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「鳥の仏教」 個人的見解 [小説など]

ソネットのsakuさんのブログで「鳥の仏教」と言う本があることを知り、このところブログでカワセミをはじめとした表情のあどけない綺麗な鳥たちの写真に惹き込まれてしまっているので、この題名にも興味がわいたのだった。
「鳥の仏教」は、チベット人の仏教徒によってチベット語で大乗仏教の経典を模して書かれたものだ。
カッコウに姿を変えた観音菩薩が鸚鵡の呼びかけにより、ハゲワシ、鶴、カラス、雁、セキレイ、ライチョウ、鳩、フクロウ、オス鶏、ヒバリ、孔雀、ウズラなどと対話する。
鳥たちは鳴き声を上げながら、その音声に意味を込める。
鶴の鳴き声「スンゴ―」は、守らなければならないという意味。カラスの鳴き声「トッキョン」は、救いが来ますと言う意味。フクロウの鳴き声「ウトゥ ウトゥ」は、なんと哀れなと言う意味。
鳥の数ほどの叡智の中の最高のものは、「他の生きものを助けるような生き方をした時だけ、あなた方は真実の幸福を得ることができるでしょう」だった。
一貫して世の無常を繰り返しているのは、「白骨の御文・蓮如」と教えが相似している。
実際のところは読み手の資質(バックボーン)で感じたり理解したりするわけだが、「鳥の仏教」は現代人の私にとっては第一にさわやかで森の中の静かな沼に太陽や月が移り込んで輝いているような、また異国情緒たっぷりな桃源郷の塔に陳列された芸術作品を観るようであった。
古代人は、現実世界の意味を把握するために、時間と空間が融合する神話的思考を自然と行っていた。
現実と神話の間を行ったり来たりするようなあり方は、昔のチベットではよく見られていた。
以下本文より
「動物には、人間と同じように心があり、その心にはしばしば人間を凌駕する特性が宿っている。~略~人間の理想とする菩薩の徳性と、本質においても同じものである。」~略~「神話の思考には、人間の心と動物の心とに共通の基体のようなものがあり、その部分を通じて両者はお互いの間に共感やコンミニュケーションの通路を開くことができる。この基体のことを祖先の時間、神話の時間、夢の時間とよんでいた。それは普通の状態では、現実の世界の表面に現れることはないが、現実の潜在下にあって、絶え間ない活動を続けている」~略~「ブッダにとっては、人間だけがダルマ(法 教え)を知ることのできる特権をあたえられているのではなかった。鳥も、虫も、魚も、ウイルスもすべての生きものがダルマの心理を理解して、自分を拘束している生存条件からの自由を果たす資格を持っていた。」
ウイルスもと言うところがすごい。

「鳥の仏教」 中沢新一著  新潮社



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「バチカン奇跡調査官 サタンの裁き」藤木稟著  角川ホラー文庫 [小説など]

腐らない神父の遺体の謎を解き明かし列聖に加えるかどうかを判断するために、若く美しいバチカンの神父の古文書や暗号の解読を得意とするロベルト神父と、化学的な調査をする一級の美術品のような日本人の平賀神父の2人が、呪術的な儀式が残っているアフリカの共和国(架空)に赴く。
現地の教会では神聖な思念の塊であるかのような身体を持つ美貌の司祭ジュリアが待っている。
バチカンとは人口千人以下のカソリックの独立国家。
バチカン関係のミステリーや著者の体験をもとにした本などは興味深く読んでいる。
「バチカンミステリー」(ジョン・コーン・ウエル著)、「バチカン・エクソシスト」(トレイシー・ウイルキンソン著)、島村菜津著の「エクソシストとの対話」「エクソシスト急募」、「エクソシストコップ」(ラルフ・サーキ)など枚挙に暇がない。

個人的には、結論がわかっている作品を読んだり見たりしても違和感は持ったことはなく、もたつきのある内容によってはもどかしくて、最後の結末を知りたくなる方なので、結論や種明かしを早急に自分にやってしまう方であるが、他の人に押しつける気は全くない。

「バチカン奇跡調査官 サタンの裁き」の神父の腐らない遺骸の謎は、偶然に見つけた現地の猿の遺骸の腐らない血液を調べることから解けてゆく。
シュバイツアーを尊敬するパイプオルガン奏者でもあり、朝夕の祈りを敬虔に唱える司祭のジュリアは、現地を取材に来て殺された女性の子供の父親であり、心臓収集家の黒魔術呪術の長だった。
一番身近で美しく99%疑う余地のない人物こそ大抵犯人であることが多い。
ジュリアは双子であり、知的障害を持った兄弟を教会の地下の部屋にかくしていて、自分の身代りに死体をベットの下に置いておいた。
双子の兄弟の一人を殺したのはジュリアなのか、病気で死んだと思いたいが、そう都合よく病死するわけはないので、やはり殺したのだろう。
ジュリアが見つかる前に逃亡しているのは、次回作につなげるためなのかもしれない。
地下の部屋の飲みかけの紅茶のカップの紋章を調べると、盾の形にドラゴンと大釜で、貴族の名門フランスのバルボアナ家のものであった。
バルボアナ家は、錬金術の研究をしており、バチカンとも関係が深く、その家系から枢機卿や法王なども輩出している。
司祭ジュリアは、バルボアナ家の子孫であり、幻の秘密結社ガルドウネ(フランス・架空)の黒魔術師だった。
FBI捜査官やずっと犯人だと思わせる人相をもった言動の怪しい現地の男やいかがわしい霊能者も登場する。
極めつけは、遺体の腐らない神父とバチカンからつかわされた神父ロベルトとの関係である。
母を殺し、自分も殺されそうになった父がいた生い立ちを持つ神父ロベルトに、悪魔が付け入るのはその暗い空隙からであり、悪夢はそこからやってくる。
名誉を汚される大抵のことはバチカンによって握りつぶされる。




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