしか感じられなかっただろうなと思う。


参考文献 「阿修羅のジュエリー」・鶴岡真弓
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阿修羅のジュエリー(3)  鶴岡真弓著 [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

ナイスをいただいた方のブログは必ず拝見させていただきます。
今日、まだ公開するつもりがなかった下書きの記事「映画館のこまったさんたち」を、記事として公開してしまいました。あわてて取り消しましたが、10分間の間に2名の方からナイスをいただいたようです。申訳ありませんでした。


阿修羅のジュエリー(3)
幼いころ絵日記やテストで、先生に赤い花丸をもらったことがある人も多い。
その花丸は、阿修羅の腰に巻いてあったり、肩からかけている布にある文様の宝相華(ほうそうげ)と同じ一族なのだ。
この宝相華とは、空想上の花である。(中心部の4弁の花びらを白い円で囲み、外側に緑、赤、青の花びらが幾重にも重なっている・鶴岡真弓記)
全身、生命の色として朱色の阿修羅像の巻きスカート地も朱色であるが、そこに上から見たり横から見たりした宝相華が描かれている。(たすきの地は緑色)
宝相華は、仏の世界を象徴するありがたい花なので、花は光であり外側に放射している。
そして花のデザインは、花だけで成立したのではなく、その対応物である星と鏡になって相照らしあっている。
つまり、地上の花は天上の星とペアでありどちらも永遠の光とみなされている。
よく見る*(アステリスク)の記号も星の光(アステリズム)から来ていて、アステルはギリシャ語で星のことだそうだ。
少女マンガの瞳に宿っている星のアステル文様は、ペルシャのアフラ・マズダー神から日本の阿修羅にたどりついた花と光の文様の姉妹である。

~次回に続く~

参考文献 阿修羅のジュエリー・鶴岡真弓
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阿修羅のジュエリー(2)  鶴岡真弓著  2008年 [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

不空羂索観音像の銀の宝冠(東大寺法華堂)は、翡翠、水晶、真珠、琥珀、瑠璃玉で飾られている。
水晶の玉を合掌する手で包んでいるそうだ。
個人が身につけるジュエリーは、気晴らしや憧れにとどまる二次的なものと思われても仕方がないが、仏像の場合は、皆のための希望の光(仏の教え)を具現化したものだと言える。

鶴岡真弓さんは、阿修羅像では、少年のような表情と六臂のアクションがあまりにも全面的に言及の対象になりすぎている。ジュエリーが見落とされ胸飾りが写真に撮られていない場合もある。
ジュエリーやコスチュームの文様の神々しい「装飾の輝き」によって、阿修羅像の超越性や神秘性が強まり、こめられた祈りが昇華されていると言う。
ジュエリーが、仏の神々しさやありがたさを納得させる表現であることを見逃したら、仏像を拝み見たことにはならないそうだ。
天平時代の日本にもたらされた洗練されたジュエリーや花の文様は、メソポタミアやギリシャやペルシャでも育ち、合流しさらに手が加えられたものだ。

ジュエリー一つでこんなにも気の遠くなるようなところへ来てしまった。
あまりにも調べることが多すぎて、収集が付かないが、幸せ感がある。

阿修羅像の合掌した手には、僅かばかりに隙間がある。
不空羂索観音像のようにその両手の中に宝石を包んでいたかもしれない。
阿修羅は乾漆像で、ジュエリーは本物の宝石類ではないが、他の手には、太陽と月を掲げ、弓と矢を持っていた。


~~続く~~

参考文献 「阿修羅のジュエリー」 鶴岡真弓

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御冥福をお祈りしながら生きてゆく私たち   「獅子の帯留め」 [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

ずっと笑っていられるなんて素敵だ
大きな口を開けてね
スーパーお獅子君が放射能を呑みこんで虹に変えてくれるといい
今日はなぜかお獅子に力を感じ慰められる
前足をぐーんとかがめて、胴体を斜めに上げ、お尻はさらに上にあげている
お腹やかかとやしっぽの巻き毛は、空中から浮かれて渦巻きながら飛んできてくっついたようだ
動き出す寸前か、しばらく跳ねて遊んだ後か、とにかくじっとしようとしていない
何か言いたそうだが、いい声だろうな
鼻息の荒いお獅子語の声って陽気なオルガンみたいだろう
今一番友達になりたいきみ
アンパンマンマーチを歌って欲しい
覚えている歌詞だけでもいいんだ

「~そうだ うれしいんだ 生きる喜び たとえ むねのきずが いたんでも
何のために生まれて 何をして生きるのか 答えられないなんて そんなのは いーやだ
今を生きることで あつい心燃える だから君は行くんだ ほほえんで
忘れないで 夢を こぼさないで涙 だから君は飛ぶんだ どこまでも~」

スフィンクスのお友達、狛犬の従弟のお獅子クンの歌声がどこまでも響く

獅子帯どめ 漆工芸 春峯作
伝えたい日本の美しいもの「貴船裕子の帯どめ」  


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羽裏(ハウラ 羽織の裏) 日本の粋と伊達 [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

羽裏(ハウラ)は、羽織の裏地のことなので着ている時には見えない。
羽織は現代のハッピや袢纏(はんてん)に似たようなものだと言うと叱られるかもしれないが、若者がそろって踊るよさこい祭りの時に着るハッピに似ていると言えばよいだろうか。

羽裏は羽織を脱ぐ時にちらりと見えたり、裏を上にして置いた時や、えもんかけ(ハンガー)にかけた時にも、粋な感じで見ようともなく見えるものだ。
羽織はもともと江戸の中期の男衆のものだった。
初めは侍、下って町衆、若衆と広がって行った。
男ものの羽裏には、表地よりもインパクトが強く人目を引くもがある。

