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賢治童話「土神と狐」 [童話など]

映画では「キング罪の王」のエルビス、「冷たい熱帯魚」で、でんでんが演じた村田幸雄、「羊たちの沈黙」のレクター博士や「ノーカントリー」のシュガーや「バッドマン」のジョーカー、「狩人の夜」の伝道師で殺人鬼のハリーなどとんでもない者たちがいたが、賢治童話にも神話的、原初的なエネルギーがこみ上げて来るのを押さえきれず、相手を殺めてしまう話がいくつかある。
最近では映画「悪の教典」の高校教師のサイコキラーの蓮実聖司がいるのだが、ただのっけから全否定するのではなく、しっかり耳を傾け見極めてみようではないか。
負の感情を放置したままでいると、知らず知らずのうちに、かえって心を侵食している場合があるのではないだろうか。



土神と狐.jpg
「土神と狐」 作 宮沢賢治  画小林敏也  パロル舎

「土神と狐」は、一本の綺麗な女の樺(かば)の木と、乱暴で髪もぼろぼろの木綿糸の束のよう、眼も赤く着物だってまるでわかめに似、いつもはだしで爪も黒く長い土神(つちがみ・男)と、ハイネの詩集を読み、ドイツに注文している望遠鏡の話をし、仕立ておろしの紺の背広を着、赤皮の靴をキッキッと鳴らして遊びに来る上品でめったに人を怒らせたり気にさわるようなことはしない狐(男)が登場する童話である。


ある日のこと、樺の木の所に、熔けた銅の汁をからだ中に被ったように朝日をいっぱいに浴びた土神がやってきた。
「草というものは黒い土から出るのだがなぜこうも青いもんだろう。黄や白の花さえ咲くんだ。どうもわからんねえ」と土神が言うと樺の木が、「狐さんにでも聞いて見ましたらいかがでございましょう」と答えた。
土神は、「狐なんぞに神が物を教わるとはいったい何たることだ。えい」「狐の如きは実に世の害悪だ。ただ一言もまことはなく卑怯で臆病でそれに非常に妬み深いのだ。うぬ、畜生の分際として」 と怒り始めた。
土神は、人間に対しても 「しかしながら人間どもは不届きだ。近頃はわしの祭りにも供物一つ持って来ん、おのれ、今度わしの領分に最初に足を入れた者はきっと泥の底に引き擦り込んでやろう」 と歯噛みしている。


湿地の祠(ほこら)に棲んでいる土神は、どうやら樺の木に恋をしているようだ。
土神は 「樺の木を怒らないためにおれはこんなにつらいのだ。樺の木さえどうでもよければ狐などはなおさらどうでもいいのだ~ところがどうしても忘れられない(樺の木を)。~どうしても忘れられない。」と唸っている。
宮沢賢治の童話には切ながる者たちが沢山出て来て独白する。
よだかもゴーシュもジョバンニもさそりも猟師もだが、ほとんどの童話に独白が入っていてこちらも切なくなる。


ある日、樺の木が土神の話を聞いて何か大変重苦しい気持ちになり、吐息をつくばかりになっていた時、狐がやって来て、土神に挨拶もしないどころかさっさと戻り始め、肩をいからせてぐんぐん向こうへ歩いて行く。
土神は狐を追いかけ、二人はごうごう鳴って汽車のように走り、土神は狐にうしろからぱっと飛びかかる。
狐はもう土神にからだをねじられて口を尖らして少し笑ったようになったままぐんにゃリと土神の手の上に首を垂れた。
土神は、いきなり狐を地べたに投げつけてぐちゃぐちゃ四、五へん踏みつけた。

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