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私感 覚書  興福寺の阿修羅像周辺 [歴史物]

阿修羅立像1.jpg
興福寺 阿修羅像(奈良時代 天平6年 734年) 八部衆の中の1軀)


(2008年12月に別ブログに投稿したものを再考しました。)

多くの人を惹きつけてやまない興福寺の阿修羅像。
(奈良時代  734年に西金堂に納められた。8部衆の中の1軀)

少女なのか少年なのかと言う謎の解釈も人によって違い、様々なとらえ方がある。
作家も歌人も思い思いにそうあって欲しい(居るに違いない)願いを、阿修羅像に見つけ出す。
堀辰雄と井上靖は阿修羅像に少年を見出し、司馬正太郎と三浦朱門は少女を見出している。
また女流歌人や女子高校生は阿修羅像を通して少年に出会い、ある男性の歌人は少女に出会っている。
異聞としては、シルクロードを渡ってきた異国の少年などがある。
初期の阿修羅はインドの魔人(闘争神)であり、闘争に次ぐ闘争を重ねていたが、許されて仏教の守護神となった点では、善悪の酸いも甘いも噛み分けた頼もしさがある。
私は、阿修羅像に、中性的な魅力を持った少年を見出し、どこからともなく、くゆってくる魔人めいた不思議さに怖れを感じる。
同時に守護神の勤めを受け持つ身に対する畏れと敬いを持たされる。

興福寺 阿修羅像(奈良時代 734年)
阿修羅顏11.jpg

三面六臂の阿修羅像は、奈良興福寺の、乾漆八部衆の中の1軀である。
阿修羅像の面(顏)は3つあり、眉毛を寄せたその中の1つは、清純な中に悲しみをたたえ、苦悩しているようにも張り詰めているようにも見える。
細く美しい腕が6本あり、2つの掌はあわされて合掌し、後の4本は空中に伸ばされ広げられている。
阿修羅像の胴は引き締まっており身長は153.4センチ。

古代インドでは、鬼神であったが、仏教に帰依して仏法を篤く守護するようになった。
阿修羅像以外の、興福寺の八部衆(乾漆立像)の、異形の魅力も捨てがたい。
難しいことを言わずに、異様な魅力を発散する彼らと一緒に異界に遊ぶと、いろんな話が聞けるに違いない。
大蛇を神格化した畢婆加羅(ひばから)は横笛を吹く。
象の冠をかぶり、胸から下の体を持っていない五部浄(ごぶじょう)
迦楼羅(かるら)は金翅鳥で、龍が食べ物、一切の悪や毒を食いつくす。


阿修羅像と言う異神の中の人間的な部分を強いて取り出して言及すれば、少女の体をしながら、少年の心を持つ像とも言えるし、少年の体を持ちながら少女の心を持った像とも言える。
そのどれをも含んで、こちらの思いの範疇さえ超え、時によって見る側の見たいように見えて来ると言うことは、ある種の宇宙的鏡像であろうか。
見る人の意向や願いを投影して、それぞれが人間的な思いで、嘗て見たことのある少年や少女をその中に見出すことができる。
しかし守護神でもある阿修羅像からは、人智では計りがたい、振動が響いて来る。

製作された当時(奈良時代)の姿は丹色(朱)だった。
阿修羅全身赤.jpg

阿修羅赤1.jpg


吉祥天女像 
光明皇后を写したと伝えられている。麻布に描かれた日本最古の彩色画
薬師寺所蔵 宝亀2年(711年)ころに製作されたと推定されている。
吉祥天女像.jpg
光明皇后(701〜760)の依頼で興福寺の西金堂が完成したのは、母である橘三千代(665〜733年1月11日没)が亡くなった1年後の734年1月9日だった。
光明皇后は、亡き母の追善供養のために、母の命日の1月11日に一周忌の落慶式を行なった。
その時に阿修羅像は西金堂に納められた。
阿修羅像他を作成したのは、渡来人(百済系)の天才仏師、将軍万福だった。
阿修羅像は、光明皇后の母である橘三千代や光明皇后の娘の阿部内親王(718〜770)また光明皇后をモデルにしたのではないかと言われているが詳しいことは分かっていない。

光明皇后は仏師の将軍万福の工房を訪れたことがあり、お互いの気迫を理解しあったとも言われている。
天平のドナテッロと言われた天才仏師の将軍万福が、外観だけのモデルを使い、それに似せて記念像を、機械的に造るはずはない。
共通するものを見抜いて抽出し、それを精神性にまで高め、個性豊かな異神(守護神)乾漆像に結実させたのではなかろうか。
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阿修羅の髭(ひげ)  天界の守護神は両性具有者か [歴史物]

興福寺 阿修羅(正面) 三面六臂
阿修羅にひげ.jpg

阿修羅像の正面の顔の口もとには、墨筆を使用したような黒い流麗な線が描かれている。
髭なのか、いれずみなのか、仏像に特殊な文様なのかよく分からない。
上唇の黒い流麗線は、唇の2山をなぞって、両口角まで行き、両端でくねっている。
下唇も両端から黒い流麗線でなぞり、唇の真ん中で丸い輪になり、中心から流麗線が下に伸びている。
このひげのようなものは、正面の顔だけについている。
8部衆の中で、堂々としたひげとわかるものを蓄えているのは、大蛇を神格化した畢婆迦羅(ひばから)だけである。


畢婆迦羅(ひばから)
ひばから4.jpg


阿修羅の美しいひげに気付いてから、他の仏像の口もともよく見るようになった。
仏像の口もとのひげは、ほほえんでいる表情を現わしているとか、又は尊い話をしている時の口の動きをあらわしているとか、慈悲を説く時の様子をあらわしているなどと言われている。
こんな例えで恐縮するが、漫画で口を動かしている時に、口の周りに動きをあらわす線が描かれていることがあるがこれは人間界のことである。
確かにこの黒い流麗線は美しく、仏像独特のものだろう。


もう一つの考えは、仏教では、女性はそのままではなぜか成仏できないと言われており、一度ひげをつけて男性になろうとする為のものであると言うことがある。


阿修羅は少年か少女か、いや両性具有者であろう、また善神ではあるが邪神の部分も備えているとか、そのすべてを肯定しその上でのひげである。
いれずみではないのであろうが、そうかもしれないとなると、部族をあらわすいれずみのことを調べなくてはならない。

ガンダーラの仏、千手観音、不空羂索観音、十一面観音などなどひげを見つけるのが楽しくなってきた。
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