羽裏
「鯛ずくし文様。男もの。」
何匹もの紅い鯛が、鱗もようも美しく、白い腹と黒い眼玉をみせてうち重なり、1匹として同じ鯛勢(体勢)のものはなく、縦横無尽に絡み合っている。
目玉の黒の点々が上から下までの黒い流れを作っている。
魚顔がのびやかでエネルギー満点である。

「帆船」
野菜や海老、鳥や花、風神雷神の力量のある文様もさることながら、個人的な好みは、帯どめと同じで帆船文様である。
荒波にもまれて白いしぶきを上げている2隻の帆船。
荒波が食パンにバターを塗った時にできる層のように彼方まで続く。
もう一つは、赤地に風になびいている優美な白い帆船。
すべての先端がしなっている、なよやかな貴婦人を思わせる。

「骸骨舞踏文様」
最高に驚愕した。
男女の骸骨が、暗がりの中で抱き合って悪頭(ワルツ)かなんかを踊っているのだ。
骸骨どうしが片方の手を握りあい、男性は左手で女性の腰に手をかけている。
2人ともほほえみ合っていて、これがえぐい。
それぞれの悪頭(ワルツ)を踊っている骸骨があと4体ある。
野ざらしや鬼などの意匠も大正時代には流行している。
現在の若者で、頭骸骨が描かれたTシャツやジーパン、上着などを身に付けている者がいる。
習慣化した現状を打破して、いきいきとカブくものを生み出したいと言う願いがこめられているか、ゴシック調の暗黒を日常に取り込んで味わって見ているのか、過剰でぎりぎりのものを伊達に楽しんでいるふうにも見える。
もう1つ「波に髑髏文様」。男もの。これがすさまじい。赤と黒の血の海に、1つたりとも同じ格好ではない髑髏がプカプカと浮いて流れている。
いったいどういう趣味なのか、活気づいているようにも、頽廃的にも受け取れる。
羽裏を見た周りの人たちは、ずば抜けた遊び心にズキンとしたに違いない。


初めに羽裏に文様をほどこしたのは、江戸後期の遊里であった。
それまでは、儀礼用に着る羽織の羽裏には、黒、紺、無地が使われ、町着では、縞、小紋、格子があった。
女衆が羽織を着るようになったのは一般的には、明治の中頃。

参考本 「日本の粋と伊達 羽裏」 岡重コレクション

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帯留めと水晶の玉の帯飾り(すがすがしい結界) [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

少なくなった川の水が少しづつ増え始め、大きなフナや鯉の影が濃くなった。
日本の着物の模様には、風景や魚や鳥や虫や花を模しているものも多いが、全体として深い水底を思わせるものを取り上げて見よう。

1枚の着物に藻が揺れていたり魚が泳いでいたりして静かな時間が流れている。
着物の帯を結んだ後に、帯留めを帯締めに通して帯の中心につけ、人の胴あたりに結界を作る。
帯留めによる凛とした結界。
さらにその上、帯飾りと言うものを、帯の左上から垂らすことがある。


帯留めは、水輪(水紋)をあらわす2つの楕円の銀細工で、粒真珠が1つずつ2個あしらわれ、帯の模様の淡い川藻の中を泳ぐ鯉の尾に近い下腹あたりに留められている。
帯の鯉と帯どめが、一つ所にあるので、一見するだけで水底の時間が感じ取れる。
着物と帯と帯留めに呼応したイメージの帯飾りが選ばれるので、この四つがつながって物語られるものに一貫性が見られることが分かる。

揺れる帯飾りで装飾が最高潮に達し、完結するのだ。
金細工の菊模様のついた水晶の玉の帯飾りは、細かい鎖の先にぶら下がっている。
水晶の玉は、光を透して白い帯に映り、歩くたびに揺れる。
白地の帯に映った水晶の玉の丸い影は、揺れる水面と鯉が吐く泡粒を表しているそうだ。
影をコーディネイトの一つに加えた池田重子さんに感服する。
賢治の「クラムボンはわらったよ」の世界にも思いを馳せることができる。


2010年の別ブログ投稿文を手直しして投稿
参考本 「夏のおしゃれ」池田重子流きものコーディーネイト

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「帆船」  ブローチにもなる帯どめ [エッセイ風(アクセサリー・動植物・着物]

昨年の秋に他ブログから移転して来たのだが、舌の上で転がすべっ甲飴のように愛着のある、おそらく二度と陽の目を見ず、埋没してしまうであろう映像の浮かぶ、帯留めや着物他などについての文を、時々お色直しを加え、自分のためにも取り上げて見ようと思う。
帆船が海上を進む映画たちも寄ってくるので待たせてある。

<帆船>帯留め 晴山作
風を孕んだ5つの白い象牙の帆は、やや右からの風を受けて左へ膨らんでいる。
膨らんだ帆は、帆船が左へ進んでいることを知らせてくれる。
装飾された窓枠のある展望台が、船内に3つもある。
中心にある一番高い展望台に、甲板から白い梯子が1つ掛かっている。
梯子の横木に、後ろの空間が均等に区切られ、その隙間の黒が象牙の白をなおはっきり見せてくれる。
梯子があるおかげで、船内がぐっと引き締まっている。
梯子で船のてっぺんまで上がれると言うたのしみがあるので、気持ちもだんだん雲上に引き上げられる。
もっとよく見ると、船首の胴体にぴんと跳ね上がった髭のような錨までぶらさげている。
胴体に6つの真珠を発見。嬉しい。
また錨の下に、もう1つ真珠を見つけた。
今日の7つの快挙だ。
7つの海を航海したい。

伝えたい日本の美しいもの「貴道裕子の おびどめ」2 (有限会社スーパーエデション)
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